14
クラーク家の三男ダニエルは朝早くに母から電話ですぐ来るように呼ばれ、何事かとその日の午後に屋敷を訪れた。そして最近では滅多に見ないほどの険しい表情をした母と会い、頭の痛い話を聞かされたところであった。
先日、母はエミリーとミア、イーサンとアイリスを連れてアンダーソン家のパーティーに出席した。イーサンをミアのお目付け役で連れて行き、アイリスには長兄のエドモンドに付き添い役を命じてパーティーに参加したとのことであった。
次男のジョージは結婚しており、自分には結婚を考えている恋人がいる。そうなれば長兄と四男のイーサンを連れて行くのが妥当だと思うが、よくあの二人が素直に出席したものだと感心した。最近、絶賛反抗期中のイーサンと、仕事が忙しいことを理由に女性と同伴するパーティーはすべて断っていた長兄を出席させたのだから、母の本気がうかがえる。
その意気込んで行ったパーティーを、母たちは予定よりも早く帰ってきた。その理由こそ母マチルダがダニエルを呼んだ理由であった。
「元婚約者か」
高位貴族のディーンマーク家の当主であるアイリスの元婚約者であった男が、パーティー会場にいたという話に正直とまどっていた。婚約が破談になったのは三年前の話で、いまさらそれがどうしたというのだろうかと思うのだが、母は危険な男だから調べてほしいとダニエルに依頼してきた。
いや、依頼ではなく、その元婚約者ランドルフ・クリスティンを詳細に調べるようにと厳命されたのだ。
「お母さんが言うことは侮れないことが多いからなあ」
なぜ婚約解消に至ったかは教えてくれなかったが、しきりに危険な男であるから身辺を調べるようにと真剣に言う母にダニエルは了承した。
ダニエルは古き大陸から来たアイリスのことを、初めからそれほど悪い感情を持っていなかった。ただ、不思議な雰囲気を持つ女性だと思っただけだ。フォスター家のことも、所詮は別の大陸に住む者たちであり、気にする必要を感じなかった。
ダニエルにとってアイリスはいずれ祖国に帰る遠い別世界の人であったが、何か厄介なことが起こり困っているのなら手を貸そうと思うほどには、血縁というつながりを感じていた。
「イーサンはいるかなあ。少しイーサンにも話を聞いてみるか」
まずはパーティーで何があったのか詳しく知りたい。ダニエルはイーサンの部屋に向かいながら、久しぶりに会話をする弟のことを考えた。
「俺にはイーサンの気持ちがわからないからな」
兄弟が多い中での真ん中という立場で、優秀な兄たちに反抗したいと思ったことはなかった。ダニエルは子供のころから、自分の能力も兄たちには敵わないこともわかっていたからだ。だから、イーサンが何を焦っているのかがわからなかったし、弟にどう声をかけていいのかわからなかった。
今回のことでイーサンと話ができるのは良い機会だと思いながら、パーティーの話だけではなくイーサンの悩みごとも聞ければいいがと期待していた。
子供たちの自室は三階にあり、ダニエルもかつては三階に部屋があった。階段で二階の踊り場まで上がってきたとき、二階にあるガラス張りになっているサロンでお茶をしているアイリスの姿が目に入った。二階のサロンは広くはないが、壁の半分以上がガラス張りになっているため、庭が一望でき、日当たりがいいので母のお気に入りの場所だ。そのサロンには地味なグレーのワンピースを着て、背筋を伸ばして座っている淑女がいた。
「独特の人だな」
アイリスの容貌も服装も地味で目立つようなものではないが、とても独特の魅力を持った人であった。ダニエルはアイリスを見るたびに、あれこそが母が言っていた淑女だと思った。
自由な国で育ち、革命的で画期的な世界で育てられ、生まれながらのニューキャッセスの人間である自分からしたら、彼女はおとぎ話に出てくる登場人物のように古めかしく、どこか陰惨で謎めいた雰囲気があり、そして美しかった。ダニエルはアイリスの所作や声、そして言葉遣いに美しさを感じていた。
