打開策
家庭教師の授業が全て終わって自由な時間が増え、オーウェンは今まで以上に武芸の稽古に一人励んでいた。人族や獣人族に比べてエルフの筋肉は膨張しづらい。そのため、騎士団員のような戦闘職でも非常にスレンダーで、せいぜい細マッチョと表現されるくらいの体型だった。オーウェンもかなり鍛え込んでいるはずだが、見た目は同年齢の平均に比べればちょっとだけ大柄かといった所である。
(…前世の全盛期と同レベルで鍛え上げているが、疲労や痛みを感じにくい。これならもっと厳しい鍛錬でも耐えられそうだ)
午前の鍛錬を終え、着替えのため部屋に戻る途中で、父アウグストと執事セスの会話が聞こえてきた。セスは先代の頃からモンタギュー家に仕えており、アウグストの信頼が厚い。
「まったく…面倒な事になった」
「何しろ前例がない事ですので…お悩みになられるのも致し方ありません。私の父も祖父も代々モンタギュー家に仕えさせて頂きましたが、このような事は伝え聞いた事がありません。公爵家や王家の方々には、誠に御配慮頂きたいものです」
「…とは言え、賽は投げられてしまった。セス、正直に言って欲しい。我々の今の財力で、どの程度もてなすことが出来る?」
セスの頬をたらりと汗が垂れ落ちる。
「…まず、調度品を整えねばなりません。コース料理を出す食器類も、大量に発注しなければなりませんし。何より、この城の大広間では侯爵家の方々に加えて公爵家や王家の方々を迎えることは出来ません。つまり…現状のまま、おもてなしと呼べる対応は非常に難しいと言わざるを得ません」
「新しく会場を造るというのは?」
「不可能ではありませんが…調度品や料理の質と量を極端に落とさなければなりません。正直に申しますと社交界には…相応しくない、みすぼらしいものとなってしまうかと思います。アウグスト様、ここは領民に税を課しては如何でしょうか?」
「それはならん。彼らの生活に関わるものならやむを得ないが、今回の件にいたっては貴族社会のメンツを保つという、領民にとっては全く益のないものだ。なによりそれがオーウェンに絡んだものと知れば、領民のオーウェンに対する心象まで悪くなる。それだけは絶対に避けねばならん」
「では、他の侯爵家の方々に助力を請うというのは…」
「社交界に出資するのは、財力の誇示と人脈を作るためだ。今回の場合、他侯爵家の面々はオーウェンのお披露目会と捉えてしまっているだろう。身内を差し置いて他家のお披露目にカネを出すほど、お人好しはいない。仮に出資してもらえたとしてもモンタギュー家、ひいてはオーウェンが彼らに借りをつくってしまう事となる」
「…」
(父上はこのような状況でも、俺と領民の事を考えてくださっているのか…)
そう考えるとオーウェンは嬉しいような苦しいような気持ちになり、居てもたっても居られなくなった。
「父上」
「おぉ、オーウェン。休憩か?」
「はい、着替えを取りに。それより、今のお話は?」
「なに、お前が心配することでは無いさ。貴族の付き合いというヤツで…少々面倒な事なんだ」
「私も父上の力になります」
「あぁ、オーウェン。優しいな、その気持ちだけでも父は嬉しいぞ」
と、ニッコリするアウグストとセス。
「…私に考えがあります、父上」
オーウェンがそう言うと、しばらく二人はポカンとしていたが
「本当ですかッ、坊っちゃま!?」と、セスが飛びついた。
アウグストはふぅと溜息をつくと
「セス、落ち着け。いくらオーウェンが学問に秀でているとは言え、それは教科書に載っている範囲での話だ。そのように頼られすぎては、オーウェンが負担を感じてしまうだろう。それで…オーウェン、お前の考えとは?」と前のめりになった。
「確認したいのですが、父上、王家や公爵家の方々から社交会の期限は設けられていますか?」
「…具体的には決まってないが、このタイミングで話が出たと言うことは1年後の初等学院入学を見据えたものだろう。オーウェンも知っての通り、入学の前祝いは各侯爵家の御子息・御令嬢のお披露目の場だからな」
アウグストの話を聞きながら、オーウェンは疑問に思っていた。
(聖アールヴズ連合国では、初等学院への入学は7歳と決まっている。俺も来年から初等学院に入る事になるが、試験もない初等学院への入学がそれほど喜ばしいことだろうか…)
オーウェンの疑問を察したのか、アウグストは続けた。
