第80話 お久しゅうございます
一行は気持ちを新たに、紅葉に染まる街道を歩き出していた。
トゥーラモンドを訪れた春の日から早半年、感慨に浸る献慈の前方で、カミーユが歩みを止めた。
「……出そう」切迫した声色。「積もりに積もった一週間分……来たよオォッ!」
「えぇっ!? ちょ、ちょっと!」
右往左往する澪をよそに、カミーユは苦悶と恍惚が綯い交ぜになったような表情で手足をばたつかせ始めた。
「うあぁ……もう我慢できないぃ! 今すぐ出あぁすッ!!」
「こ、ここじゃダメぇええ――っ!!」
澪はカミーユを担ぎ上げ、林の中へ一目散に分け入って行く。
「あれっ!? ちょっと待ってくれってば!」
「はぐれては危険です。追いかけましょう」
男二人もすぐさま後を追う。
澪たちを見失わぬよう全力でひた走り、たどり着いた林の奥でそれは起きた。
「いやぁ――っ!! 来ないでーッ!! 見ちゃダメぇーッ!!」
取り乱す澪の後ろで、小刻みに震えるカミーユの背中がモコモコと膨れ上がり出した。
「波が……デッカい波が来たァ――ッ!!」
「おおぉっ!」
献慈は目を見張った。かぐわしい香りとともに、カミーユから漏れ出した緑煙が一点に集まり、懐かしき人物の像を成す。
「お久しゅうございます、皆様」
透き通るペリドットの体、ラベンダー色の瞳を持つ風の精霊、
「ふひィ~……おかえり~」
「カミーユもお変わりなく。ご覧のとおりわたくし、装いも新たに再登場の運びと相成りました」
気分一新とばかりに綺羅びやかな振袖に身を包んだシルフィードである。
「道理でアンタ重たくなったよね……いや、情報量的な意味で」
「…………ハッ!? そういえば献慈と同じ言葉……!?」
我に返った澪が早速シルフィードの口調の変化を指摘する。
「はい。日本語です。献慈様と長時間結合していた影響かと」
「けけけ結合ォおおお……ッ!?」
「いわゆる合体と申しましょうか」
「ががが合体ィいいい……ッ!?」
「接続と言い換えてもよろしいかと」
「せせせ接続ゥううう……ッ!?」
(澪姉で遊ぶのやめてぇ……)
献慈は生死の狭間で交わされたシルフィードとのやり取りを皆に説明する。
「――ってわけだから、やましいことは何もないよ」
「そんな深いところでつながってるとか……何かズルい」
かえって澪が臍を曲げてしまったことに献慈は困惑を禁じえない。
「えぇっ? そ、そう言われても……」
「お言葉ですが澪様、献慈様は生死の境にある間も常に貴方様のことを想っておいででしたよ。その情熱の一端がわたくしまで伝わっておりましたから」
「ふぅん……そんなに私のことばっか考えてたんだ?」
納得半分、挑発半分な澪の態度が心憎い。
「か……考えてたよ。言ったじゃないか、俺は澪姉のこと、好き……だって」
「そ、それは聞いたけど……」
「澪姉こそどうなの? 俺の――」
いよいよというタイミングで、カミーユが割って入る。
「――待って。どうした? シルフィード」
「何やら風がざわついております」
「魔物でしょうか?」
ライナーがギターケースに手をかける。
「いえ、術の類いはお控えになったほうがよろしいかと。相手方を刺激する可能性がございます」
「また賊にでも見つかった?」
「違うような……この空間のゆらぎは……あ、やべっ」
カミーユが腕で顔を覆う。直後、吹きつける風が木々を揺らながら通り過ぎていった。
落ち葉が宙を舞う中、献慈の共感覚は淡い残り香を感知する。
(これは……シャクナゲの匂い……?)
「……すぐそこにいる!」
澪の一声に空気が張り詰める。
木陰からぬるりと這い出した人影は――二つ。




