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中級階層

初級階層と違い、中級階層は数体の群れで動く魔物(バリアント)が多い。単体で行動する魔物(バリアント)も居たが、初級階層とは比にならないほど大きいため普段は避けて通るとベルンハルトは言っていた。


(以前戦った巨大熊に比べれば小さいな、せいぜい馬車程度か…)

などと考えながら、オーウェンはベルンハルトに指示された通りに姿勢を低くして進む。


「ベルンハルト、…戦った方が手っ取り早いんじゃ無いのか?」

「バカ言え。あのウサギの魔物(バリアント)ですら、野生の熊を頭からバリバリ食べるんだぞ。それに目的は上の階層に行く事だろ、無駄な戦闘は避けた方がいい」

「…なるほど、一理あるな」

そう言うと、オーウェンは黙ってベルンハルトの後に続いた。8階層の半ば辺りへ来て、やっと折り返し地点と言うところで急にベルンハルトがオーウェンに動きを止める様に指示した。


「前の階層辺りから違和感を感じていたが、そう言う事か。…クソッ!」

「どういうことだ、ベルンハルト?」

「前の階層でやたら魔物(バリアント)同士の縄張り争いの跡があった。出会う個体数も普段に比べると多かったんだが、今合点がいったぜ。…全部アイツのせいさ」

そう言ってベルンハルトが指差す先に、巨大熊が見えた。大きさは納屋より一回り小さいといったところだ。


「オーウェン、悪いことは言わねぇ、引き返そう。アイツは動きも速いし、鼻も()く。見つかれば即肉団子にされちまうぞ」

「アレはそんなに危険な存在なのか?」

「当たり前だ、村一つ消されてもおかしくないレベルだぞ。あんなモノ討ち取った日には叙勲されて英雄譚(えいゆうたん)が出来るぜ」


ベルンハルトの言葉から、自身の功績が意図的に隠されていたのだと確信し、オーウェンは言った。


「そうか…アイツは、そういうモノなんだな」

「あぁ、事の重大さがわかったようだな。すぐに引き返そう…って、オーウェン!?何しているッ!?」

ベルンハルトは、茂みから立ち上がり巨大熊の方へと向かうオーウェンに驚愕し、精一杯の小さな怒鳴り声をあげた。


「ベルンハルト。俺が以前にヤツよりも大きい巨大熊を(ほふ)った事があると言えば…信じるか?」

「こんな時にふざけるのは止めろッ!なんでも信じてやるから、さっさと戻ってこい!」

「今からそれを証明してみせる」

そういうとオーウェンは巨大熊の見える位置まで出て行き、大きな声で呼びかけた。巨大熊がこちらを振り返り、徐々にスピードを上げてオーウェンに迫ってくる。オーウェンもゆっくりと方天画戟(ほうてんがげき)を構えた。


「…ふっざけんな、馬鹿野郎!俺は…逃げるぞッ!」

そう言ってベルンハルトが後退(あとずさ)りするが、オーウェンの怒号がベルンハルトの動きを止めた。


「留まれッ、ベルンハルト!食糧もある、怪我もしていない。お前は自分の言葉に背く人間か?」

「探索継続が困難な状況なら引き返すと俺は言ったはずだぞ、オーウェン!?」

「…違うな」

「何ッ!?」

「それはお前の中の恐怖心が、考えることさえ拒否しこの状況からただ逃げ出すように仕向けているだけだ」

そう言うと、オーウェンは()ぎ払いの構えをし巨大熊へ走り出した。


ベルンハルトはこの時まで大半の人間や亜人を自分と似たような存在だと考えていたが、走り出すオーウェンの姿を見てその認識が誤ったものであると理解した。目の前にいるエルフは、巨大な敵に一切物怖(ものお)じせず、まるで神話に出てくる英雄のように困難な状況へと自らを投じていく。初めて「神」を感じた時のように、(おそ)れ敬うべき存在が今まさに目の前いる事に気付きベルンハルトは腰を抜かして座り込んだ。畏怖(いふ)か、それとも感動か…自分が抱いている感情の正体すらわからないまま、ベルンハルトは無意識にオーウェンの名前を叫んでいた。


オーウェンが怒号と共に巨大熊へ肉薄する。その刹那(せつな)、巨大熊の首と振り上げた左手がひと繋がりになって胴を離れた。切り口の太い動脈から大量の血液が噴き出し、巨大熊が一瞬で絶命した事が離れているベルンハルトにも理解出来た。驚き、戸惑い、歓喜といった様々な感情がベルンハルトを襲い、自然に涙が溢れてくる。返り血を浴びて戻ってきたオーウェンは息一つ乱れていなかったが、ただ観ていただけのベルンハルトは無意識のうちに呼吸を止めてしまっていたのか、ハァハァと息を切らしていた。