思わずアイリスに見惚れていると、二階の廊下の端からサロンを見ているミアに気がついた。ダニエルは妹に声をかけようとしたが、その言葉を飲み込んだ。ミアが険しい表情でアイリスをにらんでいたからだ。
「何だ?あいつは」
ミアは最初からアイリスに対して態度はよくなかったが、今は嫌悪以上のものを感じた。ミアは、負けん気は強いが根はやさしい子だ。その妹が憎々しげにアイリスを見ていることに、ダニエルは嫌な気持ちになった。
ダニエルの視線に気が付いたのか、ミアがこちらを見た。そして、子供のように顔を歪め、踵を返してダニエルとは反対の方へ歩いていく。あの先にあるのはピアノ室だ。
「ああ、なるほど。お母さんに言われて、やりたくもないピアノの練習をしていたのか」
ミアは上流階級の女性の教養としてピアノを習っているが、苦手だと聞いている。だから余計に腹の虫が収まらなかったのか。
「しかし、なぜあんな顔でアイリスのことを睨んでいたのだ?」
「あいつ、アイリスに嫉妬しているんだよ」
ダニエルは声がした方に振り返り、階段を降りてくるイーサンに見つけて手を上げた。
「ダニエル兄にはわからないかな。俺からしたら優秀なエド兄とジョージ兄がいてよく嫌にならないなあと思うのだけどな。ミアの気持ちはそれと一緒だよ」
ダニエルは反抗期中で口を利かなくなった弟が珍しく話しかけてきたことに驚きながらも、今はミアのことが気になった。
「アイリスに嫉妬だ?何を嫉妬するというんだ?」
「この間のパーティーで失敗したんだよ。お母さんの知り合いの礼儀にうるさい夫人にちゃんとした対応ができずに失礼なことをしてしまったんだ」
「失礼な態度だと?どこのご夫人だ?」
あのパーティーに参加できる者は経済界に力を持つ者たちばかりだ。エディオン海運の事業に響くことにはダニエルも見過ごすことができない。
「キャンベル夫人。さすがに俺でもあれはまずいと思ったよ。ミアのやつ老婦人に食ってかかったからな」
「キャンベル財団の総帥の母だな。ミアのやつ。しかし、なぜそれでアイリスに嫉妬することになるんだ?」
「険悪な雰囲気のところをアイリスとエド兄が助けてくれたんだよ。アイリスにはあのばあさんも一目置いているようだった。ミアと全然態度が違うんだぜ。ミアとアイリスは同じ歳だし、ミアは上流階級に慣れなくてコンプレックスを持っていたから、悔しかったんだろう。散々、地味で貧乏だと下に見ていたからな」
ダニエルは思わずため息ができそうになった。
「そもそも下に見ていることがわからん」
イーサンはサロンにいるアイリスを見ながら、どこか悩ましげに呟いた。
「ミアの気持ちもわかるよ。たぶん、焦っているんだ。エミリー姉はインテリアデザイナーとしてしっかりとした職もあるし、自分のやりたいことを見つけている。でも、ミアは中途半端だろう。大学に進学したのだって、言い方が悪いが何もやることがなかったからだ。進学しなかったらお母さんに早々に結婚させられていただろうしさ。大学に行っていることを理由に上流階級の付き合いから逃げていたけど、もうそれで逃げることはできないし」
「そうだな」
この十年で会社は大きく成長したことをきっかけに、五年前に父が亡くなってからはエドモンドを中心に本格的に兄弟で社交界に出るようになった。ダニエルは父の会社で仕事をすると決めていたので、十八歳で学校を卒業した後はその先は進学せずにすぐに会社に入った。経験と実績を積み上げたいと思ったからだ。
エディオン海運にとって上流社会は大事な客が集う階級であるため、つきあいをおろそかにできず、気苦労が絶えない難しい世界であった。自由な国、新しい大陸といっても金を握っているのは、古き大陸から渡ってきた貴族や権力者たちであった。そして成り上がりの新参の家でさえも、この国で百年も続けば名家と呼ばれ、しきたりやプライドを持つようになる。
彼らは自分たちのしきたりから外れると、田舎者とさげずみ品がないと陰口をたたく。ダニエルとしてはうんざりすることだが、この大陸にも明確な格差があるのは事実であったため、必死にマナーを学んだ。
