迷宮攻略
オーウェン達が爆風でひしゃげた檻の隙間から出ると、まだ火の付いたキマイラの肉片がそこかしこにこびりついていた。
「流石にこれは、素材取れねぇな」
などと言いながら、あの黒歴史からすっかり立ち直ったベルンハルトがその周囲を散策する。オーウェンもその後ろでキマイラの肉塊を退かしながら魔石が落ちていないか確認する。
「魔石が見当たらない…」
「他の魔物でも、油袋は心臓に近い場所にあるらしいからな…何も残ってねぇんじゃねぇか。…爪の一部は取り出せたし、これで良しとするか」
そう言うと、ベルンハルトはさっさとバックパックにしまった。
諦めきれないオーウェンがふと壁の方に目をやると、丸焦げになった蛇の死骸が縮こまって転がっていた。動かしてみると頭部の方は辛うじて焼けていない。
オーウェンが黙々と解体を始め、急にピタリと動きを止める。
蛇の頭から取り出したものは、親指ほどの大きさでブルーサファイアのように深みのある青をした魔石だった。
「ベルンハルト、これはなんだ?」
「んー…なんだこりゃ、見た事ねぇ魔石だな…。値段は付けられんが…キマイラから採取したんだ、高値で売れる事は間違いねぇだろうな」
「…そうか」
「さっさと行こうぜ、オーウェン。俺はこれまで一度も期日を破ったことなんて無かったから、今頃仲間達は心配してるだろうしな。さっさと帰って安心させてやりてぇんだ」
「あぁ、そうだな」
そう言うと、オーウェンとベルンハルトはトレントを連れて帰還魔法陣の方へと向かった。
オーウェン達が帰還魔法陣に着くと、魔法陣はいつものように光を放ち始める。
「そういえば、オノドリムは一緒に連れて行けるのか?」
「あぁ。俺たちは迷宮で捕まえた珍しい魔物を調教師に売る事もあるからな。人が触れながら転移魔法陣の中へ引き入れれば所有物扱いで通れるのさ」
「なるほどな。…だそうですが、オノドリムよ。魔法陣を潜る間だけ手を握っても宜しいですか?」
「あぁ、我は其方達に心を許しておるのよ。好きにせよ、オーウェン」
すると、ベルンハルトが何か思いついたかのような顔をして言った。
「そういやぁ、トレントの爺さんは名前なんて言うんだ?」
「…我は我よ、ベルンハルト。我に名などないのよ」
「そうだったのか?でも、いつまでもトレントの爺さんだのオノドリムだの…なんか呼びにくいな」
ベルンハルトが「んー、トレン爺さんとかどうかなぁ…」などと呟いているのを余所に、オーウェンがトレントに話しかける。
「それでは、オノドと名乗られては如何ですか?」
「…おー、なんか威厳があってかっこいい響きだな」
「我は名などに興味がないのよ。だが、其方達がそう呼びたいと言うのなら、好きにせよ」
などと、素っ気なく言いながら心なしか機嫌の良いオノドの手を握り、オーウェンとベルンハルトは魔法陣の上へと立った。3人の身体を青白い光が包む。そして、オーウェン達は迷宮の入り口へと飛ばされていった。
ーーーーーーー
夕刻が迫り、憲兵達は続々と集まっていた。アウグストは自身の私兵50名を先頭に配置し、憲兵達に大声で指示を出す。
「いいかッ!これから我々が先遣として、10人単位で転移陣を潜るッ!憲兵隊の諸君らはアランの指示に従って10人ずつ転移陣を潜ってくれ!頼んだぞ!」
『はッ!!!』
アウグストが行くぞと言い掛けた時、転移陣が強く光り続け様に迷宮の入り口が轟音と共に跡形も無く崩れ去る。そして最後には隊列を整えたアウグスト達が虚しく残された。
「…いったい何が起こったんだ?」とアウグストが困惑しているとオーウェン達が砂埃の中から咳き込みながら出てきた。
「オーウェン!!無事だったか!!」
「父上!どうして…」
と言いかけたオーウェンは、クロエの姿を見て事情を察した。
アウグストとオーウェンが固く手を握る後ろでアランが「解散ーッ!」と叫ぶ。憲兵達はゾロゾロとそれぞれの持ち場へ帰っていった。
「心配したんだぞ、オーウェン」
「済みません。色々考えての行動をしたつもりでしたが、やや軽率だったと猛省しております」
ベルンハルトが「いや、『やや』じゃねぇだろ、『やや』じゃ…」とツッコんでいたがオーウェンは聞こえないフリをした。
「そちらは?」とアウグストがベルンハルトの方を見る。
「こちらは、ベルンハルト。共に迷宮に潜った冒険者です」
「ベルンハルトよ、息子が世話になった。感謝する」
「いえいえ、俺は世話になった方です。…いや、ホント…世話になったなぁ」
そう言いながら、遠くを見つめるベルンハルトを余所にオーウェンがオノドを連れてくる。
「こちらは、オノドです。迷宮の攻略を手伝って頂きました」
オーウェンがそう言うと、アウグストはとても綺麗なお辞儀をしながら言った。
「これはこれは、森の守護者オノドリムよ。息子がお手を煩わせてしまい、誠に申し訳ありません」
「気にするな、オーウェンの父よ。実の所、我も助けられたのよ」
「…それは、一体どう言う事でしょう?」と聞き掛けたアウグストをオーウェンが止める。
「父上、お話ししたい事はたくさんあるのですが、オノドもベルンハルトも疲れており、私もこのように泥に塗れておりますので、続きは寮に戻ってからにしていただけませんか?」
「…それも、そうだな。よし、戻るとするか」
そう言うと、アウグストはクロエに「クロエ様も行きましょう」と声をかけて街の方へと向かっていった。
一方ベルンハルトは仲間達に囲まれながら今回の戦利品の数々を見せびらかしていた。
「こっちが上級の2階層で取ったヤツで、こっちは4階層のヤツの牙だ」
「すげぇ!…これってどのくらいになるんすかね?」
「他にもいっぱいあるからな、どのくらいの額になるか見当もつかねぇよ」
「いいなぁ、ベルンハルトの旦那は。迷宮も無くなっちまったし、俺達はまた放浪の日々か…」と肩を落とす仲間達。
ベルンハルトはふぅと一息付くと言った。
「…まぁ、お前らがどうしてもって言うなら、いつか俺の工房で雇ってやっても…いいんだが…」
「ーッ!!旦那ァアー!!」
森の中にむさ苦しい男達の歓喜の声が響いた。
続きますー