妹想いの兄、兄想いの妹
翌朝、オーウェン達は学院の寮に向けて王都を出た。帰路の途中、王都に遠征する際にコリンが立てた旗を遠くから確認すると青い長布が1本巻き付けられていた。
〜〜〜長布は聖アールヴズ連合国の正規兵にのみ配布されるもので青、黄、赤の3色で異なる意味を示す。青は「討伐完了と周囲の安全確認済み」、黄は「討伐するも残存あり、注意せよ」、そして赤は「討伐失敗」を示す。一時期は冒険者に配布された事もあったが安全が確保出来たとする範囲にバラつきがあったり、実際には討伐失敗したにも関わらず違う色の長布を巻きつける者もおり、2次被害が頻発したため直ぐに回収された。元々冒険者には粗暴な者も多かったため、それらの事件以来、聖アールヴズ連合国では冒険者に対してさらに不信感が高まり、ギルドの設立等も許可されていない。〜〜〜
ナサニエルが望遠鏡で確認しながらオーウェンに言う。
「青布か…何匹くらいいたんだろうな」
「さあな…後で、公文書館で確認しておこう」
「…オッケー」
〜〜〜公文書館には、様々な公文書が複製・保存されている。討伐報告書もその1つであり、戦闘状況に関して非常に詳しく記載されている。部隊構成とその所持武器、使用魔法の有無や魔物の種類と数、交戦にかかった時間と負傷者の数、負傷部位と対応方法に至るまで全て記載されているため、オーウェンとナサニエルは定期的に公文書館を訪れ情報を確認していた。〜〜〜
夕日の中、オーウェン達が学院の寮に着くと多くの生徒達が出迎える。
「報道紙で見たぜ、叙勲されたんだってな!すげぇよ、マジで!」
「すごい大きな魔物倒したって本当?どーやって倒したのー?」
「鳳雛隊なんて騎士団があるのも知らなかったぜ、俺も鳳雛隊に入ってりゃあなぁ…」
などと皆が口々に話す中、1人腕組みをして仁王立ちしている者がいた。ベアトリスの兄、ドミニク・リッチモンドである。ベアトリスが王家御用達の馬車から降りてくると、ドミニクがズカズカと近寄ってくる。ベアトリスが驚いた顔をして言った。
「お兄様!?どうされたの?」
「それは私のセリフだ、ベアトリス!王女殿下達はともかく、こんな侯爵風情と共に行動するなんて!乱暴でもされたらどうするんだ!?」
「…彼等はそんな事しません」
「そんな保証など何処にもない!…お前達、叙勲されたからって良い気になるなよ!ビーはリッチモンド公爵家の娘でお前達が軽々しく会話を交わせる相手じゃないんだ!」
ナサニエル達がドミニクの言葉に萎縮しているとオーウェンがドミニクの前に出て言った。
「それは困ります、ドミニク先輩」
「…出たな!オーウェン」
「公爵令嬢と言えど、ベアトリス様は特別教室の一員です。仲間外れにするつもりはありません」
「貴様らと仲間になる方がよっぽど不名誉だと言っているんだッ!」
「ベアトリス様には王女殿下達の相談役を引き受けて頂いています。王女殿下達にお仕えする我々にとってもベアトリス様との密なコミュニケーションは必要な事です」
「…ビーが、王女殿下達の相談役…だと?」
「ええ。私が推薦し、クロエ王妃殿下から直々に承認頂いております」
「…貴様、王妃殿下とも知り合いなのか…クソッ。それよりも、何故ビーが相談役に?」
「聡明かつ節度と礼を知る博識な女性です、適任だと思いました」
「何を言ってる?…ビーはいつも私の背ばかり追ってる可愛い妹…」
そう呟きながらドミニクがベアトリスの顔を見ると、ベアトリスは頬を赤らめながらオーウェンの方をチラチラと見ている。実際はオーウェンに褒められて照れていただけだったのだが、猜疑心に苛まれていたドミニクが勘違いするには十分だった。
「そうか、貴様…私だけでなくビーにまで色目を使っていたのか!」
「…ん?なんのことd…」
