第14話
「あ・・・!う、うわ・・・!これは・・・ひい!」
ドヌ王国の国王・ウィーポは目の前で繰り広げられる悲惨な光景を目にし思わずこんな声が漏れてしまう。
「パオゴローが魔物と戦っているところをちゃんと見るのは初めてだけど、これは圧巻ね」
そして魔法使いの少女であるユイズも半ば困惑した様子で言葉を発する。何故なら、そんな彼女達の視線の先にあるのは。
「まだまだ終わりませんよ」
巨大なケルベロスであるガオノスケを殴り続ける勇者パオゴローの姿だったからだ。
「お、おい。娘!ちょっと凄すぎぬか、これ!?」
ウィーポが慌てふためくのも無理はない。
これまでドヌ王国を支配しており、さらに魔法使いをはじめとした人間達のことも食べていたガオノスケ。まさに恐怖の対象として申し分ないはずだったこの魔物だが、今では勇者の手によって見るも無残なことになってしまっている。
現在、この王国の全域に広がるこの広い森に響き渡るのは、パオゴローが繰り出す殴打の鈍い音だけだ。
「ね、ねえパオゴロー!まだそいつ生きてるの?」
さすがにユイズがこう声をかけると、パオゴローは振り返り、いつもと変わらぬトーンで返した。
「一応まだ生きてます。前世で、ライオンのガオノスケに何をしたのか聞き出すまで殺さないつもりです」
そして顔の向きを戻したパオゴローはガオノスケの左端の首の根本を掴むと、もうぐったりとしているそれを自分の顔の近くにまで引っ張り、小さな声で尋ねる。
「さあ答えるです。君は前世の頃、ライオンのガオノスケに何をしたですか?・・・僕は分かるんですよ、動物に対して酷いことをする人間の雰囲気が」
「勇者というよりも悪魔だなあれは。ガオノスケのことを恨んでいる余まで少し引いてるぞ、今」
すると魔物であるガオノスケは口から血を吐きながら弱々しく答える。
「べ、別に悪いことなんてしてなイ・・・。俺はただ少し遊んであげてただけなんダ・・・」
「じゃあ次は右端の首に聞くです」
パオゴローは掴んでいた左端の首を地面に叩きつけ、今度は右端の首を掴み、同じく自分の顔に近づける。
「『少し遊んであげてただけ』って言いましたか?本当のことを言うです。ライオンにどういうことをしたですか?」
「ほ、本当に変なことはしてないんダ・・・。だってガオノスケは俺が近づいても襲ってこなかったシ・・・。お、檻の中で小さくなっていたかラ、ッ!ゴフッ!」
パオゴローはそう話した右端の首の顎を強く殴った。
「それは君のことを怖がっていたからでしょう?」
そしてその首も左端のものと同様に地面に強く叩きつけたところで、とうとう真ん中の首がパオゴローの標的となった。
「これで最後です。どうせすぐ死にますが、もう一度だけ聞いてあげます。君は前世で、ライオンのガオノスケに対して、どんなことをしたんですか?」
さらにパオゴローは「何度も言ってますが僕は分かります。君はそのライオンと友達でも何でもありません」と続ける。
ケルベロスのガオノスケはもう怯える気力も無く、ただただぐったりとしている。すると度重なる攻撃にとうとう折れ、前世での詳細な行為について口を開いた。
「・・・。・・・」
「ん?ねえアンタ、今ガオノスケが言ったこと聞こえた?」
「い、いや聞き取れぬ。何て言ったんだ?」
ここまで彼らの会話の内容が聞こえていたユイズ達のところには、ガオノスケの言葉は届かない。そしてユイズとウィーポが顔を見合わせて首を傾げていると、パオゴローは腰に差してあった剣をようやく手に取り、ガオノスケの顔にそれを当てて冷たい声でこう言い放った。
「そうですか。そんな酷いことをしていたのですね。やっぱり僕の勘は当たってました。・・・お前みたいな人間はもう一度死んで、ライオンのガオノスケに詫びてください」
パオゴローはさらに「それと、これまで無慈悲に食らってきた罪の無い人間達にも」と付け加えると、剣を持っていない手で最後に真ん中の首を思い切り殴る。そしてそのまま体勢を整え、剣を一閃してガオノスケのことを斬った。
すぐにそれは大きな音を立てて地面に倒れる。息は止まり、ピクリとも動かない。そしてパオゴローはその死体を見下ろしながら呆れた目つきをしてこう言った。
「そもそも見た目は3つ首の犬なのに名前はライオンから取った時点でセンス無いですよ、君」
こうしてこのドヌ王国を支配していたガオノスケは勇者パオゴローの手によって討たれたのであった。
◇
「凄い有様ね、これ」
ユイズはようやく防御魔法を解除し、ウィーポと共に横たわっているガオノスケのことを見下ろす。
「お、おいパオゴロー。もう本当にガオノスケは目を覚まさぬのだな?死んでいるのだな?」
