陰謀
「楽しかったです。今度…ブルイン王国にも遊びに来て…くださいね」
「えぇ、是非伺わせてください」
そう言うと、オーウェンはドロシーに手を振って別れを告げた。それを待っていたかの様に多くの女性達がオーウェンを取り囲む。しかし、その中にはシャルロッテやイザベルの姿は無かった。オーウェンはその後も女性達の求めに応じて3時間ぶっ続けで踊り続けたが、汗の一滴すらかくことはなかった。
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舞踏会が終わりナサニエル達は宿へと帰っていったが、オーウェンはアウグストと共にヴィルヘルムの政務室へと通される。政務室に着くとヴィルヘルムの隣には笑顔の少ないシャルロッテとイザベルが佇んでいた。
(…シャルロッテ様達は浮かない表情をしているな、何かあったのか?)
オーウェンがシャルロッテ達の様子に戸惑っているとヴィルヘルムが「座ってくれ」と言い、話し始めた。
「今日は非常に素晴らしい叙勲式となった。オーウェンも忙しかっただろう」
「いえ、多くの方々に会えて非常に充実した1日でした」
とオーウェンが言うとシャルロッテ達がピクッと動き、心無しか肩が震えているようにも見えた。
ヴィルヘルムがその様子を横目で見ながら話を続ける。
「ふぅ…。それで…アウグスト、オーウェン、何か気になった点は無いか?」
アウグストが少し逡巡した後に、ゆっくりと言葉を選びながら話し始めた。
「気になるという程では有りませんが、違和感ということなら…ブルート様の件でございます」
「ほぅ…。申してみよ」
「ヴィルヘルム様が魔物討伐についてお話された時…ブルート様は妙に物分かりが良いと感じました。魔物は迷宮以外で認められることはあまりありませんが、それでも年に十数件は報告があがります。これまでその殆どが狼や猪といった中型の魔物ですので、通常であれば褒賞が出ることはあっても今回の様に叙勲されることはかなり珍しかったはずです。しかし、ブルート様は納得されていました」
ヴィルヘルムが椅子に深く座り、何か思案した後に続ける。
「なるほどな…オーウェンもそう思ったからブルイン国王女殿下に近づいたのか?」
「はい」
オーウェンの返事を聞いたシャルロッテとイザベルの震えが止まり、その目に徐々に生気が戻った。
「オーウェン様!?それは、本当ですの!?」
「私達にぃ、愛想を尽かしたわけじゃないんですねぇ?」
「…?」
キョトンとするオーウェンの表情を見てヴィルヘルムがふぅっと溜息をつく。
「シャル、ベル。今は大事な話の途中だ。浮気の追求は後にしてくれ」
『申し訳ございません、お父様…』
(浮気の追求とは、一体何の話だ…?)
首を傾げるオーウェンにヴィルヘルムが「気にするな、話を続けよ」言った。
「…はい、先程父上がお話された部分に加えて、ブルート様は巨大熊の剥製を目の前にした際に『まさか、これほどとは…』と仰られていました」
「あぁ、確かに驚いていたな。…何か変な所があったか?」
「父上が仰ったように、実物を見なければ我々の叙勲に対して多少なりと異議を唱えたはずですが…ブルート様は剥製を確認する前に既に納得されていました。ブルート様は宰相の身であり、自国の報告書に目を通していれば、一般的な魔物の種類やサイズなどを把握出来ていたはずです」
「…ブルート殿が報告書を読み飛ばしていた可能性もあるだろう?」
「仰る通りです。しかし、仮に目を通していなかったのなら『これほど』などという比較する言葉にはならないはずです。巨大熊について何処かから情報を得ていたからこそ、その想定よりも遥かに大きかったため、ついそう言ってしまったのかと」
「…確かに、その様にも聞こえるな。緘口令を敷いていた中で情報を得られたとすれば、クーデターの首謀者と内通している可能性もあるということか」
「はっきりとはわかりませんが…」
「なるほどな…他にはあるか?」