「惚けるな!何も出来ないビーを煽てて手籠にしようとしているだろう!」
ベアトリスがドミニクの勘違いに気付いて、慌てて訂正する。
「お兄様!?オーウェンはそんな事はしませn…」
「ビーは黙ってろ!オーウェンなどと呼び合う仲になってるなんて…ゆ、許せん!勝負だ、オーウェン!」
急に勝負を仕掛けられてオーウェンがキョトンとする。その表情を見てドミニクが不敵に笑った。
「フフフハハハ、勝負を仕掛けられて怖気付いたか!?」
「構いませんが特別教室は野外授業がメインですので、なかなか時間の都合が付けられないかと…」
「それで言い逃れ出来ると思ったのだろうが…私はそんなに甘くないぞ!学院の修練祭で勝負だ!」
〜〜〜修練祭とはこれまでの修練の成果を披露する年に一度の行事で、簡単に言えば現代の体育祭のようなものである。異なるのは紅白組に分かれたり学年対抗といったものではなく、クラス単位での点数を競う点、そしてその優勝賞品が非常に豪華な点である。修練祭では十数種類の競技から参加するものをクラス単位で選ぶため、選んだ種目によっては異なる学年と勝負になることもある。そのため技能種目は直接対決する事がない低学年に選ばれることが多く、競走種目は相手の持ち点の半分を奪う事ができるため高学年に選ばれる傾向にある。ドミニクはその競走種目でオーウェン達を圧倒してやろうと考えていたのだが…。〜〜〜
「それは無理ですよ、ドミニク先輩」
「逃げるのか?オーウェン!」
「そう言う事ではなくて…私達は中等学院生ですので、初等学院の修練祭には参加出来ないのです」
「…は?」
「私が教鞭を取っている特別教室は、皆が飛び級しましたので、今年から中等学院なのです」
「…」
何を言っているのかわからないといった表情のドミニクにベアトリスがこれまでの経緯を丁寧に教える。数分後には意気消沈して白く燃えカスのようになったドミニクがいた。
「ベアトリス!どうして飛び級の事を私に言わなかった!?」
「ワタクシは言いました、お兄様が御学友とカードゲームに興じて聞いて無かっただけですわ」
「…そ、そんな」
(…つまり、ビーを含めたこの侯爵家の者達が全て、ボクより学年が上ということか!?しかも、オーウェンに至っては生徒でなく特別講師だと!?)
ドミニクはヘタッと座り込む。取り巻きの女子達がフォローしようとするが取り付く島もなくオロオロしている姿を見てオーウェンが口を開いた。
「直接の勝負は難しいですが…それぞれの修練祭における順位で競えば宜しいではないでしょうか。中等学院にも修練祭は有りますので」
「…」
オーウェンの提案にも全く反応できないドミニク。そんなドミニクを見てベアトリスが安心させるような口調で話す。
「お兄様、ワタクシはどんな事があってもお兄様を尊敬していますわ。たしか中等学院の修練祭よりも初等学院の方が早く開催される予定でしたわ。皆で揃って応援しに来ますのでお兄様の魅力を存分に見せてほしいのです」
「…ホント?」
「ええ、もちろん本当です」
ベアトリスの笑顔を見て、ドミニクの目に生気が戻っていく。ゆっくり立ち上がりオーウェンをビシッと指差すと堂々とした口調で言った。
「少々情けない所を見せたが、その提案乗ってあげよう!顔を洗って待ってるが良い、オーウェン先生!」
(この“抜けているが律儀”な感じ…ベアトリスの兄らしいといったところか…)
などと思いながら「はい」と答えるオーウェン。その後ろでナサニエルがボソッとエリザベスに呟く。
「洗うの、クビじゃね?顔洗ったら、ただの『洗顔』だろ?」
「…少し静かにしてくれないかしら、ナサニエル?」
正しい事を言ったつもりだったが、エリザベスに理不尽に怒られてキョトンとするナサニエルだった。
続くんですー