「ミアは十八歳まで普通の、ジョージ兄の言い方を借りるのなら中流階級の友達ばかりだったし、学校もそうだっただろう。本当なら高等学校から金持ちばかりが通う学校に入ればよかったんだが、ミアは嫌がって入らなかった。俺は高等学校から堅苦しいけど我慢して金持ちの学校に行ったからな。それなりにあの世界には慣れたよ。クロエやマーシュなんて小さいころから金持ちの世界だから、パーティーだって平気だよな。ミアはずっと避けていたから、今頃つけが回ってきたということだよ。必死にアイリスのことを下げた言い方をするけど、誰が見たってアイリスの所作はきれいで、学校のお嬢様たちの所作が野暮ったく見えるほどだ。さすがは古き大陸の古き国の人だよな」
「おまえ、今日はずいぶん素直だな。反抗期は終わったのか?」
ダニエルの揶揄するような言葉にもイーサンは怒らなかった。
「態度悪く、周りに当たっているのがかっこ悪いと思ったんだよ。アイリスを見て、こんなにも違うのかって、目が覚めた」
少し落ち込んだ顔をしたイーサンに、ダニエルはからからかうことなく真摯に聞いた。
「何かあったのか?」
イーサンは、アンダーソン家のパーティーでミアがキャンベル夫人にどのような失礼な態度をとったのかを詳しく話した。その話を聞きながら、ダニエルは苦虫を噛みつぶした顔になっているだろう自分を自覚した。
「まあ、そこまではまだエドモンド兄とアイリスが助けてくれたからいいんだけど、その後が問題だった」
その後、ミアはキャンベル夫人が言った言葉が、母や姉を辱めたと声を荒立てて怒り、夫人にとても失礼なことを言った。ダニエルはミアがしたことに、さすがに肝が冷えた。
「ちょっと、ミアと話をしてくる」
イーサンは慌ててダニエルの腕を掴んで止めた。
「まってくれ、今、ダニエル兄が怒っても、ミアは意固地になってよけい悪くなるだけだ」
「イーサン、あのな、何を言われようともミアの態度は許されることではない。年配の夫人になんて態度をとっているんだ、あいつは!」
「ちょっと、話を最後まで聞けよ。ミアはお母さんに怒られただろうから、お母さんに任せたほうがいいだろう」
ダニエルは大きく息を吐き出した。
「わかった。ミアのところに行かないから手を離せ」
イーサンはため息混じりで手を離した。
「キャンベル夫人はエミリー姉のことを悪く言ったわけじゃなく、全部、ミアの誤解だったということをアイリスが説明してくれた。それに、もし夫人が本当にエミリー姉のことを悪く言っていたのなら、ミアの態度はよけいにエミリー姉の評判を悪くするだけのものだって教えてくれた」
そう言うと、イーサンは詳しくアイリスが説明してくれた内容を話した。それはとてもわかりやすく、ダニエルは感嘆してしまった。
「なるほど。さすがはディーンマーク家の当主だ」
ダニエルは興信所を使ってアイリスのことを調べていた。最初に彼女が来たときにエドモンドからの依頼で人を使って調べたが、フォスター家の内情もアイリスの身分も本当のことだとわかった結果であった。そしてディーンマーク家が古き一族と呼ばれ、どれだけの権威を持つ家なのかを知ることになった。その資産はおそらくクラーク家が持つ資産の比ではない。
彼女はセロースの高位貴族であり、ディーンマーク家の当主である。今のイーサンの話だけでも彼女がとても優れた当主であり権力者であることがわかるというものであった。
「俺と三歳しか違わないのに、見ているものが違うし、瞬時の判断も対応も違う。なんか、自分が恥ずかしくなったんだよ。同じような情報を俺もお母さんからもらっていたけど、それが何を意味することなのか考えたことも気を遣ったこともなかった。俺は焦っていて、でも金持ちの世界なんて嫌だって反抗ばかりしているだけで、頭が悪すぎだろう」
イーサンは少し暗い顔でため息をついた。ダニエルとしてはミアも心配だが、このすぐ下の弟も心配だった。彼があと半年で学校を卒業するというのに、その先を決めていないことに気がついていた。大学に行くとも就職するとも言わず、何がしたいのかもわからない。長兄やジョージはあえてどうするのかを聞かずにいるようだが、そろそろ決める時期に来ていた。