「ハァ…ハァッ。…お、オーウェン、無事かッ?」

「あぁ、返り血だ。問題ない」

「…ハァ。…まったく脅かしやがって。…こんなに強いんじゃ今まで隠れて進む必要も無かったじゃねぇか」

「無駄な戦闘を避けるという考えはいいと思ったからな、こんな風に鎧を毎回汚すわけにもいかない」

そう言うとオーウェンが兜を外し、付着した肉の破片や血液を拭き取る。

初めてオーウェンの顔を見たベルンハルトは、その端正な顔立ちに言葉を返せないでいた。

ぼーっとこちらを見つめるベルンハルトに、オーウェンが声をかける。


「どうした?」

「え…い、今まで観てきたエルフ達もかなり綺麗だと思っていたが、お前は…。いや、これ以上言うとなんだか俺がソッチの趣味があるみたいになっちまう」

「なんの話だ?」

「なんでもねぇ、忘れてくれ。それよりどうする、今日はここら辺にしておくか?」

「いや、このまま進む。中級階層に入ってスピードダウンしているからな、遅れを取り戻さなければ」

「そうか…そうだな」

そう言うと、ベルンハルトは荷物を回収しに元いた茂みの方へ向かった。オーウェンは倒した巨大熊の方へ向かう。


「ベルンハルト、コイツの魔石は何処にあるんだ?」

「心臓を持ってるヤツは大体がその中に入ってる。その大きさから魔物(バリアント)の大きさも推測出来るって寸法さ」

「なるほどな」

そう言うとオーウェンは短刀で素早く心臓を取り出した。(にぎ)(こぶし)程の魔石が中からヌルリと飛び出す。荷物をまとめたベルンハルトがオーウェンの下へ向かってきて言った。


「随分デカい魔石だな、オークションに出せば250万コルナは軽く超えるだろうぜ」

「そんなに価値が上がるのか?」

「当たり前だ、魔石は色んな魔道具に使用できるからな。デカくなれば、それだけ強力な魔道具も作れるんだ。錬金術師なら喉から手が出るほど欲しがるさ」

「そうなのか」

「それと…出来ればこの熊の毛皮も回収したい。急いで解体するからそれまで休んで待っていてくれないか?」


(…魔石は今後色々と用途があるためベルンハルトに渡せないが、毛皮なら巨大熊を倒した良い証拠にもなる。ベルンハルトが俺の名前を出せば、巨大熊を倒したエルフとして他国へ噂が広がるかもしれないな)

と、急ぎたい気持ちを抑えてオーウェンはベルンハルトの提案を受け入れた。


「…あぁ、わかった」

「助かるぜ、オーウェン」

そう言うと、ベルンハルトは手早く解体を始めた。解体には想定より少し時間がかかったが、これまでのように隠れながら移動する必要が無くなったため、残りの7階層は真っ直ぐに転移魔法陣へと向かう事が出来た。魔物(バリアント)出会(でくわ)す回数は多かったが、不思議と襲ってくるものは少なかった。


「…魔物(バリアント)達が大人しいな」

「そりゃそうさ、そんだけ巨大熊の血の臭いをさせてりゃな」

「…そんなに臭うか?」

「あぁ、魔物除けになってくれてるから我慢するが」

「ベルンハルトも解体していただろ」

「俺は石鹸でちゃんと洗ったしな」

「…貸してくれ」

迷宮(ダンジョン)を出るまではダメだ、こんないい魔物除けを手放す訳にはいかねぇ」

「…」

ーーーーーー


15階層を過ぎ、再び転移魔法陣だけが存在する通路へと辿り着いたオーウェンとベルンハルトは野宿の準備をする。

「こういう通路が定期的にあるのは何故なんだ?」

「わからん。だが、何処の国でも迷宮(ダンジョン)の構造は大体こんな感じだな。冒険者は安全地帯(セーフティーゾーン)を挟んで階層の階級分けをしているんだ。まぁ、これはあくまで噂なんだが…」

と前置きをしてベルンハルトは続けた。


魔物(ジェヌイン)が創った迷宮(ダンジョン)もあるって話だ」


〜〜ジェヌインは『初めから魔物として生を受けた存在』で自我を持ち、種によってはその知恵の高さからバリアントを使役出来るものもいる。例えば、ヴァンパイアとグールはその典型的な例だ。ジェヌインであるヴァンパイアは主に他種族の血液を糧としており、理由は割愛するが良く人族を標的にする。彼らは自身の眷属を作るために一部の人間を瀕死の状態で生かす事があり、血液を瀕死になるまで吸われた人間は生への執着心から周囲の魔素を取り込みグールというバリアントに成り果てる。グールは本能的に血液を補おうと人を襲い、その消滅の時まで下僕(げぼく)としてひたすらヴァンパイアに血液を届け続けるのである。〜〜〜


(…つまり、迷宮(ダンジョン)内のバリアント達を操っている魔物(ジェヌイン)がこの先にいるかも知れないという事か)

これだけの数の魔物(バリアント)を使役する魔物(ジェヌイン)がいるという事に、オーウェンは言葉にし難い高揚感を覚えた。


続くよー

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