第23話
魔王から任命されフィル王国を支配している魔物。
サキュバスという種族でもあるというリチェピワが、国の歴史について話し始めた。
「このフィル王国はァ、強権的な王家に支配されていたのよォ」
国家の上層部に当たる階級は贅沢に尽くした生活をしていたものの、一般国民は貧困に喘ぐばかり。まさに地獄のような国だったという。
しかし魔王の出現によってここにも魔物の手が襲い掛かる。その時、フィル王国を襲撃したグループのリーダーだったリチェピワはじきに女王の座に就く。
「だけどねェ、勇者ァ。リチェピワは驚いたのゥ。だってェ、普通だと人間ちゃん達は魔物に恐れおののくはずでしょうゥ?でも違ったのゥ!人間ちゃんはァ、人間ちゃんはァ・・・。リチェピワ達、魔物に感謝してくれたのよゥ!」
足を組んでイスに座りながら、リチェピワは自らの体を抱きしめ、さらに頬を赤らめて叫ぶ。
「あの時に感じたのォ!人間ちゃんはァ、もう可愛くて可愛くて仕方ないってェ!だって『王家よりも魔物に仕えた方が幸せだ』って言ってくれたのよォ!国王の生首を手に持ったリチェピワに忠誠を誓ったのゥ!その時リチェピワも誓ったのよゥ!リチェピワはこれから先、人間ちゃんを幸福にするんだってェ!」
その様子をユイズは苦虫を嚙み潰したような顔で見つめ、こう呟く。
「どんな歪んだ愛よ」
するとその声を聞いたリチェピワはイスから勢いよく立ち上がり、ユイズに近づいて彼女の首を強く掴んだ。
「黙りなァ!魔法使いの小娘ェ!昔からあなた達ィ、魔法使いだけは反抗的だねェ!『魔物に仕えるのはやめろ!戦おう!』って言ってたのも魔法使いだァ!リチェピワの人間ちゃんを幸せにする計画を邪魔しやがってェ!だから魔法使いは皆殺しにしてやったのさァ!」
リチェピワからその細い首を握りしめられたユイズは、隣にいるパオゴローに向かって助けを求めるよう声を絞り出す。
「パ、パオゴロー・・・」
「もうやめてください。その“人間ちゃん”からのお願いですよ」
ユイズの言葉を聞いたパオゴローは焦らずそして静かに言葉をかける。
「・・・仕方ないわねェ。今回は特別よォ」
怒りの色をにじませていたリチェピワはパオゴローの言う通りにユイズの首から手を離した。しかしイスに座り直した際、彼女のことを強く睨むことは忘れない。
「大丈夫ですか?ユイズさん」
「え、ええ・・・。ゴホッ!お、お陰で助かったわ」
そしてしばし静寂の時間が過ぎた後、リチェピワは再び口を開く。
「さっきの続きねェ。それでリチェピワは魔王様に提案したのォ。『せっかくだからァ、忠誠を誓った人間ちゃんを魔物に生まれ変わらせてあげましょうゥ』って!それを聞いた魔王様はとても喜んでくれたわァ!」
さらに彼女はこう続ける。
魔王はリチェピワからの提案によって魔物を増産する術を身につけ、さらに世界中に魔物を送り込む。それにより全王国を支配するようになった。
しかしそこに初代勇者が転生してから事態は急変してしまったのだと。
「20年ほど前かしらァ、あの子が来たのはァ」
レヤ王国、バン王国、そしてドヌ王国を解放していった勇者はとうとうフィル王国に到着する。
だがこの国は勝手が違った。魔物に抵抗していた魔法使い達が皆殺しにされると、僅かに存在していたレジスタンスも既に死に崩壊していた土地。
勇者とその仲間は全く歓迎されなかったのだ。
「でも初代勇者は強かったわねェ、可愛い女の子だったけどォ。でも魔法使いはダメだったァ、気持ちの悪い男のガキだったわねェ。妙に大人ぶってたけどォ」
結局、勇者達は魔物に敗れたわけではなく、人間の手によってフィル王国から追い出された。殺されなかっただけマシだったのかもしれなかったのだが、それでも全ての王国を解放するということはできずじまいで隣国に行ったのだ。
「どうして初代勇者のことは殺さなかったですか?」
「そりゃ可愛かったからよォ。魔法使いの方は殺したかったけどォ、勇者が泣きながら懇願してきたから生かしてあげたのよォ。あそこできてたみたいだしィ」
長い舌で唇を舐めながらリチェピワが発する言葉を聞いたパオゴローは、思わずこう漏らす。
「・・・結局、魔王には勝てないと分かってたからですか?」
するとリチェピワは満面の笑みを浮かべ体をよじらせながら宮殿中に響くほどの大声で叫んだ。
「その通りィ!ああああァ!なんて賢いのゥ!可愛い過ぎるゥ!」
そしてその様子を見ていたパオゴローとユイズは同時にこんなことを思った。
「「(今ここでパオゴローの前世が人間じゃない動物だと知ったらヤバいことになるだろうな・・・)」」
リチェピワが目を離した隙に顔を見合わせた2人は、このことは話さないことにしようと目で合図を送り合う。
それからしばし興奮状態が続いた後に落ち着きを見せたリチェピワ。彼女は妖艶な笑みを浮かべてこう口にする。
「ねえ二代目勇者ァ。どうして初代勇者は魔王様を倒せなかったと思うゥ?」
