救出作戦
翌日、辺りがすっかり暗くなり、オーウェン達がいつものようにクエストを終えて冒険者ギルドに戻って来ると、ギルド内の様子がいつもより騒がしいことに気付いた。ナサニエルが首を傾げながら呟く。
「…変だな、この時間帯にここまで人が残っていた事あったか?」
「緊急のクエストでも舞い込んだのかもしれんな」
などと言いながら人混みを進んでいくと、そこにはボロボロに傷ついた装備で涙を流すアイリーンの姿があった。オーウェンが駆け寄り、アイリーンに尋ねる。
「…どうした?」
「お…オーウェン!…お願い…ヴァレンタイン達を…助けて」
「ヴァレンタイン達に何かあったのか?」
「ご…ゴブリンが…たくさん…。気付いたら…皆、囲まれてて…。ストルツさん達も…殺されて…」
「落ち着け、アイリーン。必ず助けてやる、要点を手短に話せ」
オーウェンが優しく声をかけると、アイリーンは徐々に落ち着きを取り戻して話し始めた。
〜〜〜
ストルツの提案により、アイリーン達は転移門が閉まる17時前に、依頼された村へと向かった。
ストルツが、依頼書を読みながら話し始める。
「最近、依頼のあった村の近くでは、ゴブリンの襲撃が頻発しているらしい。30体程で襲ってきたという事だから、おそらく全体で50〜100体ってとこだろう。少し数は多いが、こちらにも人数が居る。さほど苦労する事は無いだろう」
「夕方から向かうのは何故ですか?」
「報告によれば、ヤツらの襲撃はいずれも夜だ。きっと夜目が効く分、奇襲を成功させられると考えているんだろう。なに、心配することはないさ。逆に言えば夜を狙って奇襲しなければいけないほど、ヤツらは弱っちい集団って事だからね」
「なるほど、勉強になります」
などと会話しながら、アイリーン達を乗せた馬車は村へと進んでいった。
村に着いた頃には辺りはすっかり真っ暗だったが、村には1つも灯りが無かった。ストルツが、首を傾げて言う。
「変だな…、俺達が着いたら村長が歓迎してくれるって聞いてたんだが…」
「灯りどころか、物音もしませんよ」
などと会話していると村の方から、誰かが歩いて来るのが見える。ストルツがにこやかに笑いながら手を振って近づき話しかける。
「すみません。冒険者のものですが、村長さんは…」
と言いかけたストルツが、悲鳴を上げる。
そこには村長のものと思われる頭部を槍に刺し、ローブをかけて人に見せかけるゴブリンの姿があった。次の瞬間、ストルツの首下に光が一閃したかと思うと、悲鳴は空気の漏れる音に変わる。首下を押さえて苦しそうにのたうち回るストルツを見下ろし、ゴブリンはケタケタと笑い始めた。すると、何処からともなく笑い声が増えて来ると同時にあらゆる方向から槍や矢が降りかかり、ストルツのパーティは一瞬にして全滅した。
ヴァレンタインが呼びかける。
「囲まれている!密集陣形!」
その声に合わせて、アイリーン達がヴァレンタインの下へと集まる。ルーシーが防御魔法を張り、夥しい数の矢や槍が弾かれて周囲へと突き刺さると、ヴァレンタイン達はその場から身動きを取る事ができなくなった。トーマスが額に汗をかきながら言う。
「おいおい、冗談じゃねぇぞ…100体どころじゃねぇじゃねぇか!」
「まずいな、御者も殺されて逃げることも出来ない…」
「でも、このままの状況が続けば、ルーシーの魔力が持たないわ!少しでも数を減らさなきゃ!」
「…こうなれば、近づいて来る者だけを狙うしかあるまい」
とコンラッドが言うと、アイリーン達は防御魔法を破ろうと近づいてきたゴブリン達を、片っ端から斬り伏せていった。
300体ほど倒した所で、アイリーン達はすでにボロボロになりながら肩で息をしていた。ルーシーは魔力を補充するポーションを飲みながら、必死に防御魔法を維持している。しかし、周囲を囲んでいるゴブリン達は一向に減っている気配が見えなかった。しかも、先ほどまで闇雲に攻めてきたゴブリン達は、攻撃の届かないギリギリの距離で武器を構えたまま、ニヤニヤと笑い始めた。ヴァレンタインが額に汗を拭って言う。
「どうやら、こちらの間合いを見切っただけじゃなく、ルーシーが力尽きるのを待つ作戦にしたみたいだね。…オーウェン君の懸念が現実になってしまったね」
「どうしよう、皆殺されちゃう…」
と震える声で呟いたアイリーンに、ヴァレンタインが少し間を置いて言った。
「アイリーン、ここに特別な魔道具がある。本当はもっと別のトコで使いたかったんだけど…、どうやらここで使うしかないみたいだ」
「…これは?」
「この魔道具には、オネットへの転移魔法の術式が組み込まれているんだ。君にこれを託す…、オネットに戻り救援を呼んできてほしい」
