番外編 エリザベス・オブライエンを探して
本編の途中くらいの、行方不明になった本物のエリザベスを探すエピソードです。ユーインは出ませんのでご注意ください。
エリザベスはオブライエン公爵邸の書物室から数冊本を見繕い、自室へ戻るために廊下を歩いていた。
最近体力が落ちているので、少し遠回りする。
庭を散歩してもいいのだが、その場合はメイドを付けるようにとシルヴェスターから命じられていた。
誰かを引き連れて行動するのを好まないエリザベスは、こうして公爵邸内をひとりで歩き回っているというわけだ。
メイド達の休憩室の扉が少しだけ開いており、会話が漏れる。
「え!? エリザベスお嬢様が、新しくできた会員制の酒場にいたですって!?」
思いがけない情報に、エリザベスは足を止める。
盗み聞きはよくないと思いつつも、耳を澄ませてしまった。
「ええ、噂なんだけれど、週末の決まった時間に現れるみたい。その、エリザベスお嬢様は社交界の高嶺の花だから、その姿をひと目見ようっていう男性が押しかけているらしいのよ」
さんざん行方を眩ませておいて、酒場に出入りしているなんてとんでもない。エリザベスはふつふつと怒りを覚える。
「この情報はシルヴェスター様にお知らせしたほうがいいのかしら?」
「止めておきなさいよ。ただの噂話なんでしょう?」
「ええ、そうなんだけれど……」
「私達みたいな下々の者達が知っている情報を、シルヴェスター様が知らないわけないでしょう?」
「それもそうよね」
ここまで聞いて、エリザベスはメイド達の休憩室の前から足早に立ち去る。
とんでもない話を聞いてしまった。シルヴェスターは知っているのだろうか?
帰ってきたら問い詰めなければならない。
途中で執事のレントンに会ったので、シルヴェスターが帰ってきたら知らせるように言っておく。
五時間後、シルヴェスターは仕事から帰ってくる。レントンからの伝言を聞いて、直接部屋へとやってきたようだ。
彼とふたりきりになりたくなかったものの、本物のエリザベスについての話だったので招き入れる。
「君のほうから話があるなんて、珍しいね」
「ええ、気になる話を耳にしたものですから」
エリザベスは噂話だと前置きしてから、メイド達が話していたことをそのまま伝える。
「なるほど。それは初耳だ」
シルヴェスターも知らない情報だったらしい。酒場については、心当たりがあったようだ。
「新しい会員制の酒場といえば、ひとつだけ知っている」
二ヶ月前にオープンした酒場のようで、貴族の男性が入り浸っているという話を聞いていたらしい。
「貴族といっても、歴史が浅い家の者ばかりだ。縁故を繋ぐために、出入りしているようだね」
何か怪しい取り引きの場になっていないか、調査の対象になっていたらしい。
「結果は問題なかったと聞いているが、まあ、品のある酒場でないことは確かだ」
もしかしたら本物のエリザベスが、支援してくれる男性を探すために店にやってきている可能性は否定できないと言う。
「一度、調査に行ってみようかと思っているのですが――」
「君が?」
「わたくしひとりでは、難しいかもしれません。だから、こうして相談したわけです」
「なるほど。調査の相棒に選んでくれるなんて、光栄だな」
酒場に出入りできる会員証はどうにかするという。
次の週末に行こうと、シルヴェスターは提案してくれた。
「変装をしないといけないな」
シルヴェスターは以前披露した、初老の紳士を装った恰好で行くらしい。
「わたくしは、どういった装いがよろしいのかしら?」
「目立たない恰好が好ましいな。イブニングドレスに、帽子を深く被るくらいでいいと思う」
酒場の照明はそこまで明るくないので、気合いを入れた変装でなくてもいいという。
「では、よろしくお願いいたします」
「こちらのほうこそ」
シルヴェスターと共に、酒場へ潜入することとなった。
◇◇◇
あっという間に週末となり、エリザベスは侍女の手を借りて変装する。
地味なイブニングドレスを纏って、念のためカツラを被り、帽子を合わせる。
姿見に映ったエリザベスは、まるで別人のようであった。
身なりを整えてくれた侍女がボソリとぼやく。
「本当ならば、美しく着飾るお手伝いをしたかったのですが」
「仕方がありませんわ。放蕩娘の調査に行くための外出ですもの」
侍女はしょんぼりしつつ、「どうかお気を付けて」と言って見送ってくれた。
シルヴェスターはうさんくさい紳士の姿で現れる。付けひげが妙に似合っていた。
「さあ、行こうか」
「ええ」
本物のエリザベスを捕獲する人員も、連れて行くらしい。酒場の外に待機させておくようだ。
馬車に乗りこみ、目的地を目指す。
夜の王都は昼間とはまた違う姿を見せていた。派手に着飾った男女がねっとりと寄り添って歩く様子は、昼間では絶対に見られない。
はしたない、なんて考えているうちに酒場へ到着する。
シルヴェスターは慣れた様子で馬車を降り、エリザベスへ手を差し伸べる。
エスコートもお手の物といった様子だった。
ここに本物のエリザベスがいるかもしれない。
そう考えると、胸がバクバクと激しく脈打つ。
酒場は地下にあるようで、薄暗い階段を下りる。
出入り口の扉にはボーイがいて、シルヴェスターは会員証を示した。すると、あっさりと中へと誘われる。
内部は五人ほど座れるカウンター席に、十人以上座れるようなボックスシートが置かれている。
そこには大勢の男性と、ピンクブロンドを持つ女性がひとり座っていた。
――エリザベス・オブライエン!!