「どうして・・・。分からないです、教えてください」
「うふふッ。それはねえ・・・。幹部の魔物を全員倒さないとォ、魔王様へとたどり着くことすらできないのォ」
そして笑いながら、リチェピワは続けた。
「幹部ゥ、教えて欲しいィ?せっかくだから教えてあげるゥ・・・。まずはこのリチェピワ、次にクゥア王国・国王のディマイラリズ。そしてェ」
「そして?」
パオゴローがリチェピワの目をじっと見つめて問う。すると彼女はゆっくりと口角を上げ、こう続けた。
「ギムっていう赤いドラゴンよォ。知ってるかしらァ?」
「・・・嘘でしょ・・・?」
◇
「・・・」
「いやあギムさんって魔王の部下の幹部だったんですね。驚きです」
リチェピワによる話が終わった後、2人は宮殿から離れた場所の牢獄へと送られ夜を迎えていた。
「ユイズさん。ショックですか?」
パオゴローは出された食事を口に運びながらユイズに尋ねる。ちなみにパオゴローには豪勢な野菜中心の料理が出されているが、ユイズの方には骨付きの小さな肉がひとつ皿の上に乗っているだけだ。
すると牢獄に連行されてから口を閉ざしていた彼女は話す。
「アンタねえ・・・。少しは他人の気持ちを考えなさいよ・・・」
さらにユイズはその骨付き肉を齧り、一口で全部食べ終えた後、あぐらをかきながら腕組みをして答える。
「でも色々とおかしいのよね。魔王の下で幹部やってる奴がここまでアタシ達を泳がせる?しかもレヤ王国とドヌ王国の解放をわざわざ見逃して、よ?」
これがユイズにとって釈然としないことだった。確かにギムは他の魔物とは違う。
しかし、そもそもギムというのは魔物の中でも落ちこぼれ扱いだったはずだ。
これはパオゴローがギム本人から聞いたことでもあるが、ギムは『自分はたったの一度でも人間を殺したことが無い。監禁した人間の殺害を他の魔物から命令されたけど、それを拒んだから僻地に飛ばされた』と話しており、パオゴローはそれを嘘だと思えないのだ。
それに僻地の荒野に飛ばされたギムは、ほとんどそこに来ることの無い逃亡者を捕らえるための警備をしていた折、ボロボロの状態だったユイズを他の魔物には黙って保護したのだ。
「僕はギムさんはたとえ魔物達の幹部だとしてもこちらの仲間だと思います、それに・・・」
「それに?」
パオゴローはそう言えばという顔をして、こう続けた。
「あのポンコツ女神が僕にこう言ってきたです。ちょうどレヤ王国からドヌ王国に行く間の夢の中で」
『魔王は死者の魂を用いて魔物を生み出しています。しかし原因は分かりませんが、稀に魔物の生成を失敗することがあるのかなと。そうすると魔王に妄信的ではない魔物が誕生するかと思います』
『つまりあのドラゴンはそれにあたるのですがさらにその中でも例外。似たような魔物と出会えることはもう期待しない方が良いかと。かなり珍しいケースなので』
彼がユイズに向かって女神から言われたことをそのまま伝えると、彼女はさらに難しい顔をして頭を悩ませる。
「なるほど。となるとギムはやっぱり他の魔物とは異なる何かなのね・・・」
「あの・・・ユイズさん?」
「何よ」
「今の話を聞いても驚かなかったですか?」
その問いに対して、ユイズはきょとんとした顔を見せる。そしてすぐにその言葉の意味を理解し、柔らかい笑みをパオゴローに対して向けた。
「あ。魔物の魂のこと?それなら少し前に女神がアタシの夢の中に出てきた時に話を聞いたのよ。詳しいことをね」
そしてさらにユイズは明るい声を出す。
「それにリチェピワもさっき色々言ってたでしょ。ある意味それで合点がいったわよ。どうやって魔物を増やしているかってカラクリをね」
こうして揃って牢獄の天井を見つめる中、ユイズはため息をつく。
「ねえパオゴロー。黙ってたけどあの女神から言われたの。アタシさ、ドヌ王国で見せた姿にこれからは任意で変われるって。でも制限時間は1分、しかも一度あの姿になったら丸1週間は寝込むってさ」
「だから・・・」とユイズは続ける。
「今ここでアタシが姿を変えれば、牢獄を破壊できてアンタだけ逃げられる。それから例の剣を取り返したら、リチェピワを倒せるでしょ?いざとなったらギムのことも殺して良いわ。じゃないと魔王を倒せない」
「・・・」
「もうこの国に結界を張る必要はない、あれだけ魔物のことを好きだったらね。守る意味が無いわ」
いつもとは異なるような感情が入り混じったユイズの声。しかし彼女がこう言い終わるかどうかのところで、パオゴローは口を開いた。
「確かにその作戦は悪くないですね。・・・でも」
「でも?」
「ここでユイズさんとギムさんをみすみす死なせるのは悪手です。3人でこの国を出るです」
そんな彼の言葉を聞いたユイズは思わず笑みをこぼした。
「らしくないじゃない。人間らしくなった?」
「バカにしないでください。前世がゾウの勇者はあんな魔物には負けません」




