上級階層の魔物達
野営をたたみ、上級階層へ繋がる転移魔法陣にベルンハルトが近づく。その背中越しにオーウェンが尋ねた。
「ベルンハルトはどの階層まで行った事があるんだ?」
「確認出来る限りでは上級の最終階層まで行ってる…と思う。最終階層では帰還魔法陣しか見つけられなかった」
「探索が不十分だったということか?」
「…そうだな。魔物を避けて、そこらにあるレア素材を掴めるだけ掴んで帰還魔法陣に飛び込んだだけだからな」
「そうか」
(…不自然なほど整えられた階層の仕組み、…強力な魔物達が共存できている事、転生前に学んだ『ゲーム』というヤツで言えば、管理者がいるというところだろう。…ジェヌインの噂をたてたヤツは転生者なのかもしれんな)
一通り会話を終え、オーウェンとベルンハルトは魔法陣の光の中へと消えていった。
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上級階層には強力な魔物が多い。それもこれまでのような単純に肥大した魔物ではなく、複数の生物が混じった形態をとっている。糸を吐き出す8本脚のトカゲ、全身トゲに覆われた毒ガスを出すカエル、ワニのような硬い鱗とアゴを持つゾウなど、その形態は多様なものだった。生き残るためにより強い生物へ変化したのか、あるいは、捕食されその身体の一部と成り果ててもなお、生き続けたかったのか…どちらにしてもこれまでの魔物とは見た目の醜悪さも凶暴さも増していた。しかし、オーウェンはこれらに怯む事なく順調に倒し続け、早くも上級階層の第4階層まで到達していた。
ベルンハルトが額に滲む汗を拭いながら言う。
「前来た時も思ったが、よくもこんなに醜くなれるもんだな」
「…こうならないと生き残れないということなのかもな」
などと会話をしていると、草むらがガサッと動き2つ首の狼が2人目掛けて飛びかかってきた。
オーウェンが先程倒したゾウの魔物から切り出した肉を放り投げると、片方の首がそれに反応し若干スピードが落ちる。その隙をオーウェンは見逃さず腰の長剣を素早く振り抜いた。
ヒュヒュンという風切り音と共に2つの首が胴を離れ、切断部からはドス黒い血液が噴き出す。
オーウェンは飛んできた首をサッと避けた後、横たわって痙攣する身体から魔石を取り出した。
「…オーウェン、お前よくもそんなに淡々とやってられるな」
苦虫を噛み潰したような顔をしながらベルンハルトが近づいてくる。
「この状況に慣れなければ、次は俺達がその隙を突かれることになる。…それより、コイツを見てくれ」
オーウェンの手にはこれまでの紫色の魔石に比べて赤みの強い石が握られていた。
「おいおいおい、マジかよ。魔血石じゃねぇか」
「…これが魔血石か。教本のイラストよりはるかに鮮やかなものなんだな」
「この大きさなら750…いや800万コルナ、下手すりゃもっと行くか」
「同じ大きさの魔石に比べてかなり高いな」
「あぁ、魔血石を持ってるヤツは極端に少なくてな。だが、高い理由はそれだけじゃない。魔血石は呪具や呪術薬の材料になるのさ」
〜〜〜魔道具と呪具にはその仕組みに大きな差がある。魔道具は所持者が魔力を込めることで発動するが、その効果は一時的なものであり術者の魔力量に依存する。対して呪具は発動に必要な魔力量は膨大となるが、一度効果を発動すれば半永久的にその効果を発動し続ける。これらの違いから、各国の王都では地下水の組み上げや巨大防護魔法の展開と維持に巨大な魔血石を使用している。無論、オーウェンが手に入れたものは王都で使用されるものに比べれば随分小さいが、小さな村一つ程であれば防護魔法を展開するのに十分な大きさである。〜〜〜
「呪具か、興味深いな」
「まぁ、必要なのは魔血石だけじゃないがな。魔石も魔血石も腕の立つ錬金術師じゃなきゃ加工出来ねぇし、魔道具や呪具の出来は鍛治職人の腕による。発動する魔法も国家資格を持った魔術師達が数人がかりで数ヶ月かけて編み出すものだから、そうそう簡単に手に入れられるものじゃないのさ」