「入学の前祝いは彼らにとって初めての社交界デビューの場でもある、だからどの侯爵家もとても力を入れてくるわけだ。それに、伯爵以下の貴族や豪商達も人脈作りのために地方から集まってくる。侯爵家にとっては普段会う機会が少ない下級貴族に威厳を誇示するだけでなく、スポンサーを獲得する機会にもなるという訳だ」
「!…なるほどです」
「そしてモンタギュー家はこの祝賀会を毎年ホストとして執り仕切っている。だから公爵家や王家の方々はこのような難題を私にお出しになったのだが…、他の侯爵家の人々は蔑ろにされたと感じてしまったようだ」
オーウェンは、少し間を置いて切り出した。
「…父上、闘技会を開いて王家や公爵家の方々に観て頂くというのはどうでしょうか」
「どういう事だ?」
「今回のように、王家や公爵家の方々と一堂に会する機会は滅多にないのでしょう。当然、各侯爵家の方々はアピールができる場が欲しいに違いありません。しかし単なる舞踏会では、ホスト以外の侯爵家はなかなかお近付きになることが出来ません。そこでモンタギュー家がこの機会を作り、各侯爵家にはこれに出資をして頂くのです」
「おぉ…おぉぉお!セスにはわかりかねますがッ、素晴らしいですぞぉ、坊っちゃまァア!!」と一人騒ぐセスを尻目に、オーウェンとアウグストは会話を続けた。
「詳しく話してくれないか?」
「1対1の挨拶がメインとなる舞踏会ではなく、王家や公爵家の方々に侯爵家の子供達が競い合う様を御観覧頂くのです。お披露目の機会が公平化されれば、他侯爵家の方々も協力的になっていただける事でしょう。具体的には、森林地帯を利用した闘技会場を建設します。多少の整地は必要ですが、豪華な舞踏会場を立てるよりは安く済むはずですし、建物自体も必要なのは王家、公爵および侯爵家のご家族様が観戦するための席のみです」
そう言うとオーウェンはそばにあった紙に、競技場の観覧席のような階段状の建物を描いて見せた。
「なるほど、テーブルを置かずに席だけ並べれば多くの人々を収容出来るということか。しかし、そうすれば、料理の入った皿やグラスはどこに置く?遠方より来られる方々のためにも、出さないわけにはいかない」
「はい。ですのでコース料理ではなくビュッフェ形式とし、提供する食事もサンドイッチやハンバーガーのようにあまり汚れず、片手で持てるモノにしていただきます。グラスは各席に取り付けたドリンクホルダーに配置し、王家、公爵家には当家の使用人達にサーブさせ、侯爵家の方々はセルフサービスにすればいいかと思います。料理の詳細は詳しくないので、料理人に考えて頂きたいのですが…」
アウグストはオーウェンの話を聞きながら内心はとても驚いていた。ビュッフェ形式や、サンドイッチ、ハンバーグというものは近年、人族国家で転生者と呼ばれる者達が開発した珍妙な食事方法と携帯食と聞いたことがある。城に出入りする行商人と話した時は、なんと野蛮な食べ方かとそれ以上興味を示さなかったが、それを起死回生の一手にするとオーウェンは言ったのだ。
(この子も行商人の誰かから聞いたのだろうか、それとも…)
アウグストの訝しげな表情に気づいて、オーウェンは「これらは城を出入りする行商人から聞き齧ったものなんです(ニコッ♡)」と付け加えた。
「…あぁ、そうだったのか!流石、オーウェンだ。このような事態へ異国の真新しい食事方法を取り入れるとは!」とアウグストは安堵した表情で感心してみせた。
「一先ず、料理と会場は何とかなるだろう…セス、頼むぞ」
アウグストがそう言うと、おいおいと喜びの涙を流していたセスは、途端にビシッと背筋を伸ばし
「はいッ、お任せ下さいッ!只今より、総出で手配に当たらせて頂きますッ!」と足早にその場を離れた。
アウグストはふぅと溜息をついた後に、再び真っ直ぐオーウェンに向き合った。
「オーウェン、料理と会場はセスに任せた。だが、肝心の闘技会の内容はどうする?侯爵家同士で剣闘士の真似事をするだけでは皆納得いかないだろう」
「はい、おっしゃる通りです。それに此度の主役はあくまでも初等学院に入学する我々です。父上達の手を煩わせるつもりは毛頭ありません」
「では、一体何を披露するというんだ?」
「その話をする前に、父上に是非付き合って頂きたい事があります」
「もちろん、いいぞ。なんだ?」
「私の弓を見て頂けませんか?」
そう言うとオーウェンは、アウグストの手を握って弓道場へと走り始めた。
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