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第6話 

「こんなところに連れて来て!魔物にアタシのことを差し出すつもりね!?」


長い金髪を揺らしながらこう叫んでいる少女の甲高い声が響いているのは、月夜が照らしているレヤ王国中心部にある宮殿の内部。現在はパオゴローが寝泊まりしている広い部屋だ。


そしてソファーに腰掛け、大きな目をさらに目開いている彼女の前にいるのは、魔物を倒してこの国を救った勇者・パオゴロー。彼はこの少女が放った言葉にも全く動じず手に持っていたコップを少女に差し出す。


「目を覚まして早々うるさいですね、さっさと解熱作用のある薬草を煎じたこれを飲むです。さもないとあそこで寝ているドラゴン諸共しばき倒します」


「う・・・分かったわよ。・・・ぐえ、これ苦い・・・」


気を失う前に見た光景・・・。パオゴローが自身の攻撃を食らってもなお立ち上がったことを思い出したのか、渡されたものを素直に飲む少女。


荒野で生き残っていた魔物を探していたパオゴローは、見つけたドラゴンに意識を向けていたところ、背後にいた彼女から渾身の攻撃を食らってしまった。


しかし彼は勇者。


ものの数分ですぐに回復したのだが、いざ反撃に出ようとしたら今度はこの少女が高熱で倒れてしまった。ということで仕方なくここまで引っ張ってきたのだ。


「・・・アタシの電撃魔法を食らっても生きてる人間なんていないわよ。魔物の手下の人間・・・ってよりもアンタ自身も魔物なの?」


パオゴローから差し出された薬草を煎じたものを、時にしかめっ面をしつつ口に運びながら少女は続ける。しかし彼女はどうも色々と勘違いをしているようで・・・。


「だからさっきから言ってるです。僕は人間です、前世はゾウですけど。鼻が長くてパオーンでしたけど。そしてこの宮殿にいた魔物は倒したです。この前、ようやく全部の死体を燃やし終わったです」


勇者は腕を組みながらこう言うものの、どうも少女の方は信じられないようで薄ら笑いを浮かべている。


「はんっ。そんなわけないでしょ勇者じゃあるまいし。そもそも前世がゾウって一体どういう意味よ?あのね、確かにアンタは強いけどそもそもこの国中にどれだけの魔物がいると思ってんの!?」


「話が通じないですね・・・。ここに連れて来る道中は気を失っていたから魔物がいなくなった街の様子を見せられなかったですし、朝まで待ちますか」


珍しくパオゴローがため息をつくが少女の方も釈然としてない表情をしている。


「で、用事は何よ?魔物に差し出されるぐらいならここで舌嚙んで死ぬわよ」


「だからこの国の魔物は僕が全部倒したです、残るはそこで寝ている赤いドラゴンだけです」


パオゴローは床で寝ているドラゴンの方を指さす。


が、少女の方も「会話が成り立たないわ。ねえギム起きて!そんなところで寝てないでアタシのことを助けてよ!」と大声を出した。


そんな様子を見ながら、「あのドラゴンの名前、ギムって言うんですね」と小さな声で呟いたパオゴローだが、じきに部屋にはこの国の正統なる王家の生き残りである王女・ミワレが侍従を引き連れて入ってきた。


