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「……などと感傷的になりながらもそう悪い気分ではなく生を終えようとしていたはずでしたが、どうしてこうなった」


ベッドの上、目覚めたミズスギは、開口一番に言った。

 

これまであまり世話になることのなかった、守護隊の救護室の一室。

薬の匂いの漂うそこに在るのは、ミズスギだけではなく。

 

仰向けに横たえられたミズスギのベッドの隣に、イス。

そこに彼女が腰かけ、上半身をベッドに伏せていた。

どうやら、眠っているようだ。

 

その彼女に、あまりにも欠けているものがあって。

束の間、その寝顔に見入ったミズスギであったが、はっと我に返ると上半身をがばと起こし、彼女の肩を揺すっていた。


「起きて下さい。どうして、あなた……、」

「……んん、」


揺さぶられ、彼女はすぐに目を覚ました。

ぱちぱち、と瞬いていたが、ミズスギが体を起こしているのを見、その瞳に涙を浮かべる。


「ミズスギ……!」

「――泣かないでくださいよ」


本当に嫌そうに言うので、彼女は別の意味で泣きそうになった。


「お前なぁ! 感動シーンの余韻はどこ行ったんだよ……! お前、わたしを好きって――」

「だから嫌なんでしょうが」

「…………」


ミズスギは近くにあったタオルを手に取ると、彼女の顔に押し付けた。

彼女はミズスギの言葉に大人しくそれを受け取り、そっと目元を拭う。

そこは既に赤く腫れていて、涙が滲みた。


「……一体これはどういうことですか」


目覚めたばかりでありながら、ミズスギは険しい表情で、詰問する。


「あれだけの<穢れ>を受けて、いくら私でもこんなにピンピンしているのはおかしい。それより何より、あなたのその状態は、どういうことです! 神性が全く感じられない――」

「……答えなくても、お前なら分かるだろう?」


ミズスギは、相手が逃げ出したくても逃げ出せず失禁して腰を抜かしてしまいそうな、凶悪な形相となって、呪いを吐くかのように口にした。


「あの<穢れ>を浄化して、神性を失ったのですね」

「そうだよ」

「何故そんな平気な顔をしていられるのです。あなたはカミではなくなったのですよ。一歩間違えれば消滅していたかもしれない……!」

「それはお前に言われたくない。お前だって死ぬところだったんだぞ!」

「今は私のことはどうでもいい! あなたの話をしている!」

「どうでもよくないからカミさまやめたんだろうが! 気付けよ、いい加減!」


怒鳴り合った二人は、荒く息を吐いた。


「……どういう意味です」

「他のことは聡いくせに、なんでこんなに鈍いんだよ、朴念仁……」


彼女は膝の上でぎゅっとタオルを握る。


「……お前のことが好きなんだよ。わたしだって、ずっとずっと好きだったんだよ。だから、」


「――同情ですか、それは」

「同情?」

「あなたの目には、さぞかし私は憐れに映ることでしょう。生まれてすぐに他の界に流され、叶わぬ想いを抱き、堕ちたカミに殺される。だから助けたんですか、だから……」

「……っ、こんの、×××××!!」


元カミにあらざる暴言を吐いて立ち上がった彼女は、自身が治療した男の頬を思いっきり殴りつけた。

さすがのミズスギも茫然として、肩で息をする彼女を見やる。

彼女は手の痛みを感じながら、苦々しく呟いた。


「カミさまの時は、こんなこともできなかったんだよな……」

「……というかあなた、柄悪くなりすぎじゃないですか。自分が治療した怪我人を罵って殴るって」

「全部お前のせいだろうが! 被害者面して!」

「はあまあ、今まさに殴られたばかりの被害者ですが何か」

「わたしは心を抉られたんだけど! ああ、もう……なんでこんな怒鳴り合ってるんだよ、わたしたち」


彼女は一気に疲れて、もう一度イスに腰を落とす。

少し冷静になって、小さく問いかけた。


「……わたしはお前の気持ちを確かに受け取ったよ。お前はわたしの気持ちを信じられない?」

「……正直なところ。だってあなた、博愛主義のカミさまだったじゃないですか。この界の皆に愛情を振りまいていたでしょう」


持って生まれたカミの性質を、彼女がこれまでで最も恨みに思った瞬間だった。

くそう、と思いながらも、彼女は心を落ち着けつつ、続ける。


「……わたしが他の界に渡ってたの、あれ、カミさまをやめるためだった、って言ったら?」


ミズスギはその言葉に、目を見開く。


「アヤカシであるお前といっしょになろうと思ったら、カミの力は邪魔でしかない。だから、他の界の<穢れ>に神性をぶつけて、少しずつでも力を失っていければって思ってた。……いつもお前の横やりが入って、遅々として進まなかったけどさ」