オーウェンは一息ついて話し出す。
「クーデターとの関連は不明ですが、ブルート様のお立場はブルイン国内で非常に強大で堅固なものになりつつあるのだと思われます」
「…どういうことだ?」
「ドロシー様は会話の中でブルート様に対して非常に恭しいお言葉を選ばれておりました。年齢などもあると思いますが、仮にもドロシー様は病に臥せっている現王ブレイブ様の御息女、いずれは女王陛下となられる方にここまでの配慮を賜る者はいないと思います」
「…ブルートが宰相として上手くやってくれているから…と言うことではないのか?」
「ブルート様は会話の中で『我が国』、『我がブルイン王国』としきりに申しておりました。ブルート様にも自身がこの国を動かしているという自負があるのだと思われます」
「…ブルート自身に強い野心が見られたという事か…なるほどな」
そう言うとヴィルヘルムは満足した様に「引き留めて済まなかったな、下がってよいぞ」と言った。
政務室を後にして宿に戻ろうとしたオーウェンにシャルロッテ達が「待って」と声をかける。アウグストは領内での仕事を理由に、オーウェンに手短に別れを告げて王都を離れていった。
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「オーウェン様、引き留めてしまい申し訳ありません」
「いえ、父上とは定期的に手紙でやり取りしていますし。問題ありませんよ」
「…」
「御二方とも、今日は元気がありませんね?如何なされましたか?」
「…オーウェン様はぁ…その…お、大きな胸が好きなんですかぁ?」
「…へ?」
「だ…だから、ドロシー様といっぱい踊っていたのは大きな胸が好きだからかと聞いているのですわ!」
シャルロッテとイザベルから不穏な気配が漂い、オーウェンはドロシーと踊っていた時に感じた冷たい視線を誰が送ってきたのかようやく理解した。
「そういうつもりでは…もしかして、それで落ち込んでおられたのですか?」
「あ、当たり前ですッ!好きな人に…目の前で、あんな綺麗な方と仲睦まじい姿を見せられたら…誰だって自信を無くしちゃいます…」
そう言ってシャルロッテとイザベルがボロボロと涙を流す。2人からの好意には少なからず気付いていたが、それは単に助けてもらった人に対する憧れであって一時的なものだろうとオーウェンは思っていた。しかし、目の前の2人は純粋にオーウェンに恋心を抱いて涙を流していた。
(たかが侯爵家の息子である俺に、こんなにも心を痛めてくれていたのか…)
そう感じると同時に、オーウェンは2人の事を意識し始めている自分に気付いてしまう。無意識に2人の涙を指で拭いながら、オーウェンが2人の頬にキスをした。
「お…オーウェン様?」と2人の驚いた声で、ハッと我に返るオーウェン。
(しまった…愛おしいと感じるあまりに、それとなくキスをしてしまったーッ!)
「し、失礼しました!シャルロッテ様とイザベル様がそれだけ私のことを想ってくださっていると思うと…その…お気持ちに応えたいと思って…」
オーウェンが顔を赤らめながら素直に言うと、2人はキョトンとした顔をした後にフフフと笑い始めた。
「オーウェン様ったら、頬になどキスに入りませんわ」
「仲の良い友達ならぁ、当たり前ですぅ」
と悪戯っぽく笑う2人を見て、オーウェンは安堵した様な恥ずかしい様な気分になる。
「…私なりにシャルロッテ様とイザベル様のお気持ちに精一杯応えたつもりなんですが…」
「えぇ、十分伝わりましたわ。ね、ベル?」
「奥手ですけどぉ、今日はこのくらいにしてあげますぅ」
2人はすっかり元気になると、オーウェンの手を引いて言った。
「オーウェン様、私達とも踊ってくださらない?」
オーウェンの返事を待たずに2人がギュッと両腕を抱き締めてくる。オーウェンは顔を赤くしながらも、普段と変わりない落ち着いた口調で微笑み「はい、喜んで」と言った。
続くー




