第81話 エキゾチック
一人は非常に大柄な筋骨隆々の男性で、もう一人は逆に小柄ですらりとした少女であった。
いずれも頭襟と結袈裟を身に着けた山伏のようないでたちだが、それ以上に目を引いたのは、それぞれの背中に生やした純白と漆黒の翼である。
「失礼致した。我らは南の山中より参った天狗にござる」
日に焼けた肌、赤黒い髪を後ろで結んだ美丈夫が進み出るや、カミーユが黄色い声を漏らす。
「ひゃっ……!?」
「驚かせてすまぬ。この近辺にて転移術ならびに精霊召喚の反応を立て続けに察知したがゆえ、仕った次第」
「い、いえ~。それ多分あたしらのせいなんで~、お気になさらず~。オホホ~」
あからさまに色を作るカミーユへのツッコミは、相手方に先を越された。
黒翼の少女が、サンディブロンドのおさげ髪を揺らしながら詰め寄る。
「初対面の無憂に色目を使うとは……ふしだらな女ですね」
「あン? 何だこのガキんちょは……」
早くも一触即発の気配となった二人の間に、澪が物凄いスピードで駆け込んで来た。
「かぁっわい――ぃっ!!」
「……なっ!?」
熱烈な抱擁が天狗の少女を襲う。
「ちっちゃい天狗さんだぁ~。お名前はなぁに? 私は澪っていうんだけどぉ~」
「え……絵馬です」
「そっかー、絵馬ちゃんっていうのね? こっちは私の恋人の献慈で……きゃっ! 恋人って言っちゃった! それでねそれでね、こっちが吟遊詩人のライナーでー、こっちがカミーユでー、シルフィードでー……あっ、ごめんねぇ」
翼をばたつかせる絵馬を、澪は名残惜しそうに手放した。
「…………。子ども扱いは癪ですが、まぁいいでしょう。まずは我々の事情から告げるのが筋ですね」
無憂と絵馬の二人は天狗の集落〝阿曼荼の里〟から人間の社会を調査しに派遣されたのだという。
「こうしてあなた方に接触を図ったのは偶然もあるのですが……皆さまは半月ほど前にもこの辺りを訪れてはいませんでしたか?」
「っていうと、御子封じの旅で通りがかった時?」
澪の話に反応を示したのは、無憂であった。
「はて……ミコホウジとは、どこぞで聞いた憶えがござるなぁ」
「今は廃れちゃってるけど、昔はもっと広い地域で行われてた風習らしいから、天狗さんたちが知ってても不思議じゃないかも」
「なるほど。里の長老たちから耳にしたのやもしれぬな」
はたと膝を打つ無憂を、絵馬が横からたしなめる。
「無憂、話の腰を折らないでもらえますか?」
「これはすまぬ。絵馬よ、続けてくれ」
「実はあの時、わたしは隠形の術を使い、この付近の偵察に当たっていたのですが、あなた方の中でお一人だけわたしに気づかれた方がいらっしゃいました」
灰色の双眸が真っ直ぐに献慈を捉えた。曖昧な返答は意味を成さないだろう。
「空の……雲が一瞬欠けたように見えたんですが、絵馬さんだったんですね」
「その眼力はマレビトの力ですか?」
素性を見透かされるのにもそろそろ慣れてきた献慈である。
「そのとおりです」
「やはり。あの場はわたしの一存で接触するわけにもいかず失礼いたしました。今回改めて推参いたしましたのは、あなた方に頼みがあってのことです」
「それって、さっき言ってた人里の様子を探るお仕事?」
澪が尋ねると、絵馬と無憂が同時にうなずいた。
「拙者どもは人の世に不案内ゆえ、各々方の旅にしばし同行を願いたく」
「どこか適当な町に連れて行っていただけるだけで構いません。あなた方の目的の邪魔はいたしませんので何卒お願いします」
断る理由はないように思えた。
「俺は構わないと思うけど、みんなはどう?」
「あたしはぁ~、無憂さんの力になってあげたいなぁ~って……っつーかミオ姉が決めればよくね?」