「焦っているミアの気持ちがわかるといったが、おまえはどうなんだ?」
「俺は‥‥迷っている。ミアのことを言えないよな。あ、アイリスがこっちを見た」
イーサンはサロンにいるアイリスを見て笑みを浮かべた。その素直な表情に、ダニエルはなるほどと心の中で呟いた。イーサンはパーティーでの一件でアイリスを認めたということだ。
アイリスが立ち上がったのを見て、ダニエルはアイリスにも母の依頼内容の件を聞いてみるかと考えた。
「イーサン、一緒に来い」
サロンの方へと歩き出すとイーサンも素直についてくる。サロンに入る扉をノックすると、中で声がした。ダニエルは扉を開けると、アイリスは席に座らずに立って待っていた。
「アイリス、われわれも一緒にいいかな?」
「こんにちは、ダニエル。どうぞ」
「ああ、お茶はいいよ。ダニエル兄も別にいいだろう」
イーサンがお茶を頼むために入口に向かおうとしたアイリスを止めると、少し話をするだけのつもりであったので頷いた。
「何かご用事でもあったのですか?」
滅多にこの屋敷に来ない自分がいることが珍しいと知っているのか、アイリスはイーサンと自分が座るのを見て、アイリスも座るとそう聞いてきた。
「ああ、母に呼び出された。それで少し聞きたいのだが、母に君の元婚約者の最近の動向を調べるように言われた。母は少々思い込みが激しいから勘違いをしている可能性もあって、本当に調べた方が良いのか聞きたかったのだ。元とはいえ君の婚約者だったのだろう。そんなことをして君が不愉快な気持ちになるのではないのか?」
アイリスの顔色が悪くなり、少しうつむいた。その姿にただ事ではないなと感じながら、これはわれわれが踏み入ってよいことなのかと疑問に思った。
「調べたほうが良いと思います。今、彼がどのような状況なのか。なぜ、あの場所にいたのか、しっかりと調べるべきだと思います」
思ってもみない言葉にダニエルは瞬きを繰り返した。それはイーサンも同じなのか難しげな顔でアイリスを見つめた。
「理由を聞いてもいいか?」
「彼は子爵家の次男で容貌もよく、誠実そうな人柄と思われていました。しかし、私との婚約期間中に他の女性ともお付き合いをしておりました。過去、複数の女性たちとお付き合いをしていたようで、その女性たちにも詐欺まがいなことをしていたようです。私も恐ろしい目に遭いました。とても恐ろしいことです」
アイリスは思い出したのか顔色が悪くなっていった。
「ダニエル兄、そいつ、徹底的に調べろよ。あのとき、アイリスはあいつを見つけてショックで倒れそうになったんだ。これは相当のことだ。それほど恐ろしい目に遭ったということだろう」
イーサンが険しい顔で訴えた。
「彼はほかにもいろいろな悪事が明るみになって、婚約解消と同時に家から除籍になりました。国にはいられなくなり、消息を絶ったと聞いております。まさかあのような場で会うとは思いもしませんでした」
「そんな危険なやつだったのかよ。え、ちょっとまって、パーティーに出席していたって‥‥」
イーサンは真顔で呟くと、アイリスは頷いた。
「また未婚の女性を狙っているのかもしれません」
その男が家から除籍され、国にいられなくなったというのは相当のことだ。女性に対して詐欺まがいや悪事をしていたとなると、確かにパーティーに出席していた理由はまたそのようなカモなる女性を探していたと考えられた。
「わかった。それなら調べてみる。話してくれてありがとう」
「はい。お願いします」
アイリスは動揺を抑えるためなのか、かたく両手を握っていた。それほどその男の話をするのが苦しかったのだろう。
「なあ、これって何?何を読んでいるんだ?」
イーサンはテーブルの上に置いてある書面の束を興味津々に指さした。ちょうど話が終わったところであったが、無遠慮な言い方にダニエルはイーサンを睨んだ。
「いや、ダニエル兄、睨むなよ。確かにスマートな聞き方じゃなかったけどさあ」
