34 ファーマル防衛線6 シルビドの冒険者夫婦が残したかったもの
「ジャッジブリンガー! ……くそ、ダメか!」
「ほりゃあーー! って、かったーい!」
ファーマルの街を襲ってきたオークの軍勢、リューネのドラゴンブレスで半分を消し去り、残りをSランクパーティー『月下の宴』が中心となり撃破。
リューネはそれだけでは満足出来なかったらしく、そのまま森の中に突撃していった。
森の中からすごい打撃音とオークたちの断末魔が聞こえてきて不気味だが、これで森から無限に湧いてくるオークに終止符は打てた。
残るは高さ十メートルを超える巨体の持ち主、オークエンペラーのみ。
オークやオークキング相手に今まで無双を誇ったSランクパーティー『月下の宴』だが、リーダーであるロイドさんと、実は筋肉すっごい鉄球女子、メイメイさんが仕掛けるも弾かれてしまう。
少し暴走気味に突撃をしていったルウロウさんの剣も通らない状況、こんなやつ、一体どうやって倒せばいいのか。
しかも、三体。
「騎士と冒険者の皆さんは退避! ここは『月下の宴』のメンバーで対処します!」
ロイドさんが俺たちの後ろに控えていたリーブル王子直属部隊三百名と、冒険者の方々に指示をする。
「わ、分かりました……! だが我らもリーブル様のご期待に応えねばなりません、ご助力出来るときは、遠慮なくお呼びください! それまではロイド様の指示通り、退避!」
「頼むぜ『月下の宴』! 俺たちじゃあ力不足だ……!」
騎士と冒険者のみんなが街の防壁付近まで急いで退避。
正直、彼等を守りながら戦える相手ではない。
しかし、どうすれば……
「くそっ……! なぜだ、なぜ剣が通じない! シルビドの住人と、両親と、恩人の仇であるお前等を倒すべく、我らがどれほどの辛い鍛錬を積んだと……! これでもまだ足りないと言うのか……それともこれが私の、凡人の限界なのか……!」
「ルウロウ! 下がるんだ! メイメイ! 防御!」
ルウロウさんと弟の騎士さんがオークエンペラーに攻撃を仕掛けるも、分厚い鎧に弾かれるのみ。
そのオークエンペラーが二メートルは超える巨大な斧を構え、足元のルウロウさんたちに振りかぶる。
「せいっ……!」
「っ、うっはーーー! 二人がかりでやっと振り下ろし先をずらせる程度ー! これ、やっばーい!」
ロイドさんがオークエンペラーの振り下ろされた巨大な斧に横から大剣の斬撃、さらにメイメイさんが同じ方向に鉄球の重い一撃を加え、力を横にずらし攻撃を回避。
Sランクパーティー『月下の宴』のメンバーでも、オークエンペラーの一回の攻撃を回避するのに、二人がかりでタイミングを合わせないといけないのか。
後ろにいた、残り二体のオークエンペラーが同じように巨大な斧を振りかぶる。
そう、一体だけでもキツイのに、同じ強さのオークエンペラーが三体いて、同時に相手にしなければならない。
「ウインディアブレード! ぐぅ……!」
「黒猫ニョーン! だめ、全然効かない! 私の黒猫魔法が目くらまし程度の攻撃にしかならないとか……!」
「……ルウロウ、一旦、逃げて。このままじゃ……全滅する……」
ルナが風の魔法を纏わせた斬撃を放つが効果なし。
魔法使いであるヴィアンさんは黒猫ブレスをオークエンペラーの顔めがけ放つが、斧で魔法を弾かれる。
すぐに狐耳パーカーの女性、アイリーンさんも爆発の魔宝石を顔めがけ投げ、ロイドさんたちの逃げる時間を作る。
「うるさい……! こんな命など、惜しくはない……! 彼等が助けてくれなければ、我らは十年前、とうに死んでいた! ……くそっ……悔しい……情けない……! 命をかけてくれた、彼等の想いすら守れない……!」
オークエンペラーの顔付近の煙が消え、巨大な斧を振りかぶる。
「ルウロウ……避けて!」
「……さようならお姉様……でもせめて腕の……指の一本だけでも斬ってみせます! 行くぞルウディー! 我ら姉弟に最後の力をお貸し下さい……フォスター殿、メイドーラ殿……!」
「やろうロウ姉……! 最後ぐらいは格好良く決めようぜ!」
ルナが叫び避けるように伝えるが、ルウロウさんと弟さんは避けることなく剣を構え、振り下ろされたオークエンペラーの斧の手元に向かい突撃をしていく。
フォスター殿にメイドーラ殿……?