「…なるほどな」
(これを使って陳宮や高順を探せるような道具が出来るかと思ったが、そう簡単にはいかなさそうだな…)
などと考えながら、オーウェンは静かにそれをバックパックの奥へと押し込んだ。
ーーーーーー
ベルンハルトが解体している間、オーウェンは周囲の様子を確認する。多くの魔物の血の匂いがするからだろうか、周囲に魔物の気配はなかった。
オーウェンが夜営用に集めた薪木に火をつけていると解体を終えたベルンハルトが溜息をつきながら呟く。
「…収納魔法の付いたバッグが有ったら、ここにあるレアもん全部持って帰るんだがなぁ。ハァ、勿体ねぇ」
「そんなものがあるのか?」
「腕利きの冒険者が、依頼主の金持ちから貸し出してもらったって自慢しているのを見た事があるんだ。嘘か本当か知らんが家一つ分の家具が丸々入るらしい」
「高いのか?」
「一部屋分収納出来るヤツですら2000万コルナとかだぞ、冒険者にとっちゃ貯めるより寿命を迎える方が早ぇわ」
「そうなのか」
「まぁ、エルフのお前には想像つかねぇか。普通人間ってのはな、80年も生きれば十分長生きってもんよ。ただ冒険者ってのは危険と隣り合わせだからな。40歳くらいまで現役で続けられれば御の字ってヤツなんだ、そこまでやりきったヤツは転職して小さい店を始めたりしてる。だが、大抵はそう上手くいくもんじゃねぇんだ。依頼を受けてそのまま帰って来なかったヤツなんて大勢いるし、大怪我して物乞いになったり何処ぞの商会で下人になったりなんて話はしょっちゅうだ。まぁ、場当たり的に生きてるヤツが大半なのさ」
「…そうか」
「…まぁ、そんなヤツらだから2000万コルナ貯めてバッグ買うなんて事考えねぇんだよ。大抵は酒と女買うだろうな。あ、ガキにこう言う話は不味かったか?ハハハ、すまねぇな」
ベルンハルトが気まずそうに笑う、その側でオーウェンは何も答えず静かに笑みを返していた。
その時、急に離れた所から呼びかけるような声が聞こえた。
「…ぉーい」
ベルンハルトがビクッと身構えて剣を掴む。
「…聞こえたか?」
「あぁ、俺達以外にも誰かいるのか?」
「有り得ねぇ、俺達より先に潜ったヤツはいない。後から潜ったヤツが俺達のスピードに追いつくことなんざもっとあり得ねぇよ…」
ベルンハルトとオーウェンは身を低くし、声のした方向へ静かに移動する。木陰から覗き込むと獅子のような大きな影が見える。その背中からは蝙蝠のような翼が生え、尻尾はサソリのそれに似た形をしていた。
「ぉーい、ぉーい」
どうやら、あの魔物が声を発しているようだ。
「…あの姿、マンティコアか?」
とオーウェンがベルンハルトに聞く。
「あぁ、そのようだ。きっとダンジョンに迷い込んだ人間を食ったんだろう。気味が悪い声だな」
〜〜〜マンティコアはとても獰猛な魔物である。その容姿も特徴的で羽と毒針の付いた尾を持ち、それらは多様な形態をとる事が多いが必ず共通しているのは人の顔をしている事だ。マンティコアは捕食した人間の口真似をし他の人間をおびき寄せ襲いかかる。とても脚が速いが、捕まえた獲物はすぐに捕食しない。めいいっぱい命乞いの言葉を言わせた上で捕食するのだ。そうやってマンティコアは自分の鳴き声のレパートリーを増やす。〜〜〜
「…やるのか?」
「あぁ、放置すれば遅かれ早かれ誰かが犠牲になるだろうしな」
「…そうだな、頼んだぞ。オーウェン」
「あぁ」
そう言うと、オーウェンは空へ向かって照明魔法をかけた矢をヒュッ放つ。矢が天井にカツンと当たると、魔法が展開し周囲を明るく照らし出した。放たれた矢の音を聞き、マンティコアがゆっくりとこちらを振り向く。その顔を見てベルンハルトが悲痛な声を発した。
「ぁあ…あぁああ、嘘だろぉお!」
「…どうした?」
ベルンハルトが顔を歪めながら言った。
「あいつの顔ッ!前に行方不明になった仲間なんだッ!」
高評価ありがとうございます、楽しんでもらえて嬉しいですー!