――共に同じことを考えていたというのか。

ミズスギは信じられない思いで、その告白を聞く。


「それで、お前と結ばれることが許される自分になったら、お前を手に入れてやるって、ずっと思ってたよ。名前を、受け取ってもらおうって。呼んでもらおうって、想ってた」

「名前を?」

「うん」


ミズスギは、常は鋭く光る瞳を、揺らす。

カミである彼女がその名を明かすのは、伴侶にのみ。

今はカミではない彼女にとっても、名を呼ばれることは、きっと本当に特別な相手にしか許さないことだ。


「本気ですか」

「うん、さっきからそう言ってる」


そこで不安になったのか、彼女は上目遣いにミズスギを窺ってきた。


「よ、呼んでくれるよな……? カミさまじゃないわたしは嫌だとか言わないよな……?」

「……あざとい……」

「え、駄目?」


彼の呟きの意味をよく分かっていない彼女はうろたえ、ミズスギは溜め息を吐いた。


「――教えてください。嘘の名前言ったら監禁してとことんしつけて私のことしか考えられないようにしてやりますからそのおつもりで」

「さらっと鬼畜発言した!」


――わ、わたし、こいつのこと好きになって良かったのかな……。

彼女は青ざめたが、やがて覚悟を決める。


「嘘なんか言わない。監禁は止めろよ、お前守護隊隊士だしばれたらやばいだろ」

「そこは私幹部ですし、歯向かって来るモノには実力行使もできるので、お気遣いなく」

「職権乱用! 暴力反対!」

「まあ、あなたがちゃんと吐けばあまあまらぶらぶ恋人ハッピータイムですから」

「真顔で言ってのけた……」


引きながらも、顔を赤らめた元『カミさま』である。

ごほん、と咳払いをすると、彼女は改めてミズスギに向き合った。


「……ち、ちなみに名前が本当かどうかの判別方法だけど、」

「焦らしプレイですか。あたなもなかなかのSですね」

「その感心いらない! わたしはSでもMでもない!」

「え」

「何その驚き顔! お前の中のわたしはどうなってんだ!」


突っ込んで、もう一度彼女は呼吸を落ち着けた。


「……とにかく、お前、一度呼べ。そうしたら分かるから」

「……分かりました」


ミズスギとしても、動揺していたのである。

神妙な顔つきになって、彼は待った。

彼女の躊躇いは、ほんのわずかで。




「――シラユウ」




囁くような声で、彼女は――シラユウは、その音を口にした。


「シラユウ、って、呼んで……く、ください」


丁寧な口調になって俯いてしまったシラユウだったが、ミズスギもさすがに茶化さない。


「…………………シラユウ、さん」

「さん、は、いらない、です。……呼び捨てにして、ほしい。……です」


「――シラユウ」

「ミズスギ……」 


低い美声が、シラユウをまるで抱きしめるように呼んだ。

何千年分もの、想いを込めて。


その想いは、耳からだけでなく、心に直接流れてくるようだった。

それは、真名を許しあった者同士に起こること。

二人にだけ許された、繋がりだった。


――こんなにも、あつくて、苦しい――

こんな想いを、お前はずっと、抱えてきてたの。


ああ、とシラユウはまた涙を零してしまう。

想いが溢れて、止まらなかった。

この胸に満ちるものは、ミズスギにも、伝わっているはずで。


伝わり合い、通じ合う想いに、呼吸さえ止まりそうだった。


「顔、上げてくださいませんか」

「む、無理無理っ」

「シラユウ」


呼ばれて、シラユウは逆らえなくなった。

ミズスギの手が、シラユウの顎をとらえて上向かせる。

きっと、情けない顔をしているのに。

彼の想いが冷めないように願いながらも目を逸らせず、シラユウはミズスギを見つめた。


「――本当ですね。こんなにも……」


熱っぽい眼差しを注がれ、シラユウは逃げたくなったが、ミズスギは逃してくれない。


「……疑ってしまって、すみませんでした」

「う、え、ううん、信じてもらえたなら……いい」


素直な謝罪の言葉が聞けるとは思わず、シラユウは視線を彷徨わせた。


「あの、ミズスギ、分かってくれたなら、ちょっと、離して……」

「何でですか」

「なんでって……、なんか、照れるし……」

「これくらいで照れてどうします。これからあまあまらぶらぶ恋人ハッピータイムですよ」

「えっそれ今からほんとにやるの?」

「嫌なんですか」

「い、い、嫌じゃないけど……困る。も、もうちょっと段階を踏んでゆっくりさ」

「だが断る!」

「ドS!」


また泣きの入って来たシラユウに、ミズスギは今まで絶対に見せなかった甘やかな眼差しを向けた。


「――シラユウ、あなたを、愛していますよ」

「う――、わたしも、あいしてるよ、ミズスギ……」


瞳を潤ませながら、シラユウは健気にも、返す。


「……触れても、いいですか」

「え、……え、」


ミズスギの指が、シラユウの唇をなぞった。


「ま、ミズスギ……!」

「――ずっと、そうやって呼んでください」


ほとんど唇同士が触れ合う距離で、ミズスギは囁いた。

シラユウを溶かしそうなほどの熱情を、もって。


「シラユウ」


――ずるいよ。

ミズスギ、そんな風にばっかり、呼んで。


「私もずっと、呼び続けますから」


あなたを。

あなただけを。


求め続けた相手を手に入れた、その口付けは、少しの切なさを含んで、さらに甘く、甘く――。

二人は、互いの名を、呼び続けた。











界の空に、白が舞う。

その隣には、黒が寄り添う。


「あ、ミズスギさまたちご夫婦だよ!」

「今日も仲良く散歩しながら喧嘩してるなぁ」

「毎日毎日、飽きないよね」

「お、奥方さまの蹴り!」

「を、見事にブロックしたな、ミズスギさま――って」

「あ」


重なる白黒の影に、いつものことだがお熱いと、視線を逸らし、顔を見合わせて笑うモノたちの姿。


シラユウとミズスギのつくりあげた絆が、確かにそこに、あった――。








おわり




最後まで読んでいただきありがとうございました!




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