カミーユは澪に決定を一任する。
「え? 私?」
「そうだよ。にっくきあんにゃろうをブッ倒すのが目的なんだし、ミオ姉がリーダーってことで。いいよな? 舎弟ども」
シルフィードとライナーがうんうんと同意を示した。無論、舎弟三号にも異存はない。
「俺も澪姉の決断に従うよ」
「……うん。それじゃ絵馬ちゃん、無憂、二人ともよろしくね」
「かたじけない」
「ありがとうございます」
再出発早々、旅にまた新たな道連れが加わった。
「じゃ、出発しよっか。『適当な町』っては言ってたけど、調査するならなるべくおっきな町のほうがいいよね?」
「ええ。このままの服装では殿方……人目が気になりますので、もっと〝もだん〟な服を調達したく……」
絵馬の視線がチラチラとライナーを盗み見るが、はたして当人からは軽妙とも軽薄ともいえる反応が返ってくる。
「今のエマさんもエキゾチックで魅力的ですが、現代的な装いもきっとお似合いになるのでしょうね」
「あぇっ!? い、いぎなすほだこど言わっちゃら、わ、わだす……」
声を上ずらせる絵馬に無憂が茶々を入れる。
「ハハハ……絵馬は面食いでござるからなぁ」
「無憂っ! わたしはそのような浮ついた理由で来たわけでは……」
絵馬の劣勢を見たカミーユが邪悪な笑みを浮かべた。
「はぁ~ん、人のこと『ふしだら』呼ばわりしといてアンタも意外と……」
「わだすっ……わたしはっ! あなたと違って色目など使っていませんがっ!?」
「そっかなぁ~? あたしらに近づいた目的って実は婿探し――」
「――ふぬッ!」
絵馬の手が電光石火にカミーユの頭の角を鷲掴みにする。
「つのぉあァ~っ!?」
「リコルヌは一角獣を崇める高潔な民と聞き及んでいましたが……とんでもない下衆が紛れ込んでいたものですね……!」
「あたしのォ……まだ誰にも触らせたことない純潔のツノがぁああ……!」
「大袈裟な人ですね。平気で他人をこき下ろしておきながら、自分が責められた途端この有り様ですか?」
真っ当な言い分だ。もっとも、それを素直に聞き入れる相手であればここまでこじれることにはならなかったのだが。
「うるせー! テメェから焚きつけたんだろ、このちんちくりんがぁっ!」
「んだどォ!? おめぇもそだ変わんねーべハァ! 蹴っぽらっぢぃがァ!!」
「あぁ!? 背羽全部むしってやんぞ!? コラァ!!」
「ズロースぁぶっづぁいでケヅメド晒してやっぞぃ!!」
言い争いはついに取っ組み合いへと発展していた。
「カミーユにもいい友だちができてよかったですねぇ」
「ええ。本当に楽しそうですこと」
ライナー、シルフィードとも、のんびり静観するばかりなので、
「やれやれ……絵馬もその辺りにしておきなされ」
「もう、カミーユったら。ケンカしちゃだめだよ?」
無憂と澪が力ずくでチビっ子二人を引き剥がすしかなかった。
ここに至ってようやく献慈の意見する隙間が生まれた。
「(次からは早めに仲裁入ろ……)ところで、俺たちの行き先について話してなかったなと思いまして」
目指すオキツ島へは首都イムガ・ラサの港から渡る手筈だ。それには前回の道のりと同じくまずは峠を越え、手前のウスクーブの町を経由する流れとなる。
以上の旨を手短に伝えると、天狗たちは静かに顔を見合わせていた。
「でしたら皆さまにも好都合かもしれません。ちょうど良い近道をわたしたちは知っていますので」
「うむ。今より案内して進ぜよう――我らが『天狗渡』へ」
★無憂 / 絵馬 イメージ画像
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