第11話 歩兵でいいです
「私、実は子どもの頃ね、神官になりたかったんだ。お父さんみたいに皆を守る仕事がしたくて……でも魔法の才能自体あんまりなかったみたいで、結局断念しちゃった」
魔法の素質自体はトゥーラモンドの住人誰しもが先天的に有しているものだ。でなければキャンドルをはじめ身の回りの魔導器を扱うのさえままならないだろう。
だが魔術を行使する段となれば難度は格段に上がる。ボールを転がせる人間が全員サッカー選手でないのと同じ理屈だ。
「それでさ、すねてる私にお母さんが言ってくれたの。『お前はどうせ元気が有り余ってるんだから、剣術をやれ。剣で人を守ってみろ』って。それが……私がお母さんから剣を習い始めたきっかけ」
「お母さんから?」
「あ、言ってなかったっけ。お母さん、私が生まれる前は烈士をしてて、わりと有名だったみたいなの」
烈士とは、遺跡探索や魔物討伐などを生業とする人々のことだ。ファンタジー世界によくある冒険者のような職業だと、献慈は理解している。
「初めて聞いた」
「そっか。たまに二人でここに来て稽古したなーって。教わったこと、ぜんぶ身体に染みついてる。だからこれも……ある意味、形見って言えるかも」
「素敵な話だね」
「そう思ってくれるんだ。嬉しいな」
澪がこちらへ顔を向ける。献慈は正面を向いたまま、視線だけを泳がせた。
(顔近っ! 動けな……っていうか、喋れない……)
「献慈ったら聞き上手だから、いっぱいお話しちゃった。……さっきからずっとおとなしいけど、もしかしてお腹すいてる?」
「え? あ、べつにそういうわけでは……」
言葉を詰まらせる献慈を尻目に、澪は巾着から小さな包みを取り出す。
「無理しなくていいよ? 私も……ちょっろおあはふいひゃっらし」
澪は酢こんぶを唇に咥えながらもう一つ、油紙に包まれたそれを献慈にも手渡した。
「あ、ありがとう」
受け取る間際、ふと過去の思い出がよみがえる。
中学校の行事で出かけた、河原での芋煮会――ちなみに豚肉入りの味噌味だ――での出来事だった。
同じ班になった真田馨が何かの拍子にガムを一枚くれた。まるで宝物のように感じられたそれを、献慈はその場では食べず家まで持ち帰ったのだ。
(引き出しに仕舞ったまま、半年ぐらい取ってあったっけ……今考えるとちょっとキモいかもな……)
感傷が献慈の心を満たした、そのわずかな気の緩みがしくじりを生む。
「危ない、そこ!」
「えっ――」
何気なく下ろそうとした手を、澪が素早く振り払う。
「いつっ……」
見れば、切り株の端に小さくとげが突き出ていた。はずみで引っ掛けた澪の手には血がにじんでいた。
「澪……さん、ご、ごめん……」
「気にしないで。これくらいどうってことないよ」
事実、深い傷ではない。だとしても献慈の気が済まなかった。
(お父さんみたいな治癒魔法が俺にも使えたら、治してあげられるのに――)
「これ……献慈が……?」
「はい、俺のせいで…………えっ?」
澪の傷を、陽炎のように揺らめく輝きが覆っていた。それは大曽根が献慈を手当てした際発した光とよく似ていた。
「いや、違――」反射的に否定するも、「俺……なのか……?」
改めて思い直す。意識を揺さぶるこの感覚は身に憶えがある。この世界に来て幾度か感じた、あの第六感だ。
「澪さん、手を……貸してみて」
「……うん」
(何とかなる。俺が……治してみせる――)
「献慈……いつの間にこんな力……」
今ならばわかる。魔法の本質とは霊体の運動そのものだ。物体を動かすのが筋力だとすれば、魔法を実現させるのは意志の力にほかならない。
「これで……上手くいったかな」
揺らめく光焔が輝きを増し、靄となって辺りに散っていく。献慈の手の下からは傷一つない綺麗な柔肌が現れた。
「……うん! もうちっとも痛くない! ありがとう! 献慈、本当にすごいね!」
誇らしい気持ちが献慈の心を満たしていた。癒しの力を得たことよりも、恩人に喜んでもらえたことが何より嬉しい。
「よかった。魔法を使うなんて初めてだったから……ってか今の魔法? 魔術? ってことでいいんだよね?」
「んー、どうだろ。魂振とはちょっと違うみたいだけど」
「神様の力を借りる術だっけ。俺に縁のある神様なんて、メタルゴッドぐらい……」
その時、献慈の中で一つのひらめきが頭をもたげた。
(まさか……俺のメタル愛を感じ取った鋼鉄神が異能の力を授けてくれたのではあるまいかッ!?)
「どうかした?」
「あの、ひょっとすると俺……鋼鉄神の啓示を受けしメタルウォリアーなの、かもし、しれない……です」
実際口にしてみて、献慈は自分の仮説に違和感しかないことに気づく。
「何? ごめん、もっかい言って?」
全力で首を傾げる澪が、献慈の心に追い討ちをかける。
「あ、その……メタルゴッドの恩寵を賜りし……や、やっぱり俺は歩兵でいいです……」
「んー、よくわかんない」
澪は残念そうに口を尖らせるが、献慈にはこれ以上妄言を繰り続ける気力はない。
「ちょっとした勘違いってことで納得していただけると……」
「いいけど、その代わり私の言うこと聞いてくれる?」
「澪さんの頼みを?」
「そう! それ! 『澪さん』っていうの、いい加減よそよそしくない?」
「と言われましても、どう呼べばいいか……」
「お父さんのことはずっと『お父さん』呼びじゃない? だから、お……『お姉ちゃん』とか」
「…………」
「『姉さん』でもいいかなぁ……うん、何かそっちのほうが献慈っぽい感じがする!」
「……あのぅ……澪さん?」
「私の話、聞いてた?」
にこやかな表情に反して増大する謎の圧迫感に、献慈は抗うすべを知らない。
「そ、それじゃ、み…………澪、姉さん……」
★大曽根 臣幸 / 美法 イメージ画像
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