「…皆を残して…行けないわ」
「頼む、アイリーン。私はリーダーとしてここに残らなきゃならない、冷静な判断の出来る君だからこそ、任せたいんだ」
「わ…わかったわ、必ず呼んでくるから…絶対に死なないでね」
「あぁ、もちろんだよ…こんな所で死ぬわけにはいかない」
〜〜〜
アイリーンは、涙を拭いながら続けた。
「私は、魔道具を使って帰ってきたわ。ギルドも緊急クエストを出してくれたんだけど…高ランクの冒険者達のほとんどが、オネットを離れているらしくて…数が集まらないの」
「なるほどな、ちなみにアイリーン達が訪ねた村というのはどの辺だ?」
「転移門を使って2時間といったところなんだけど…転移門はもう閉められてて…直接馬車で向かったら半日くらいかかってしまうわ」
アイリーンの言葉を聞いて、冒険者達からも諦めの言葉が飛び出す。
「こう言っちゃなんだが、もう無理だろ…」
「300体倒してまだ残っていたんだろ?Cランクのベテランパーティ2つがかりで、数日かけるような案件じゃねぇか」
「嬢ちゃん、諦めた方がいい。下手すれば、お前さんの仲間たちはもう…」
という声を聞き、アイリーンがイヤイヤと首を振りながら、オーウェンの胸に抱きついて懇願する。
「お…お願い、オーウェン!皆、私が助けを呼んで来てくれると信じて、きっと今も戦い続けているの!だから…だからぁ…」
と泣き崩れるアイリーンの肩に、オーウェンはゆっくりと手を置いて頷いた。
「言ったはずだ、必ず助けると。俺を信じろ」
「…オーウェン」
力の抜けたアイリーンを抱きかかえて椅子に座らせると、オーウェンは急に表情を変えて言った。
「鳳雛隊、整列!」
『ハッ!』
「これより、俺達はヴァレンタイン達および村人の生き残りの救出へと向かう。事態は一刻を争う状況ゆえ、俺が単騎で先発する。アイリーンの報告によれば敵戦力は未知数との事だ、お前たちには戦力を十分に確保してから来てもらう。ナサニエル、手筈は全てお前に任せるぞ」
「ハッ!」
「負傷者を運ぶ馬車も用意しておけ、どのくらいの数が居るかは公文書館で確認してあるな?」
「あぁ、確か500人くらいの村だったはずだ。周辺の村でも負傷者が出ている可能性を考えて、最低限でも倍の数は乗せられるように確保しておく」
「助かるぞ、ナサニエル。では、俺は先に向かわせてもらう」
そう言ってオーウェンはギルドの建物を出ると、「ローラーコースター」を使って一直線にオネットを飛び出していった。
ナサニエルが、残った冒険者達に呼びかける。
「それじゃあ、ここからは交渉だ。俺達について来る気があるヤツはいるか?」
『…』
「だろうな…だが、考えてみてくれ。アイリーンの話が本当だとすれば、ゴブリンの大群が半日ほどの距離までオネットに迫っている事になる。門も転移門も既に閉まって、街から脱出出来ない以上、残された選択肢は2つ…戦って生き残って儲けるか、残って惨めに死んでいくかだぜ?」
「…生き残れるかどうか…わからねぇじゃねぇか」と誰かが呟くと、ナサニエルは苦笑して言った。
「なんだ…冒険者ってのは僅かな望みがあるなら、なりふり構わず突っ込めるような気持ちのいいヤツらだと思ってたんだが…こいつは拍子抜けだな。まぁ、生き残れるかは保証できないのは事実だけどよ。一つだけ確かな事はある」
「…確かなこと?」
「あぁ、うちの隊長のオーウェンはキマイラも倒せるほどの凄腕だ。アイツの側にいる方が安全だし、何より…儲かるぜ?」
「!!あいつ…キマイラを倒したのか!?」
「ああ、そうだ。他にも色々倒しててな、既に腐るほど金を儲けて王女を4人も嫁にしようというくらいなんだぜ。気前の良いアイツの事だ…助けに行けば、きっとそれなりの謝礼をくれるはずさ」
ナサニエルの言葉に、冒険者達は水を打ったように静まりかえる。そして、何処からともなく声が聞こえ始めた。
「…やるぞ、俺はやるぞ!」
「俺もだ、アイツの鎧見たことあるか!?マジもんの金持ちじゃねぇと手が出せない代物だったぜ!」
「上手く助けられたら、私もお嫁さんにしてもらえるかもー!」
と声が大きくなり、冒険者達がこぞって手を挙げ始めた。
ナサニエルが大声で呼びかける。
「オーケーオーケー、それじゃあこれから準備を始めるぜ!20分後に転移門前に集合だ、ギルドの職員さん達は憲兵達にも連絡して救助隊と搬送用の馬車を編成してもらってくれ」
「おい、でも転移門はもう閉まっているって…」
と言いかけた冒険者に、ナサニエルはニヤリと笑って言った。
「うちの大将が先に行って待ってるんだ…開けさせるさ、どんな手を使ってもな」




