オーウェンの智謀
オーウェン達は早々に行動を開始した。檻の中にある水場でオーウェンとベルンハルトがこねた泥を、トレントが神殿内に撒き散らす。特にキマイラが座り込む定位置は、長年座り続けたせいか窪みが出来ており、トレントはそこへ念入りに泥を撒いた。
次にオーウェンが鎧を脱ぎ、全身に泥を塗り始める。ベルンハルトも手伝い、塗り忘れがないように隅々まで泥を塗る。
「…なぁ。今更だが、こんなので本当に大丈夫か?」
「あぁ、エルフは元々体温がそこまで高くない。泥を塗れば、熱が下がってより見つけにくくなるだろう」
そう言うとオーウェンはパックのように顔にも泥を塗りたくる。
「…泥被っても綺麗なヤツは綺麗なんだな」
「なんか言ったか?」
「いや、なんでもねぇよ。ほれ、後ろは全部塗り終わったぞ」
「あぁ、助かった」
一通り全身に塗りたくると、オーウェンは方天画戟や仕込み槍にも泥を塗り始めた。
ーーーーーー
しばらくして、全ての準備が整った。
「始めるぞ」と言い、オーウェンが檻から出るとガチンッと言う音と共に壁の溝に油が流れ、徐々に部屋が明るくなり始める。
「…ヤツが来るぞ、人の子よ」
「あぁ、頼んだぜ。トレントの爺さん」
ベルンハルトと目配せをした後、トレントは根を編み込んで作った人型にオーウェンの鎧を着せて檻から最も離れた所に配置させた。
程なくして、キマイラが神殿の中へと入ってきた。床に撒き散らされた泥に気付き、キマイラは少し警戒を強くする。すると、オーウェンの鎧を被せた人型をトレントが巧みに動かし、まるで本物の人のように神殿内を走らせた。キマイラが警戒を忘れ、オーウェンの鎧を追いかける。トレントは既のところでキマイラの攻撃を躱すなどしながら、予定通りのルートで檻の方へとキマイラを誘導した。キマイラがおもちゃに夢中な猫のように物凄いスピードで追いかけてくるが、その鋭い爪が届く前にトレントはなんとかオーウェンの鎧を檻の中に回収する。キマイラは暫く興奮して檻の隙間から手を届かせようとガチャガチャしていたが、トレントが鎧を翻して中の人型を見せるとキョトンとした顔になった。そして、キョロキョロと周囲を見渡しながらいつも座り込む窪みの真上まで後退りした。
キマイラが尻尾の蛇を自身の身体よりさらに高くして、周囲を見渡しながら警戒を強める。
その瞬間を待っていたと言わんばかりに、窪みの泥の中に紛れていたオーウェンがヌッと音も無く身体を起こした。
オーウェンが泥の中から仕込み槍を取り出す。
〜〜〜槍の先端にはマンティコアの牙が放射状に並んでおり、深く突き刺すと周囲に引っ掛けた縄が外れ、まるでひまわりの花が開くようにして体内へ深く入り込み抜けなくなる構造をしている。また、その中央にはグルグルと巻かれた油塗れの布と発炎筒が結び付けられており、柄の端を強く叩くと着火する仕組みになっていた。〜〜〜
キマイラは周囲を警戒し過ぎて、腹の下にいるオーウェンには全く気付いていない。
オーウェンは仕込み槍を構え表情を全く変えずに狙いを定めると、肋骨に守られていない腹から胸の方へ目掛けて素早く正確に貫いた。
仕込み槍の仕掛けが発動し槍がキマイラの身体に更に深く喰い込む。キマイラは予期せぬ方向からの攻撃と全身を走る激痛に驚き、その巨体を大きくのけ反らせた。尻尾の蛇がオーウェンを噛み殺そうと腹の方へ伸びてきたが、オーウェンは方天画戟を振り回し攻撃の間合いまで近付けさせない。
一方、ベルンハルトとトレントは倒れ込んだキマイラの顔目掛けて油の染み込んだ布を投げつけた。布はベチャベチャと音を立ててキマイラの顔に貼りつく。キマイラは前脚でこれを除けようとしたが、中々取れなかった。