「いいのですよ。これはディーンマーク家の事業の報告書です。せっかくニューキャッセスに来ているのですから、この国にわが家の問題解決のヒントがあればと思って、報告書をあらためて読んでいたのです」
「へえ、事業ってどんなことをしているんだ?アイリスも仕事をしているということか?」
イーサンの目が興味津々に輝き、身を乗り出した。イーサンほどではないが、ダニエルも興味があった。ミアと同じ歳の若い女性が何をしているのか、エディオン海運の重要な事業を任されている自分としても知りたいところである。
「はい、私はディーンマーク家の仕事をしています。ディーンマーク家の主な事業は農作です。セロースが消費している四分の一の小麦はわが家の農耕地で作られたものです。小麦は他国にも輸出しています」
「農作か。それなら従業員は小作人が多いということ?」
「ええ、イーサン。小麦以外も野菜も作っておりますが、もう一つの主力の事業はリネンの製品です。麻の栽培から布地にするまでを行っております。主に布地を国内、国外に販売していますが、少しですがお洋服やカーテンなどの製品にして販売もしています」
ダニエルはクラーク家とは違う分野の事業に興味を引かれた。国で消費する四分の一もの小麦を作っているなど相当な規模の事業と言ってもよい。
「なあなあ、アイリス。その麻の栽培とか品種改良とかするのか?色とかはどうしている?今、いろいろな色の服があるだろう。染色とかもいろいろ試しているのか?」
驚くほどのイーサンの熱意に呆れてしまった。弟はこういうことに興味があるのかと初めて知った。
「なんだ、おまえ、海よりも陸のほうに興味があったのか?それならうちの事業に興味がないのも仕方がないな」
「なんだよ。悪いかよ。水は苦手だから海も好きじゃないんだよ。俺は森とか山とか陸のほうが好きだ。農作とかにも興味があるけど、布地とかカーテンとか素朴も好きだし、きんきらのビルよりも古い歴史ある建物のほうが好きだよ。だから、アイリスが古き大陸から来たと聞いて、すげえ嬉しかったし、いろいろと話が聞きたかった」
少し顔を赤らめて素直に話す弟に、ダニエルは安心した気持ちになった。こんな楽しそうな顔もできるのかと嬉しくなった。
「そういうことは早く言え。別にエディオン海運に入る必要はない。おまえが興味のある方面に関わる人をエド兄さんもジョージ兄さんも、もちろん俺だって紹介できたのだ。古い建物に興味があるのなら、確かエド兄さんの知り合いに古い屋敷を改修している専門家がいたなあ。興味があるのなら話を聞くだけでもいいから紹介してもらったらどうだ?」
その話に食いついてきたのは意外にもアイリスであった。アイリスは少し頬を赤くさせ、輝く瞳でダニエルを見た。
「古い屋敷の改修を生業とする方がいらっしゃるのですか?」
「うん?ああ、興味があるのならエド兄さんに聞いたらいい。かなりの腕だと聞いた。なぜ、そんなことに興味がある?」
「フォスター家の屋敷のことで相談にのってもらえると思ったのです。歴史あると言えば聞こえはいいですが、悪く言えば今の時代にそぐわない、使い勝手が悪い屋敷です。今後、売却するにしても使用するにしても、もう少し使い勝手のよいものにしないと買い手もつかないと思うのです。もちろん、フォスター一族が長い間維持してきた屋敷ですから売却となると残念ですが、祖父が爵位を返上しようとしていたと知って、もう他の人の手に渡っても仕方がないと思うようにもなりました」
アイリスは寂しそうにそう言うと、イーサンが真顔でこちらを見てきた。
「何だよ、屋敷って!遺産の話をしているって言っていたよな。え?貴族の屋敷があるのか?」
「あるぞ。何だ、イーサンは興味があるのか?フォスター家の屋敷で二百五十年以上たっているそうだ。しかし、アイリス、伝統ある屋敷を改築したら価値が下がるのだろう?」
何やら横でイーサンが赤い顔でわなわな震えているのが見えたが、放っておいてアイリスと話を続けた。