震える指でガオノスケの死体をつつきながらウィーポがこう尋ねるとパオゴローは静かに頷く。
「そ、そうか。これで終わったのか・・・」
するとウィーポは体の力が一気に抜けたかのようにそこに座り込んでしまう。その表情には安堵の色が滲んでいるが、しかしユイズはガオノスケから彼の方に視線を移して冷たい目で睨む。
「そうね。アンタは食べられずに終わることができて良かったわね。それでも保身のためにガオノスケに献上された魔法使い達は恨み続けているでしょうけど。それと・・・ライシ、だっけ?家族同然とか言ってたけど、化けられてたのを見破られないだなんて大した王様ね」
「・・・」
こう言われたウィーポは唇をかみしめるものの何も答えられず、ただ下を向くことしかできない。
「まあとりあえずガオノスケを倒せれば良し、です。ただまだ他にも魔物がこの森にいるでしょうからさっさとしばきに行くです」
すぐに頭を切り替えてパオゴローは周囲を見渡す。すると遠くの方からここまで姿を見せていなかった赤いドラゴンのギムが空から飛んでやってきた。
ギムは地面に着地すると「ガウワウワ。ガウッ」と何かをパオゴロー達に伝えた。
「な、何て言ったんだこいつは?」
「『果物を作らされている人間の集まりを見かけた。魔物もそれなりにいたぜ』だそうです」
なお、ユイズ囮作戦実行の前に話した『ギムさんは念のために洞窟のそばで隠れています』というのはパオゴローの真っ赤な嘘。本当はガオノスケと戦闘している間、魔物の監視下で農作物の生産をさせられている人間達を探していたのだ。
そしてそんな役割を果たしたギムのことを労おうとするために、ユイズがその頭を撫でようとしたところ・・・。
「よく見つけたわね、ギム。さあ、さっさと行くわ・・・よ・・・」
力なくその場へと倒れこんでしまった。
「お、おい娘!どうした!?」
「まだ体調が完全に回復してなかったのに色々と魔法を使わせちゃったのがダメだったかもしれませんね。ギムさん、ユイズさんとウィーポ国王さんを守ってもらってて大丈夫ですか?人間達は僕だけで行って助けてきます」
「ガ・・・ガウフウ・・・」
「大丈夫です。あの洞窟に戻れば食糧などはあります。少しの間、あそこで待っててください」
パオゴローはぐったりとしているユイズをギムの背中に乗せるとこう促し、自身は人間がいる方向へと走って行った。
◇
それから。
勇者パオゴローはギムが見つけた場所へと赴くと、その道中も含めて有無を言わさず魔物を倒し、人間達を解放した。そこにはライシのように人に化けていた魔物も見当たらず、その後は思っていたよりもあっさりと事が進んでいく。
国王であるウィーポは空っぽの宮殿へと戻ると国王の座に返り咲いた。
そして魔王への献上のために果物を生産していた人々の中には宮殿で働いていた者もわずかながらおり、彼・彼女らを引き連れていった。
わがままだった王子が国王として戻ってきたことに不安を覚えた人間も多かったが、相変わらず態度や口調に横柄なところは見受けられるものの、国の復興のために動く彼の姿はこれまでとは少し変わっていた。
しかし問題はユイズの体調だ。レヤ王国の時と同じように魔物の残党狩りをしているパオゴローだが、これが終わるとそろそろ結界用の杭を国中に打ち込みたい。ところがユイズの魔法技術が無いと結界は張れないのであり、どうしても彼女の回復を待つ必要がある。
ガオノスケが倒されたこと、このドヌ王国が解放されたこと。
魔王というのがこの事実をどのタイミングで知り、そしてどう対抗策を打って出るのか現状は分からない。それにどれほどの防御力があるかは分からないとは言え、バン王国のズイファ国王が用意した結界を展開することには大きな意味があるとパオゴローは考えていた。
ただユイズに無理をさせるわけにもいかない。
農作物を作らされていた人間の中には医学に明るい者がいたのでユイズのことを診てもらったのだが、どうも病気や怪我などではない。やはりこの国の土地が、体内にある魔力を制限していることが原因だと思われるのだ。
そしてそうこうしているうちに1週間が経過した頃。遂にパオゴローが恐れていたことが現実になってしまった。
「お、おいパオゴロー!大変だ!北の海岸の方から変な影が見えると噂になっている!魔物かもしれぬ!」
慌てた様子のウィーポによる報告を聞いたパオゴローはギムの背中に乗ってその場所に向かうと、こちらに向かってくる翼の生えた何匹かの魔物の影が見えた。
「・・・まずいですね。簡単に倒せますが、もっと数が増えたらさすがに手こずります。僕が負けることはまず無いですが、人間達が危ないです」
そしてパオゴローはギムに乗ったままその魔物達と戦闘を始めた。