──俺は十六年前、シルビドという街で生を受けた。
父は剣を得意とし、母は魔法を得意とする冒険者だった。
父は子供をどう扱っていいのか分からず、おっかなびっくりしながら俺の頭を力強く撫でてしまい、俺が痛くて泣くと母がすぐに抱いてくれ、優しい笑顔を見せてくれる。
とても仲の良い二人で、いつも笑顔が絶えない、とても暖かく、心地の良い家庭だった。
父に剣を習い、母に魔法を教わったが、子供のころから俺には何の才能もなく、少し残念そうな二人の顔を、今でも覚えている。
俺が六歳になった年、ものすごい数のオークの軍勢に街が襲われ、まともな騎士や冒険者もいなかったシルビドの街はすぐに崩壊。
ファーマルのように防壁も無かった為、簡単に街中に巨大なオークの侵入を許してしまい、もう逃げるしかないような状況だった。
緊急避難用の馬車が数台用意されたが、全員が乗れるわけもなく、子供が優先となった。
大人たちは慣れない武器を持ち、子供たちが乗った馬車が逃げる時間を稼ごうとするが、オークの巨大な斧の一振りで数人が吹き飛んでいく。
冒険者だった父と母がなんとかオークの攻撃を防ぎ、俺を馬車に乗せるが、今まで見たこともない大きさのオークに見つかってしまう。
二人は馬車を蹴り、優しい微笑みで俺を見た後、転んでうずくまっていた女の子と男の子を助けようと、その見上げる高さのオークに立ち向かっていった。
今でも忘れない、一日たりとも忘れたことなんてない。
俺も戦えれば……才能があれば……と子供ながらにそう思い、悔し涙を流した。
──それが俺が見た、父と母の最後の姿。
父は『フォスター=ソイル』、母は『メイドーラ=ソイル』、それが俺がこの世で一番尊敬している、二人の名前。
……そうか、あの時、転んでいた子供がルウロウさんと弟さんだったのか。
「……くそ……! 指の一本すら斬れないとは……申し訳ございませんフォスター殿、メイドーラ殿……お二人はオークエンペラー相手に腕の一本を落としたというのに……我らでは力不足でした。これではお二人のご子息に会わせる顔もない。私ではなく、お二人が助かるべきだったのだ……」
「柱魔法、アルズシルト……!」
オークエンペラーの巨大な斧の攻撃を、柱魔法で受け止める。
斧が弾かれ、オークエンペラーが距離を取る。
俺の柱魔法はあの神武七龍の一人、ドラゴンであるリューネの攻撃すら防ぐんだぞ。オークエンペラーの斧ごとき、弾けないわけがない。
見ていてくれ、父さん、母さん。
今の俺には、この柱魔法がある。
あなたたちの想いを継ぎ、必ず守って見せます。
「……二人がルウロウさんとルウディーさんを助けたのは、生きて欲しかったからです。決して、自分の代わりに子供を守って命を落とせなんて、思っていない。生きて、未来を繋いで欲しかった。生きて、笑顔で、幸せな未来を掴んで欲しかった。それなのに、自分たちの息子を守って命を落としたなんて聞いたら、二人が悲しみます」
「……貴様に何が分かる……! 私たちはファーマルにいる彼等のご子息を守るためだけに今日まで生きてきた……この十年、それだけを考え、それが叶うのならば、こんな命、惜しくは……」
「二人は決してそんなことを望んではいない。あなたたちは何にも縛られず、自由に、重荷を背負うことなく生きていい。なぜなら、父と母はそんな見返りを求めて誰かを助けるような人ではなかった。……俺はシアン=ソイル。シルビドの街の冒険者だった、父であるフォスター=ソイル、母であるメイドーラ=ソイル、二人の息子です」
俺の言葉にルウロウさんとルウディーさんが驚き、目を見開く。




