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RIVER-SIDE-CAFE   作者: 麗 未生(うるう みお)


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第25話 災難

夢じゃなかった――(悠馬の場合)

 最近、頭の中が変だ。いろんな光景が浮かんでは消える。それは昨日の出来事のように思えることもあれば、ずっと昔のことのように感じられることもある。そうして、何度も何度も無限ループのように繰り返される、恐ろしい光景。


 あれは、きっと夢だと思う。僕は空を見上げる。すると、そこに突然現れる黒い影。僕の足はまるで地面に釘づけにされたかのように、その場から動けなくなる。その影はどんどん大きくなって、僕の上に覆いかぶさってくる。両手を広げ、目を見開いて僕を見下ろすその大きな影――恐怖に竦む瞬間、僕の世界は暗闇に包まれる。


 最初に見えたのは、ただの黒い影だった。次に、その影は人の形になった。でも近づいてくると、二つの目だけが僕に迫ってくるように見えた。頭の中で、それが繰り返される。


 先日、このカフェで、母が久しぶりに僕の声に反応して振り返ってくれた。母は、もう何年も前から僕を見なくなった。そんな事にも、もう慣れていたのだけど、この間僕が呼びかけた時に振り向いてくれた。それが、なんだかちょっと嬉しかった。けれど、それだけだった。もっと話しかけようと思ったのに、母は不思議そうな顔をして、辺りを見回しただけだった。


――君はもう死んでいるんだよ――


そしてまた、あの声が聞こえた。最近では、すぐ近くでその声がする。誰に向かって言っているのだろう?でも、僕には変なものがたくさん見えるようになってきたから、それも関係しているのかな。それもこれも、きっと僕の肩に乗っているこの女のせいだ。


 僕じゃなくて、死んでいるのはこの女の方だ。だって、どう見ても生きているとは思えない姿をしているのだから。僕が女性の飛び降り自殺を目撃してしまったばっかりに、この女は僕に憑りついてしまったのだ。この女がどこからやって来たのか分からない。怖いものを見たら霊が取り憑くなんて、知らなかった。


 この女は、髪の毛がぼさぼさに乱れ、濡れたような血で顔の半分がこびりついたまま乾いている。唇は裂け、目は見開かれたまま微動だにしない。頭は割れて脳みそが見えている。肩に乗っているのに、重さは感じない。ただ、時折、首筋に冷たい何かが垂れてくる。それが血なのか、涙なのか、分からない。10年以上、一緒にいた。もう見慣れた、なんて自分に言い聞かせる事もあるけど、本当は見慣れることなんて、できたことは一度もない。目が合うたび、僕の心は何度でも凍りつく。


 この霊のせいで、僕がすぐ横にいるというのに、僕を見ないようにして母は僕の写真に向かって話しかける。泣いていることもある。僕の顔をまともに見ることができないのが、悲しいんだろうな。


(母さん、僕を見てよ)


 何度もそう呼びかけた。でも、母は返事をしてくれない。父も同じだ。会社から帰ってくると、僕の写真に向かって「ただいま」と声をかける。同じ家の中にいるのに、僕の前を素通りして、写真に話しかける。「そこまで怖がらなくてもいいじゃないか」と話しかけても、何も答えてくれなかった。一番怖い思いをしてるのは僕なのに。


 あの変な夢を見るのも、この肩にへばりついている女と何か関係があるのだろうか。もしかしたら、あの落ちてくる黒い影は、この女なのだろうか。最近になって漸くそんな気がしてきた。ずっと、「落ちてしまった女」と「その下敷きになった中学生」を見ただけだと思っていたけれど、現実はそうではなかったのか?


 あの時、下敷きになった中学生――確か僕と同じ中学の生徒だったと思うのに、誰だったのか、いまだに思い出せない。でも最近、その中学生の顔が、見えそうになる瞬間がある。


 何もかも思い出したら、何かが変わるのだろうか。ずっと胸の中のモヤモヤが消えない。時々、僕は自分が何者なのか分からなくなる。時間の流れも、うまくつかめない。もう何年も、どこかでふわふわしているような感じだ。


 僕は今も中学生なのか?――いや、そんなはずはない。あれからもう何年も経っているはずだ。でも、僕には中学生以降の記憶がない。中学に入って、学校に行く途中で、僕は飛び降りた女性の死体を見た。あれから、僕の記憶は止まった。なぜなんだろう?


 僕は、きっと何かすごく大事なことを忘れている。あの自殺の光景を見たショックがトラウマになって、僕の記憶が曖昧になったのだと思っていた。でも――あの繰り返される光景。


 落ちてくる黒い影は、正面から僕を見下ろしていた。僕が上を見た、その真上に――あの目があったのだ。あの目が僕をとらえて……そして――。


(ああ…そうか…)


急に何もかも分かってしまった。僕は、間違っていた。やっと気づいた。僕は「自殺を目撃しただけ」じゃなかった。僕が彼女を見上げたその瞬間、彼女は僕の上に落ちた。あの繰り返し見ていた光景は夢なんかじゃなかった。あれは、現実に起こったことだった。


 頭の中であの下敷きになった中学生が、血だらけの顔で僕を見て二ッと笑った「やっと思い出した?」そう問いかけているようだ。


 ああ、あれは――僕だったのか。――じゃあ、僕はあの時、死んでいたのか。死んだまま、ずっとこの世を彷徨っていたのか?そして、僕の背に乗っている女は、あの時落ちてきた女性だ。なんてことだ。これが現実だったなんて。人が落ちてきて、その下敷きになって僕が死んでしまっていたなんて――。


 これが、僕の人生最後の、そして最大の災難だ――。



                            終

お読みいただきありがとうございます。

こちらのお話しは第2話「曖昧な記憶」、第17話「止まったままの時間」、第21話「不可思議な事」と繋がっています。

また第6話「離れられない」、第10話「誕生日」と関連があります。


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今後ともよろしくお願いします。

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