そしてミワレは少女の目の前まで歩いて進むと、彼女の目をじっと見ながらこう口を開く。


「こんばんは。私のことを知っているでしょうか?」


「知らないわよ、アンタも魔物?」


「私はこの国の、正統なる王家の一員。もちろん人間です。名をミワレと申します」


するとその言葉を聞いた少女は目を丸くして驚愕している様子を見せる。


「ミ・・・ミワレってあの王女の!?どうしてここに!?この宮殿は魔物が住んでるんでしょ!?ギムが話してたわよ!」


「ここにいる彼、正真正銘の二代目勇者であるパオゴロー様がこの宮殿を占拠していたオーガをはじめとした魔物を退治してくれ、私はここに戻ることができました」


ミワレはさらに少女のことをじっと見つめる。他方、少女は慌てた様子でパオゴローの方を向くと「ア、アンタ本当に魔物を倒したの?」と体を震わせながら尋ねた。


そしてパオゴローはいつもの調子で淡々と答える。


「だからずっと言ってるじゃないですか。バカなんですか?この人間は」





部屋の中では先ほどまで大きな声を出していた金髪の少女が、借りてきた猫のように静かになってソファーに座っている。そんな彼女とテーブルを挟んで向かい側に座っているのは勇者・パオゴローと、肩まで伸びた黒い髪を持つレヤ王国の王女であるミワレだ。


「なるほど、貴方様のお名前はユイズ様というのですね」


「これで僕も覚えたです。前世は天才ゾウだったので忘れることはありません」


2人は会話をしているが、自らをユイズと名乗った少女の方は目を泳がせて黙ったまま。そしてどこか怯えたような表情をしている彼女に対して、ミワレの方から声をかけた。


「ユイズ様。貴方様はこの国に展開されていた結界を解除し、魔物をこの国に入れた魔法使い一族の生き残り。違いありませんね?」


パオゴローがレヤ王国を解放して以降、魔物に殺された両親や、生き残ったものの劣悪な環境にいたせいで病床に伏している他の王位継承者の分まで復興に尽力しているミワレ。


しかし常に柔和な雰囲気を醸し出し、時に国民達を鼓舞しながら復興に励んでいる彼女の印象とは異なるような鋭い視線を、今はユイズの方に向けている。


さらにパオゴローにとってもミワレが今話したことは初耳であり、珍しく驚いた表情を浮かべている。


「え?そうなのですか?初めて聞いたです」


「今から約40年前のこと。初代勇者はこの国にて別世界から転生しました。そして成長するとある魔法使いと出会って、当時この国を支配していた魔物を倒した後、隣国であるバン王国へと向かったと聞いております」


さらにミワレは「その時の魔法使いは強力な結界を展開できる、非常に高度な魔法技術を所持しておりました。しかしこれは展開するのに時間はかかり成功率も低い。パオゴロー様が育ったバン王国で今なお張られているのは成功したものでしょう」と続ける。


「じゃあミワレさんがさっき言ってた、このレヤ王国に張られていた結界というのはバン王国のと比べて弱かったんですか?」


パオゴローが首を傾げなら質問をする。


そもそもバン王国の国王であるズイファが彼に説明した内容によれば、バン王国に張られている結界というのは魔王が侵略するのを諦めるほど強いものであり、もしかしたらたった一度だけ使用できるほどの魔法かもしれないということ。


そのため、彼にとって他国にも結界が展開されていたという過去は初めて聞いたものだった。


「恐らくそうでしょう。しかし、それでも魔物が手をこまねていたのは事実。20年ほど前に初代勇者達が破れてもなお結界はその役割を果たしておりました」


そして彼女が「ところが・・・」と言うと、ユイズの方からそれを遮って話をし始めた。


「さ、さっきそのミワレ王女が言った通り。アタシの一族がその結界を内側から解除したのよ。それで魔物を国内へと招き入れたの。それから、この国にはもう魔物への防御が無い状態になった」


震える声でこう言ったユイズに対して、ここまで疑問ばかりが浮かぶパオゴローが尋ねる。


「そもそもどうしてそういうことをしたですか?結界を壊す必要は無かったはずです」


パオゴローの言葉にユイズはしばし沈黙をするが、今度はか細い声でこう答えた。


「・・・魔王が出現、そして魔物が襲ってくるようになってから魔法使いの迫害が悪化した。『お前ら普通の人間じゃない。どうせ魔法使いも、本当は魔物の一員なんだろう』って。でも子供心に悲しかったわよ、それまでは魔法を使って人々のため生きてきたって話を大人から聞いて」