「ええ、ですから改築ではなく改修です。外観や内装は改修していただきますが、一部の設備を変えることができればと思っています。古い屋敷の改修の専門ということは、価値ある屋敷を壊すことなく存続させる技術があるということでしょう。古い屋敷が嫌がられるのは設備が整っていないからです。暖房設備やキッチン、トイレやシャワー室を最新のものに変えれば、避暑地の別荘として買い手もみつかるかもしれません」
ダニエルはなるほどとアイリスの顔をまじまじと見つめた。アイリスを甘く見ていたわけではないが、今日からきっぱりと認識を改めた。彼女は立派な事業家であり、見識がある人なのだ。
「その話はぜひ、エド兄さんに相談してみないか」
「はい、私もそのように考えていました。エドモンドには、ディーンマーク家の綿花やリネンの輸出の相談に乗ってもらっているので、そのときにこの話もしてみます」
「何だと!うちの船を使ってくれる話か!?」
「はい。小麦は輸出していますが、綿花やリネンはまだでしたので輸出も考えていました。気温や湿度に気を遣う品物ですが、エディオン海運が最新の船で温度管理ができるとエドモンドから聞きましたので具体的に進めてみようと話していたところです」
ダニエルは心の中でおおと叫んでいた。古き大陸のディーンマーク家と仕事ができるということは、現在、古き大陸へ進出を図っているエディオン海運としては大きな意味を成す取引であった。それは興奮するというものだ。そういえば長兄がフォスター家の遺産の話し合い後、何やら最近楽しそうにアイリスと話をしているとは思っていたが、この取引を進めていたということだ。
アイリスも楽しそうに話をしている様子から、きっと長兄エドモンドと意気投合して楽しく事業を進めているのだろう。ダニエルは、長兄にはアイリスのような女性が似合っているのではないかと思った。
「ちょっと待て!ダニエル兄、なんだよ、面白そうな話じゃないか。フォスター家の屋敷のことは俺も、俺も話に混ぜてくれ!フォスター家の相続の話も俺にも考えさせてくれ!」
わなわな震えていたイーサンが大声で宣言した。その大声に誘われるように、サロンの扉が開いた。驚いて全員がそちらを見ると、ひょっこりと弁護士バルフォアドが顔を覗かせていた。
「まあ、先生。ノックもしないで、どうされたのですか?それに、もう歩いて大丈夫なのですか?」
アイリスが立ち上がり、あきれたように言うと、老紳士は杖をつきながらゆっくりと入ってきた。
「すみませんね。少し練習のために歩いていたら、にぎやかな声が聞こえてきたので気になったのですよ。フォスター家の相続がどうのという声が聞こえてきたのですが、私も仲間に入れてください」
食えない老紳士の厳めしい顔がにっこりと笑った。アイリスはすぐにバルフォアドの側にいくと、歩く速度につきそい、老紳士を手伝いながら椅子に座らせた。
「イーサンが加わりたいと言っているのですが、いいでしょうか?」
ダニエルはすかさず弁護士に聞くと、バルフォアドは快諾した。
意外なところからフォスター家のことに手を上げる者が出てきた。ジョージや自分はエディオン海運があるのでフォスター家の屋敷など興味がなかったが、イーサンが興味を示すなら屋敷を任せるのも面白いかもしれない。
さて、二人の兄といろいろと相談をする必要があるだろう。
「フォスター家の屋敷の改修を話していたのです」
「なるほど。アイリス様、それならフォスター家の執事にもご相談したらいいでしょう。より具体的な案を出すためにも、屋敷の内情を知らないとまとまりませんよ」
ディーンマーク家の優秀な弁護士の言葉に、アイリスは大らかに頷いた。ダニエルとしては、この海千山千の弁護士が味方であることに心強かった。彼が入ることで、法的にセロースの側の問題があれば、それとなく正しいほうへと舵をとってくれるだろう。
ダニエルは楽しい気持ちでアイリスににっこりと笑った。
「では、二人の兄には俺から話しておくから、後日、この件を相談しよう。イーサン、おまえも参加しろ」
二人は輝く瞳で了承した。




