オーウェンの思惑
弓道場に着くと、オーウェンは躊躇なく大人用の弓を手にした。
アウグストは苦笑いしながら、オーウェンを窘める。
「オーウェン。日々鍛錬を怠らないお前の向上心は素晴らしいものだ、それでも大人が使う弓を引くのはとても難しいと思う。無理をすれば筋を痛めてしまうしな」
「はい。ですが子供用の弓では、提案する闘技会の内容を納得して頂けないと思いまして。ぜひ引かせて頂けませんか?」
「う、うむ…。だが絶対に無理はするなよ。身体を壊してしまっては元も子もない」
「はい」
そう言うと、オーウェンは弓を持って的の前へと移動する。的となる鎧までは約30mといった所で、普通の子供ならどう頑張っても届かない距離である。
アウグストは、オーウェンが無茶をしないか心配しながら見守る。
(…風魔法でも使って届かせるつもりなのか。しかし基礎訓練を終えた新兵ですら最初は弓を満足に引く事はできない。オーウェンに引けるとはとても思えないが…。)
アウグストの心配を余所に、オーウェンは矢を番えた。目を閉じスーッと鼻から息を吸い込み、フーッと口から息を吐く。吐き切ると同時にパッと目を見開き、弦を力一杯引き寄せる。ギッと軽く音を立てて弓幹(弦を張った木の部位)があり得ないほど撓った。
「…!!」
アウグストは驚きのあまり無言で見入ってしまう。
次の瞬間、ヒュッという風切り音と共に、矢が支柱もろとも鎧兜をぶち抜いた。
(何が起こった…?放たれた矢の軌道が見えなかったぞ…)
しかし、それだけではなかった。オーウェンは矢継ぎ早に二の矢、三の矢を放ち鳩尾と股間を貫いてみせたのである。
「…何という事だ。最早、熟練の弓使いに比肩する腕前だ。オーウェン、一体どんな訓練をした?」
「弓に耐え得る力をつけ、ただひたすらに弓を引く…それだけです。それより父上、先程の話の続きをしてもよろしいでしょうか」
「…あ、あぁ。続けてくれ」
「子供達だけで行う模擬戦を、許可して頂きたいのです」
「侯爵家の子供同士で弓を互いに射るということか?オーウェンはともかく、他の侯爵家に満足に弓を引けるものが居なければ、一方的な試合になって興醒めだろう」
「そうではありません。1対1ではなく、多人数で本当の戦を模して行うのです」
「!!」
「私の指導のもと、これより1年間、侯爵家だけでなく伯爵以下の貴族の子供達も交えて訓練を行います。その中から選抜した者達でチームを作り、トーナメント形式で優勝を競うのです。いずれ国を背負う者達の気概を見せることは、国父たる王家の方々へ忠義の証となりますし、公爵家の方々にとっては早い段階で人材登用の目星を付けられる良い機会になる筈です」
「それはそうだが…本当に出来るのか、オーウェン」
「身命を賭して、このオーウェンが必ずや成し遂げて見せます」
「…ふぅ、愛する息子にここまで言わせては最早引けないな…。わかった、オーウェン。是が非でも成し遂げてくれ、全ての責はお前の父アウグストが引き受ける!」
「はいッ!」
二人は固く手を握ると、早速それぞれの仕事に取りかかった。
アウグストは直ぐ様各侯爵家に緊急集会を呼びかけ、事のあらましを伝えた。最初は半信半疑で煮えきらなかった侯爵達もいたが、自身の子供達を王家や公爵家へアピール出来ると分かると、途端に協力的となった。また、伯爵以下の下級貴族もこの機会を逃すまいと積極的に参加する姿勢を見せ、7日後の結成式には総勢359名がモンタギュー家の大広間に集まった…のだが。
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大広間では小綺麗な格好をした坊坊が、それぞれの派閥で固まって親の真似事のようにペチャクチャと話し、下級貴族の子供達が愛想笑いを浮かべている。セスが「皆様、お願いで御座います。どうかお静かに」と呼びかけるも、使用人風情がといった顔でお構いなしに話を続ける者も居た。
時間となり、軽装鎧のオーウェンが姿勢良く舞台へと出てきた。会場は一瞬静まったが、相手が子供とわかると再び騒がしくなりかけた。その時である。
「静まれッ!!」
オーウェンの澄んだ怒号が会場に響き渡ると、その場にいた全ての人々が会話をやめ直立した。
「整列ッ!!」
訳がわからないといった顔をしながらも皆急いで並ぶ。
「これより点呼を取る!呼ばれた者は前へ出て装備を受け取り次第、中庭にて再び整列し待機せよ」
それを受けてセスが点呼をいざ始めようという所で、ある侯爵家の息子が「おい、ちょっと待てよ」と野次を入れた。『蒼の鳳』副騎士団長を務めるロッキンガム侯爵家の一人息子、ナサニエル・ロッキンガムである。
(…父上以外にもあの名前を思い付くヤツいたんだな…)
などとオーウェンが考えていると、ナサニエルは続けた。
「説明してくれよ。俺達はあの『鮮血の剛弓』様に稽古をつけてもらえると聞いて、遥々遠くから足を運んだんだ。お前に指図されるいわれは無いんだが」
「俺はオーウェン・モンタギュー。父よりお前達の訓練に関して全責任を託された。年は同じでも、ここでは俺が上官だ。以後、口を慎め」
「だから…それが納得できねぇって言ってんだよ!」
そう言うとナサニエルは、舞台に勢いよく飛び乗ってきた…いや正確には飛び乗ろうとしたが、オーウェンの素早い蹴りを顎に食らって、へたり込むように舞台で突っ伏して気絶した。
「なッ…!?」と取り巻き共が怯むのを尻目に、オーウェンが声を張る。
「聞け!我々はこれから1年後、王家や公爵家の方々にご挨拶させていただける機会を頂戴した。お前達は、今後の家運を背負ってここに立っているのだ。無論、この俺もな」
ゴクリと固唾を飲む一同にオーウェンは続けた。
「『お前達なら出来る』、そう信じて送り出してくれた家族の下に泣いてでも帰りたいヤツは、今すぐこの場を去れ。だがここに残り1年の訓練に耐え抜いた者は必ず、家名に恥じぬ力を得られると俺が約束する。…理解したら指示に従え。二度は言わない」
オーウェンはそう言うと舞台を降り中庭へと向かって歩いて行った。その後は粛々と点呼が取られナサニエルが意識を取り戻した時には既に3分の2程度が中庭で静かに整列していた。
全員が揃うと改めてオーウェンが声を張る。
「改めて自己紹介する、俺がオーウェンだ。俺達はこれから共に鍛錬を行い、1年後には王家や公爵家の方々に、その成果を披露する事となる。皆、死力を尽くして訓練に励むぞ!」
『はいッ!』
一同には先程までの悠長さは最早なくなっていた。ナサニエルも気が付くと「はいッ!」と返事をしていた。
「では、全員私物を置け。これより東の森林地帯にて1年間のサバイバル及び戦闘訓練を行う。行軍開始ッ!!」
『はいッ…ぇ、えぇえええ!?』
驚愕する一同を無視し、オーウェンはスタスタと東に向かって歩き始めた。
読んで頂きありがとうございます。だんだんとオーウェンらしさが出てくるかと思います。楽しんで頂けると幸いです。では、次回もオーウェンに頑張ってもらいます。