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11.龍虎の衝突

 王城の広大な敷地内には、五つの宮殿がある。


 全ての宮に、白色の花が植えられている。それぞれ別の植物が植えられており、各々適した季節に花を咲かせる。


 始祖王は宮殿に一人ずつ妃を住まわせた。そして、花が見頃を迎えると、始祖王はその宮の妃を訪ねたと言う。


 だから現在も、五つの宮殿は花の名で呼ばれている。


 この度の晩餐会は、王妃が多くの時間を過ごしているとされる、薔薇宮で行われる。


 五月に見頃を迎えた白薔薇が、晩餐会に呼ばれた若者達を歓迎する。


 ルエナはピンクのドレスを身に纏い、白薔薇の宮殿に入った。


 応接室では十五歳から二十五歳の男女が、会が始まるのを待っていた。


 ルエナが現れると、すぐに人だかりができた。


 舞踏会と違って、アヴィスの妨害を受けずに話をする事が出来る。このチャンスを逃すまいと考える者は少なくない。


 そうでなくとも、ルエナは稀有な存在だ。この機会にお近づきになっておきたいと考えるものだ。


(思ったよりも好意的ね。)


 ルエナは王妃の晩餐会以外の招待を断っている。厭悪する者がいてもおかしくないが、表立ってそれらしい態度を取る人はいない。


「ルエナ・ヒエム嬢、ごきげんよう。」


 彼女の一声で、部屋の中が静まり返った。


 ルエナを囲っていた人垣が割れて、彼女との間に道が作られた。互いの顔がよく見えるようになる。


「スキエンティ公爵令嬢、お目にかかれて光栄です。」

「ええ、まさかこの場でお会いするとは思いませんでしたわ。だって、……ねえ?」


 フィール・フーパと取り巻きの令嬢達がくすくすと意味ありげに笑う。


 ルエナの噂を知る他の令息、令嬢達も気まずそうに苦笑いをしている。


「本日、ウェントス()は家におります。招待を受けたのはわたくしだけですので。」


 ルエナの物怖じしない態度が気に食わないのか、フィールは開いた扇の向こうで刺すような鋭い瞳をギロリとルエナに向けた。


「あら、あの噂、ご存じでしたの?」

「はい。ですが、身の潔白を主張するつもりはありません。父を亡くした悲しみを兄に慰めて貰ったのは本当の事ですし、信じて頂くだけの証拠はございませんから。」

「まあ! お認めになると言うの?」

「いいえ。スキエンティ公爵令嬢にはご理解いただけるはずです。」


 思わぬ展開に、フィールがぱちくりと瞬きした。


「わたくしが理解を?」


 ルエナは、フィールの問いかけに一つ頷き、そして言い放った。


「ケミア子爵の事です。」


 フィールの顔が見る見る青くなる。


「僭越ながら申し上げますが、スキエンティ公爵令嬢とケミア子爵は深い関係にあると噂されていたと聞きます。その時、わたくしと同じようにおっしゃったそうではありませんか。愛する姉上を亡くし、失意に暮れた。その傷を癒してくれたのがケミア子爵だった、と。」


 途端、周囲がざわめき立つ。


「そういえば、お二人の逢瀬を見かけた、と聞いた事があります。」

「私は、フィール・フーパ嬢がケミア子爵の元に通われている、と。」


「そもそもケミア子爵はカルチェ・フーパ嬢の幼馴染で、フィール様は彼を奪ったのではないかと……。」


「姉君の事が無ければ、スキエンティ公爵令嬢はケミア子爵と婚姻を結ばれるおつもりだったのでしょうし、通じていても不思議ではありませんわ。」

「それを無かった事には出来ないでしょう?」


 フィールの場合、より具体的な話も広まっていた。ルエナは真実を知らぬが、二人の関係を憶測するに足る言動があったのは確かなようだ。


 婚前に関係を持つ者は少ないが、いない訳では無い。当初の予定通り、フィールとケミア子爵クライシス・スコラが結婚するのであれば問題は無かった。


 だが、王太子の婚約者であったカルチェ・フーパが亡くなり、状況が一転した。


 フィールは王太子妃の座を求め、クライシスとの関係性を誤魔化した。


(ケミア子爵がわたしに結婚申込をしたのは、フィール嬢の指示かしら?)


 パシン────。


 巷談の盛り上がりが絶頂に達した時、フィールの扇が閉じられた。


「ええ、確かに。わたくし達は境遇が似ているようです。ルエナ・ヒエム嬢、大切な人を亡くした者同士、分かり合える事も多いでしょう。仲良くしましょう?」


 フィールがルエナに微笑んだ。ただ、その口角は引きつっており、本音を隠しきれていない。


 対するルエナは、何百回、何千回と練習した完璧な笑顔で首を垂れた。


「どうぞよろしくお願い申し上げます。」


 アクイラが噂の根源を突き止めてくれた。

 だから、予測が出来た。


 メル王女がフィール本人から聞いた恋愛話を教えてくれた。

 だから、勝ち筋が見えた。


 準備が出来たのはここまで。ここから先はアドリブだ。


 本当の戦いはこれから始まる。

ルエナ・ヒエム(19歳)

 メイフォンス侯アヴィス・ヒエムの妹。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:10.机上の情報戦


アヴィス・ヒエム(25歳)

 メイフォンス侯爵。ルエナの兄。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:10.机上の情報戦


ウェントス・ヒエム(19歳)

 メイフォンス侯アヴィス・ヒエムの弟。ルエナの双子の兄。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:10.机上の情報戦


メル・クリス・ヴィリディステラ(16歳)

 ヴィリディステラ王国第一王女。ソリスの妹。

 初登場  :6.壁の美しき花

 前回登場話:10.机上の情報戦


カルチェ・フーパ(享年17歳)

 スキエンティ公爵の長女。王太子の元婚約者。

 初登場  :2.王家の使者

 前回登場話:6.壁の美しき花


フィール・フーパ(16歳)

 スキエンティ公爵令嬢。カルチェの妹。

 初登場  :6.壁の美しき花

 前回登場話:10.机上の情報戦


クライシス・スコラ(27歳)

 マーキナーリス伯爵令息。ケミア子爵。

 初登場  :10.机上の情報戦

 前回登場話:10.机上の情報戦


アクイラ(22歳)

 ヒエム家の侍女。子爵家の出で、行儀見習い中。

 初登場  :4.舞踏の授業

 前回登場話:10.机上の情報戦

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