第54話 音痴降臨
気づいた時にはいつの間にか陽毬の歌も終わっており、彩葉が綺麗な透き通る声でマイクを片手に歌唱していた。
曲は今流行りのアイドルグループの曲だろう。
よく妹がテレビを点けている時に耳に入ってくる記憶がある。
やはり有名なのか友里や陽毬は合いの手を入れているし、風間や海斗も少し口ずさんでいる。
荒井に至っては多分あまり曲を知らないのか普段と変わらない様子で耳を傾けている。
そんな心地よい時間を過ごしていたが彩葉の歌も終わってしまい、次に俺の番がやってきた。
「はい、湊」
そう言って彩葉にマイクを手渡された。
人の前で歌うという経験が少ないから少し緊張している。
それからすぐに俺が入れた曲の前奏が流れ出す。
俺はマイクのスイッチをオンにして口元に近づける。
そして歌詞の部分に合わせて歌い出す。
やはりこの曲は皆知っていたのか手拍子や口ずさんだりしてくれたので俺も気づいたら緊張が解けた状態で気持ちよく歌う事ができた。
こうして長いようで短い時間が過ぎて、俺の歌が終了した。
「え、めっちゃ上手いじゃん湊!」
「そうか?」
あまり自分では上手いか下手か分からなかったので、曲が終わると同時に彩葉に褒められ少し気分が良くなった。
「ほら、点数も高いし!」
そう言って彩葉がテレビの画面を指さすとそこには98点と書かれた画面が表示されていた。
「マジで上手すぎっしょ、湊」
「ホントホント、超ビビったんだけど!」
彩葉に続く形で友里や陽毬にも褒められて悪い気はしない。
俺は少し照れ臭くなりそれを隠すようにマイクを隣の風間に渡す。
「ほいよ」
「ありがと、湊」
風間はニコリと微笑んでからマイクを受け取って曲を歌い始める。
それから約3分の歌唱が終わり、次の海斗も比較的上手い曲を披露してくれた。
そして遂に荒井の番がやってきた。
後から俺たちは後悔する事になる。
この時荒井にマイクを持たせるべきではなかった、と。
荒井はマイクのスイッチをオンにして歌詞の部分を待つ。
荒井が入れた曲は俺や女子3人は知らなかったが海斗や風間は知っていたようで2人ともノリノリで手を叩いている。
結構熱血系の曲で前奏だけで判断するなら嫌いではない。
そんな短い前奏の時間も終わり歌唱の部分に突入したが、俺たちは耳を疑った。
まさにそれは轟音と表現するべきもので、とても歌とは呼べない代物であった。
つまりそれほどまでに荒井の歌は壊滅的だったのだ。
なんという不快感なのだろうか。
この場にいる荒井以外の全員が一瞬で耳を塞いでこの時間を耐えようと踏ん張っている。
先程までノリノリで手を叩いていた海斗や風間まで青ざめた表情へと変化して耳を塞いでいる。
時すでに遅し。
俺は徐々に意識が薄れていくのを感じながらそう思ったのだった。
「起きて、湊。起きてってば!」
「ん……」
俺は彩葉の声によって目を覚ました。
何分くらい寝ていたのだろうかと思い、スマホで時間を確認するとあれから2時間経っておりもう部屋退出の予定時刻だ。
「ひでぇな、星宮。人が気持ちよく歌っている時に呑気に寝やがってよ」
そう言葉にする荒井に向かって誰のせいだ、と言いたい気持ちになったが、その気持ちを抑え込んで「……悪かった」とだけ返す。
他の皆もぐったりした様子で俺に憐れみの視線を送っている。
「別にいいけどよ、お前以外だって俺の歌ってる最中に寝る奴ばっかだったし」
荒井の視線の先には即座に目を逸らした海斗と風間がいた。
あの2人も俺の少し前まで気絶していたのだろう。
そこで彩葉にくいっと制服を引っ張られて、耳元に口を寄せられる。
「……あたし達は頑張って気絶しないように耐えたんだよ」
何やら気絶して逃げた俺らに対して不満があるようで少し頬を膨らませている。
それに対して俺は少し申し訳なくなり、彩葉の近くに口を寄せて小声で応えた。
「わりぃ、今度何か奢らせろ」
それだけ言ってすぐに皆の方に向き直るが彩葉は何故か頬を赤く染めてコクッと頷いた。
それから男子は女子3人に金を渡して会計だけ頼んでから先にカラオケの外に出た。
「んー、沢山歌うとやっぱ気持ちぃな」
そう言って背筋を大きく伸ばす荒井だったが、荒井の被害を受けた俺たち男子3人はげっそりした表情で睨み返す。
まぁ荒井はそんな視線に全く気づいてないようだが。
というか荒井も沢山歌ったんだな。
まぁ荒井だけ歌の順番飛ばすと流石に怪しまれるとは言え、あの壊滅的な歌を何回も聞かされた女子3人の辛さは窺い知れない。
しばらくして3人娘が姿を現すとこの後夕飯行こうという話に纏まって適当なファミレスに行く事になり、そこで1時間くらい駄弁ってから今日は解散の流れとなったのだった。