「樹齢千年の樹液で作った天然接着剤もたっぷり付いているからな、簡単には取れねぇよ」とベルンハルトが得意げに言うと、トレントもフハハと笑う。
ベルンハルト達の援護を受けて、オーウェンが徐々に斬撃を繰り出すスピードを徐々にあげ始めた。そしてついに蛇がキマイラの身体から切り飛ばされる。地面に落ちた蛇は身体をくねらせながらその場を逃れようとしたが、オーウェンが方天画戟をその頭めがけて振り下ろすとギュッと丸まったまま動かなくなった。
オーウェンはすぐにキマイラへと向き直る。そして、痛みでバタバタと暴れ回るキマイラの腹の方へ回り込むと、突き刺した仕込み槍の柄の端をこれでもかと言わんばかりに蹴り上げた。「バシュゥウウウ」という音と共に発炎筒が着火し、仕込み槍の傷口と背中の山羊の目や口から勢いよく炎が飛び出る。すると、ベルンハルトがすかさず叫んだ。
「オーウェン、さっさと戻ってこい!ソイツの油袋に引火するぞ!」
「…!」
オーウェンが方天画戟を抱え込むようにして全速力で檻へ向かって走る。泥の滑りを利用して檻の中へオーウェンが滑り込んだと同時にキマイラの身体が膨れ上がり、次の瞬間、大爆発を起こした。咄嗟にトレントが檻の前へと立ち塞がり、2人を炎から守るがその炎がトレントを一気に飲み込んだ。
「爺さん!」
「オノドリム!」
2人が懸命に叫ぶが爆音でかき消されてしまう。爆音が神殿内で反響し、静かになるまでは暫く時間を要した。
ーーーーーーー
5分くらい経っただろうか、キーンと耳鳴りがする中オーウェンとベルンハルトがゆっくりと立ち上がる。
「…終わったのか?」
「あぁ、そうみたいだ」
「…!!そうだ、トレントの爺さんはッ!?」
ベルンハルトが泣きそうになりながらトレントの方へ向かう。
そこにはトレントが全身が黒く炭のようになって横たわっていた。
「…おい、…嘘だろ。…ようやく出られるのに、何でこんな黒焦げになってんだよ…爺さん」
「…」
「…なんとか言えよ、…爺さん。このまま死んじまうなんて…うッ…あんまりだ…ぜ…」
「…ベルンハルト」
オーウェンがベルンハルトの左肩を叩いて立たせようとするが、ベルンハルトは座り込んだままオーウェンの手を振り払い、トレントの側を離れようとしない。
「…ベルンハルト、もう良いんだ」
オーウェンがそう言うと、今度はベルンハルトの右肩が叩かれた。
「…やめろよ、オーウェンッ!トレントの爺さんが俺達を庇って犠牲になったっていうのに、そんなに気持ちをすぐ切り替えられるなんて…お前には情ってもんがねぇのか!?」
そう言って勢いよく顔を上げたベルンハルトの前には、6mほどでスリムになったトレントが居た。キョトンとするベルンハルトにトレントが話しかける。
「焼ける前に、挿木したのよ、人の子よ」
「…挿木って…そういう使い方出来るの?」
「挿木の中身は我と同じよ、人の子よ」
徐々に顔が赤くなっていくのを感じながらベルンハルトが気まずそうにオーウェンを見つめると、オーウェンも少し顔を伏せがちにしながら言った。
「…だから…もう良いんだ…ベルンハルト」
オーウェンのいたたまれない表情を見て、ベルンハルトは余程恥ずかしかったのだろう。寝起きドッキリに引っ掛かったアイドルのように顔を両手で覆いながら「もぅ、ヤダァ!」と何故かオネェ言葉になって、その黒歴史に更に箔をつけた。
オーウェンさん、まるでランボーみたいな戦い方をします。あと、早とちりベルンハルトさん萌え。
続くよー。




