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傷を負った狂禍獣

「壮覇(そうは)、お前にとって無土(むど)はどんな男だった?」

「どことなく得体の知れない奴だったよ。何を考えているのか分からない雰囲気を醸し出している感じのね」


 世界を滅亡に導く者の心理など普通の人間には想像できないのかもしれない。凛音(りんね)は率直にそう思った。


 地上から激しい猛獣の雄叫びが轟いたのは、ちょうどそのときだ。


「――!?」

 二人はすぐさま下を見た。すると、森林を次々となぎ倒しながら猛進する一匹の狂禍獣(きょうかじゅう)の姿があった。その頭部に武器を突き刺した一人の巨漢で屈強な男がしがみ付いているのが見て取れた。


(あの狂禍獣、相当怒り狂ってるな。どうにかしておとなしくさせなければ――)


 何が原因なのかは未だに不明なのだが、意思ある神器――万物の王の証が狂い始めた頃から大陸のあちらこちらに出没し始めた狂禍獣と呼ばれる凶悪な化け物。仮説では蔓延した疫病によって、生き物が突然変異したと考えられているが、疑念を抱かなくもない。


 凛音(りんね)にはただ退治するのは間違っているという思いがあった。


「あの男を助ける! わたしを今すぐ下に降ろせ!」

 天狼の少女は大声で叫んだ。


「そう言うと思ったよ。サイハ、すぐに降下するんだ!」

 名前を呼ばれた巨鳥の使い魔は主人の命令に忠実に従い、素早く地上に舞い降りて行った。


☆☆☆


 紅鸞から飛び降りた凛音(りんね)と壮覇(そうは)は急いで狂禍獣の元に走った。


 毛並みは黒く、鋭い爪を生やした六本足を持つ獰猛な怪物。一際目を引くのは先端の尖った強靭そうな赤い尻尾だ。


 狂禍獣は激しく荒ぶっていた。あまりの憤激で理性を失っているようにも見えた。


 凛音(りんね)と途中で足を止めると、壮覇(そうは)に振り向いた。


「お前、咒法であの狂禍獣は気絶させることはできるか?」

「まぁ、それくらい造作もないけど、わざわざ気絶させなくても――」

「じゃあ、頼んだ!」

 それだけ言い残すと、凛音(りんね)の姿はその場からかき消えた。


 先ほどの戦装束(いくさしょうぞく)姿の男は狂禍獣の片目を貫いた武器を力一杯引き抜いたところだった。


 男が持っていたのは真っすぐに伸びる刃が細くてとても長い刀剣だ。


 次の瞬間、苦悶に歪む狂禍獣の呻き声が聞こえてきた。致命傷には至らないが、相当苦しいのが分かった。


「ケッ、次こそ虚空閃(こくうせん)の餌食にしてやるぜ! 化け物!」

 この男も壮覇(そうは)と同じ年ぐらいだった。次いで、得物を構え直した男の目の前に凛音(りんね)が現れた。


「何だ、お前?」

「なぁ、少し待ってくれないか?」

 凛音(りんね)の口から意外な言葉が出た。


「待つだと!? 女、何を言ってやがる! 今が仕留める絶好の好機だろ!」

「この狂禍獣はもう十分苦しんだ。すぐにわたしの仲間がこいつを気絶させる。殺すのはその後にしてくれ!」

「あのなぁ、こいつは何人もの人間を食い殺してきたんだ! 苦しんで当然なんだよ!」


 男の言い分は間違っていない。人間からすれば、これは仇討ちに他ならないのだ。そうこうしているうちに狂禍獣が少しずつ態勢を立て直してきていた。


「ほら見ろ、またこいつは人間を食うぞ! その前に首を斬り落としてやる!」

 どこかで修練を極めたのか、不意に男は忽然と姿を消した。次に現れたのは狂禍獣の頭部の上方だった。虚空閃を上段に構えている。それを思いっきり振り下ろそうとした瞬間、凛音(りんね)が立ち塞がった。


「馬鹿か――!?」

 虚空閃の刃は凛音(りんね)の肩口を斬り裂いた。鮮血が飛び散ったが、刀はそこでどうにか止まった。

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