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祝福されない結婚

ある日、イレーヌのもとに一通の手紙が届いた。


 ──差出人:ミランダ=フローディア


 あの式の日以来、初めてミランダ本人からの連絡だった。

 手紙は、短く、冷淡だった。


「話がしたい。貴女の“拒絶”の意味を、正式に聞き取らせていただきます」

明日正午、フローディア公爵邸にて。


(“聞き取らせていただきます”?)


 その表現は、私的な話し合いではなく、“事情聴取”のようだった。


 だが、逃げる理由はなかった。

 イレーヌは、その日、決して白装束ではなく、

 自分の普段着――淡い灰緑のローブを選んで邸へ向かった。



 フローディア邸の応接室。

 ミランダは、相変わらず完璧に整えられた髪と装飾を纏い、冷たく微笑んだ。


「……その格好は“巫女”ではないという意思表明かしら?」


「今日は、“私”として伺っています。

 式の祝福を拒んだのも、“私”の意志です」


「まさか、自分の気分で祈るか祈らないかを決めていたと?」


 その言葉には、揺るぎない非難の色があった。


「“巫女の祈り”は私たちの家の信用と連動している。

 あなたの拒絶は、我が家にとって“国家的な損失”なのよ」


 イレーヌは静かに首を振った。


「……ではお訊きします。あの結婚式は、“祝福”されるべき未来を、本当に目指していたのですか?」


「……!」


 一瞬、ミランダの目が揺れた。

 けれどすぐに、瞳は氷のように戻る。


「私たちは“互いに必要な家柄”だった。

 愛などなくても成立するのが結婚でしょう」


「なら、祈りはいらなかったはずです。

 形式としての“婚姻”と、信仰としての“祝福”は、本質が違います」


「……貴女の言う“本質”など、私には不要」


 ミランダの声は平坦だった。


「私は、“祝福されない結婚”でも構わない。

 ただ、貴女がそれを“公衆の面前で明らかにした”ことが問題なのです。……貴女の意志が、他人の未来を損ねることもあると、肝に銘じておきなさい」


 その言葉には、警告と諦め、そしてどこかで自嘲のような色も混じっていた。


「あなたは、祝福しなかったのではない。

 “見抜いてしまった”のよ。あの式が、からっぽだったことを」


 イレーヌは、静かに頷いた。


「それでも、私は祈れなかったことを後悔していません。

 ──私の祈りが、“誰のものでもなくなる”ことの方が、ずっと怖かったから」


「……誇り高いことね。そういう女を、私は一番嫌い」


「でも、そういう女を、あなたは一番求めていた」


 しばし沈黙。

 ミランダの唇が、わずかに震えた。


「……出ていって。もう話すことはない」


 イレーヌは頭を下げた。

 深く、丁寧に。まるで式のあとにする祈りの終わりの礼のように。



 邸を出ると、ナジルが待っていた。


「どうだった?」


「……正直、疲れたわ。でも、彼女の“本心”を見た気がする。誰よりも祝福を求めていたのは、彼女自身だったのかもしれない」


 ナジルはイレーヌの肩をそっと抱いた。


「それでも祈れなかった君の選択は、間違ってないよ。

 祝福って、無理やり押しつけるものじゃないから」


「……ありがとう。

 でもね、ナジル。私、もう一度“あのふたり”に会いたいと思ってるの」


「ミランダとアーシェルに?」


「ええ。祈りを拒まれた式の、その先を見届けたいの。……祝福されなかった結婚が、どうなっていくのか」


 それは、ただの興味ではなかった。

 祈りとは何か、信仰とは何か、自分の選択の意味を確かめるための旅。


 ──その答えは、誰の中にもまだない。

 けれど、彼女はもう、見えない未来を恐れなくなっていた。

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