2-7.ザッカ
屋敷の裏には森が広がっていた。山に繋がっているらしい森に入り様子を伺う。
屋敷を出たは良いがどちらに向かえばいいのか分からないし武器もない。
木の枝を折りブンブンと振る。
何も無いよりはマシだと息を吐いた。
「ここからどうするんです?」
ザッカの声は少し冷たかった。ユーリは森を抜けると言ったが山道にもなっているし獣ならともかく魔獣が出ればひとたまりもない。
それでも仲間割れは避けたくて従った。
ユーリの顔色が悪いのも気にかかった。
後ろから爆音は続いている。戻る訳にはいかない。
夕闇の森は不気味で、それでも進まなければならない事が少し憂鬱だった。
森と山の間に崖があった。
その手前に開けた場所があり、休憩を取ることにした。
順番に寝ずの番をして焚き火を消さないように気をつけた。
順番が終わって横たわったキリは屋敷から咄嗟に持ち出したブランケットを羽織るとうとうととする。
不安はあった。それを言葉に出来なかった。そのせいで……
ガラガラと石が落ちる音がして、すんでのところで助かったのだと息を吐いた。
眠りについた数分後、獣に襲われた。
不運な遭遇だった。言葉にすればそれだけだった。
魔力封じのせいでザッカとユーリは体調を崩していたらしい。
そのせいでザッカはいつもより言葉が冷たかったし、ユーリは顔色が悪かった。
そのせいで寝ずの番をしていたザッカが意識を失った。
火が消え獣が近づいた。
いち早く気がついたキリがザッカを守るように応戦したが、勢いに負けて崖から落ちた。
勢いよく落ちたが誰の目もないはずだと変装に使っていた魔術を解くと風の魔術で自身を浮き上がらせた。といっても落下の速度を落とすだけだった。
地面ギリギリで持っていた木の棒を崖の壁に突き立て落下は止まった。
一緒に落ちたザッカが意識が無いのを確認して安堵し、ザッカを横たわらせ、変装をしようとした所で、ザッカの腕輪に触れてしまったと気がついた。
魔力封じに使われている腕輪は装着ではなく触れただけで効果があるらしい。
しかも、封じられるという訳ではなく……
「魔力を吸ってる……一定の魔力を残して吸い続けてるから封じてるように見えたのか」
自分の中の魔力が減っているせいで魔術が展開できない。崖を登るのは無理そうだし、何より変装が出来ない。
ザッカは10歳で貴族の当主になった。
それまで暮らしていた場所でも呪われた子は不気味がられ偏見なく近づくのは従兄くらいだった。
ただしその従兄は平等に誰にも心を許さなかった。
それでも恐れられないのは嬉しかった。
その時は……
養育が終わったと屋敷に戻され、ザッカは怯える使用人と信頼は築けず、冷え冷えとした生活を送った。
だから、優しくされて嬉しかった……
5歳上の伯爵令嬢、デビュタントが終わったばかりの見目こそ平凡ではあるが、優しげな女性だった。
10歳上の従兄に用事があって彼の元へ行った時に出会った。
その日は王家主催の魔術大会で従兄は多くの女性に囲まれており、表情こそ笑顔だったが目の奥は冷たく暗かった。
その女性たちのうちのひとりがその令嬢だった。
思えば、彼女たちは従兄との婚約を望んでいたのだろう。
そんなことも気が付かなかったのは幼かったからだ。
甘い香水の匂いに母が生きていればこんな感じだったのだろうか、など思いを馳せた。
その視線が令嬢と絡まり、急いで逸らすが、柔らかく微笑まれて警戒心を解いてしまったザッカはおずおずと見上げた。
「ごきげんよう。私はシャークリー伯爵家の次女でアルレットと申します。」
「あ……俺は、リグリー侯爵家のザッカ、です」
こんな子供にも丁寧に接してくれる令嬢にすぐに懐いてしまった。
侯爵家に何度も手紙が届き、返事を書いた。
恋をするには早すぎたが憧れるには充分だったのだと今では思う。
交流を続けるうちにアルレットから話を聞いた他の貴族令嬢もザッカに手紙を送ってくれるようになった。
幼く孤独だったザッカは惑わされた。
優しさだと……
交流から3ヶ月、アルレットを屋敷に招く。
使用人は相変わらずザッカを恐れている。
だから自然と二人きりになってしまった。
いくらザッカがまだ10歳だとしても男女が室内にふたりだけと言うのは醜聞になりかねない。
「アルレット嬢、うちの使用人がすみません。誰か呼んで……」
使用人を呼ぶベルに手を伸ばし、しかしそれは阻まれた。アルレット本人に。
「?……えっと」
「ザッカ様、私は構いません。」
何が構わないのか、不思議に思っているとドレスに手をかけた。脱ぎ始めるアルレットに慌てて制止する。
「何を?!」
「ザッカ様は侯爵令息ではなく、侯爵様だとか……、しかも婚約者はおいででないとお聞きしました。」
あんなに優しいと思っていたアルレットの笑みが歪んでいることに驚き硬直してしまった。あまりの歪さに声も出ないほどに……
「まだ幼いと言え男性ですもの、傷ものにされたと私が言えば世間は信じるのではないでしょうか?」
欲に塗れた瞳が恐怖心を煽った。
魔力が乱れ、ガラスが飛び散る。その騒動のおかげでアルレットは部屋から飛び出た。
まだドレスは乱れてもいない。
悔しげに屋敷を後にした彼女。その様子を混乱した頭でザッカは思い出す。
きっとなにかすれ違いがあったのでは、そんな甘い期待もしていた。
計画が失敗したと自覚したアルレットは自分を守るためにザッカの事を悪く言い始めた。
最終的に弟のように思っていたのに粗暴で手が付けられない。ということで落ち着いたらしい。
この時から少し香水が嫌いになった。
その数日後、新人メイドを雇った。使用人が少ないから起きた事故だったと思ったからだ。
その翌日にザッカの寝室に忍び込み、最早はしたないとも言えそうな夜着を身にまとったメイドが追い出された。
さらに一週間後、アルレットの騒動で知り合った未亡人がザッカを慰めるフリをして屋敷に居座ろうとし、将来は貴方の子を産めると嘯いた。
甘い香水の匂いが顔を顰めるほどに嫌いになった。
そんな経験を数十回繰り返し、一年も経たずにザッカは見事に女嫌いになった。
女性らしさを減らしたワイアットでさえ嫌悪してしまう。
最早婚姻は絶望的だし、従兄は婚約者をもたずにもう24になっている。
自分が追従したところで問題は無いのでは、とさえ考えた。
こうして皮肉れたザッカが出来上がった訳だが、この状況はあまりにザッカを混乱させた。
目を覚ますと崖の下で知らない女に説教されていたのだから……




