天狼狩り
上天という名の大陸がある。
緑多きこの大陸を統べる神国東瀛には、新たな統治者を選ぶための万物の王の証と呼ばれる神器が存在する。
万物の王の証は物でありながら意思を持ち、大陸全土に安寧をもたらすとともにこの世界を平和に導く仁君を選んできた。ところが、ある者によって神器の意思が捻じ曲げられた。
その男の名前は赤蠅無土。上天大陸を支配する神国東瀛に仕えるまだ若い幻妖師だ。
幻妖師とは鬼道を自由自在に操り、森羅万象を司る者のことだ。両腕に嵌めた特別な腕輪を媒体とし、印を結んで様々な咒法を練り出す。
無土の咒法で操られた万物の王の証は、次の神帝に側室である翠恋姫の凡愚の子供――翔皇輝炎を選んだ。その上、この大陸にも異変を生じさせた。
この世を滅ぼす思念に支配された万物の王の証は、大陸全土を幾つもの巨大災害による天変地異に陥れたのだ。
所々で地割れが起き、山は大噴火し、沿岸は大津波に襲われた。その上、夥しい数の腐敗した死体を発生源とした疫病が蔓延した。さらに狂禍獣という巨大で凶暴な化け物まで出現した。
今や世界は滅亡への一途を辿っていた。
生き延びた人々は切実な思いで天に祈りを捧げた。大陸中に広まっている伝承を信じていたからだ。
天が割れ、地が裂けしとき、彼方より太古の神獣の化身が現れ、これを救わんとする。
すると、どこからともなく一人の少女が現れた。
少女の名前は天喰凛音。神獣の一種で、天狼と呼ばれる狼の化身だ。
天狼はとても長寿で、中には千年生きるものさえいる。さらに千年生きた天狼は人の言葉を話し、人の姿に化けると言う伝承があった。
少女の目的はただ一つ。上天大陸のどこかに眠るはずの異常を来した万物の王の証を見つけ出し、破壊することだ。
それによって無土の野望は無に帰すが、滅びの道から逃れるとは限らない。
大陸の均衡は既に崩れ始めている。全ての生き物が死滅し、大陸が海に沈むことになったとしても、何千年という時を超えて、荒廃した大陸は再生を果たすことだろう。それこそがこの世界を救うための唯一の方法だと思われた。
少女の苦難の旅路は今始まったばかりだ。
神帝の輝炎は国が滅びようとしている最中にあっても、素知らぬ顔で酒池肉林三昧の日々を謳歌していた。それでも、懐刀と言うべき無土の言葉によるものか、この天狼の少女のことに関しては躍起になっていた。
密告もしくは捕縛した者には破格の報奨金を出す御触書を出したのだ。
それに飛びついたのが四天王の一人に抜擢された宇郷鬼岩だった。
鬼岩は今、私兵だけを引き連れ、ある小さな村にいた。