ユイズは膝の上に置いていた握りこぶしの力をさらに増す。


「だ、だからいっそのことってレヤ王国の魔法使い達は魔物側につこうとしたけど・・・それが間違いだった。結界を破壊してまで魔物を呼び込んだけど、魔王にとっては魔法が使えても人間は人間。あっという間に軒並み殺されたり連れ去られたりしたらしいわ」


すると彼女はパオゴローとミワレのことを見つめてこう続けた。


初代勇者がこの国を支配している魔物を倒し、結界が展開されて魔法使いへの迫害が一旦落ち着きを見せたのも束の間。


今から10年ほど前、初代勇者が魔王に敗北したことに伴って魔物による再襲撃が迫りくる中で、魔法使いの一族は自分達の技術を駆使して結界を内側から消滅させてしまった。しかし魔物サイドは魔法使い一族との交渉など当然するわけもなく、この機を逃すまいと一斉にレヤ王国内に侵入して襲いかかったのだ。


自身も魔物に抵抗したバン王国の国王ズイファや、初代勇者の仲間となって魔物と戦いレヤ王国と隣国のバン王国に結界を張った魔法使いというのは例外中の例外。戦闘用の魔法といってもよほどセンスを持つ者でなければ、人間と比べて耐久力の高い魔物には通用しないことの方が普通だ。


それでも命からがら逃げだした者が魔法使いの中でも僅かに存在しており、それがユイズとその両親となる。しかし彼女がようやく魔法を使えるようになった頃には親も死んでいしまい、じきにユイズはたった一人で生きていくことになった。


「でもそんな時に出会ったのがそこにいるドラゴンのギム。魔物だけどあの子は落ちこぼれだったみたいで。仲間から疎まれて僻地のあの荒野に飛ばされて、ほとんど来ることの無い逃亡者の人間を捕らえるための警備をしていたんだけど、ボロボロだったアタシのことを保護してくれたのよ」


ギムは特殊な魔物であり、話した言葉が伝わる人間と伝わらない人間とがいるらしい。そして彼女とはコミュニケーションが通じるということで、仲間達には内緒でユイズの面倒を見るようになったというのだ。


こうしてここまで話したユイズは大きく息を吸って呼吸を整えると、ミワレに対してこう言い放った。


「さっさとアタシを殺して。こっちの家族はとうの昔に死んでる。アタシ達の一族のせいでこの国は大変な有様になったんでしょ、両親は親類を止められなかったって後悔してたわ。だけどその責任を取れる人はもうアタシしかいない。決心はついたわ。民衆の前で処刑して」


「これはかなり自暴自棄ですね。ミワレさん、この魔法使いどうするですか?」


こうなるとパオゴローでも、ユイズの言葉を黙って聞いていたミワレに向かってこう尋ねるしかない。


するとミワレはゆっくりとその場に立ち上がり、「ユイズ様。私としても、本来は貴方様の処遇につちえ色々と考えるべきだと思います」と始めたうえでさらに続ける。


「貴方様の一族のせいでこの国からは結界が消滅し、国は崩壊、私の家族でもある王家の面々も国王をはじめとしてその多くが殺されました。しかし、せっかくの貴重な魔法使いであることは変わりません。・・・どうせなら死ぬ前にパオゴロー様のお役に立つようなことをしてください。彼は魔法使いを探しておりました」


「・・・え?」


「もう一度、この国に結界を張るのです。パオゴロー様が結界を展開できるという特別な杭を国中に打ち込んでいます。それがこの国の王女・・・いえ、今は国王代理の身となっている私から言い渡す刑です」


こう伝えられたユイズは呆然としてキョトンとしている一方、パオゴローの方はどこか満足そうな素振りを見せた。


「そちらの方が合理的ですね。ここでユイズさんをみすみす殺すだなんて愚の骨頂です」

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