後ろ姿なので顔は確認できないが、間違いないだろう。
エリザベスが一歩踏み出そうとしたら、シルヴェスターに肩を掴まれる。
彼はぐっと接近し、エリザベスの耳元で囁いた。
「あれは妹ではない」
男達は口々に、「エリザベス嬢」と名を口にしていた。それにエリザベスと同じ髪色を保つ女性は、これまで見た覚えがなかった。
間違いないと思ったのに、シルヴェスターは違うと言う。
「髪はカツラだろう。間違いない」
シルヴェスターはエリザベスの肩を抱き、ピンクブロンドの女性の顔が見える方向へと誘った。
「――ッ!!」
顔を見た途端、声をあげそうになったが寸前で呑み込んだ。
本物のエリザベスだと確信していたのに、正面から見たら別人のようだったのだ。
化粧はけばけばしく、年もエリザベスより五つ以上も上だろう。
そうとは知らず、男達は彼女をエリザベス・オブライエンだと思い込んでいるようだ。
どうしようか。このまま放っておけないだろう。
シルヴェスターを見上げると、こくりと頷く。ここで大人しくしているようにと、目で訴えてきた。
彼はいったい何をするのか。エリザベスはここで見守るしかない。
シルヴェスターは偽物のエリザベスのもとへ接近し、声を張った。
「おやおや、オブライエン公爵令嬢かと聞いてやってきたのですが、別人でしたな!」
大げさな物言いに、男達は何を言っているのかと反発する。一方で、偽物のエリザベスは顔を俯かせていた。
男達がシルヴェスターを取り囲みだしたところで、オーナーらしき男性が走ってやってくる。
お代はいいからと言って、男達を外へ追いやった。
店には偽物のエリザベスとオーナーだけが残った。
「申し訳ありませんでした!!」
オーナーは深々と頭を下げる。
なんでもエリザベスの美貌の噂を利用し、偽物のエリザベスを立てて客引きしていたらしい。
オープンしてからというもの、客入りが悪かったので、始めたものだという。なんとも呆れた話である。
もしもエリザベスの知り合いがやってきたらどうするつもりだったのか?
その問いかけに、オーナーは言い訳する。
「オブライエン公爵令嬢は下級貴族の相手はしないという噂だったので、客層をそこに絞って会員にしていたのです」
今後はこのような商売はしない。だから許してくれとオーナーは訴えたが、シルヴェスターは容赦しなかった。
すぐさま通報し、店には調査が入るという。
事情聴取から解放されたエリザベスは、うんざりしながら馬車へと乗りこむ。
「まさか、わたくし以外に偽物のエリザベス・オブライエンがいたなんて」
エリザベスがぼやくと、シルヴェスターは声をあげて笑う。
「酒場のエリザベスは似ても似つかない仕上がりだったけれどね」
もうこんな事件はこりごりである。深い深いため息をつきつつ、エリザベスはシルヴェスターに忠告する。
「シルヴェスター・オブライエン。あなたも、偽物のエリザベスに騙されないようお気をつけて」
「君にならば、騙されてもいいけれど」
「でしたら、一生遊んでくらせるほどの財産を融通いただけますか?」
「いいけれど、その場合、君は私の妻にならないといけないね」
止めの一言だと思って言ったのに、シルヴェスターから笑顔で返されてしまった。エリザベスが嫌がるとわかっていて、そんなことを提案するのだ。言わなければよかったと心から思う。
シルヴェスターは何枚も上手だったというわけである。




