炎の亡霊
初投稿です。
侍と現代が交わる物語です。気軽に読んでいただけると嬉しいです。
第1話
江戸時代・山中──夜。
雨が、すべてを叩きつけていた。
山道を走る一人の侍。
全身は血にまみれ、息は絶え絶えだった。
背後から迫る無数の松明の光。
怒号が夜を裂く。
「いたぞ!!」
「人斬りだ!!」
侍は振り返る。
その目にあるのは恐怖ではない。
ただ、濃い憎しみだった。
「しつこいやつらめ……」
石が飛ぶ。
肩に命中する。
棒が振り下ろされる。
ついに侍は膝をついた。
村の広場。
侍は柱に縛り付けられていた。
周囲には村人たち。
「貴様のような鬼は生かしておけぬ」
松明が投げ込まれた。
炎が上がる。
「ぐああああああ!!」
肉が焼ける。
皮膚が裂ける。
それでも侍は叫ぶ。
「貴様ら……!」
炎の中で、ゆっくりと立ち上がろうとする。
「絶対に……」
その目は、ただ一点を睨んでいた。
「絶対に復讐してやる……!!」
その瞬間。
雷鳴。
空が裂けるような光。
炎ごと、侍の姿が消えた。
現代
河川敷──夕方。
中学二年生の少年・ユウキは一人で歩いていた。
制服は汚れ、頬にはアザ。
また、いじめられた帰りだった。
笑い声が、まだ頭の中に残っている。
「おい財布見せろよ」
「走れ走れ!遅えんだよ!」
ユウキは黙って歩く。
橋の下へ差しかかった、そのときだった。
焦げ臭い匂い。
「……?」
視線を向けると、そこに“それ”はあった。
黒い塊。
人だった。
全身が焼けただれ、布は皮膚に貼りついている。
「えっ……」
ユウキが近づく。
男の目が、ゆっくりと開いた。
「……」
獣のような目だった。
「ここは……どこだ……」
ユウキは固まる。
腰には、古い刀。そして黒の着物。
まるで時代そのものが迷い込んできたようだった。
「村人どもは……どこだ」
「え……?」
「殺してやる……」
ユウキは恐怖する。
だが同時に、この男が“今にも死にそうな存在”だと理解していた。
橋の下
侍は壁にもたれかかっていた。
呼吸は荒い。
ユウキは少し距離を取る。
逃げたい。
だが放ってはおけなかった。
「ちょっと待ってて」
「どこへ行く」
「水持ってくる」
「……逃げぬのか」
「別に」
ユウキは走っていく。
侍はその背中を見送った。
数分後。
ユウキはコンビニ袋を抱えて戻ってきた。
水。おにぎり。消毒液。
「薬か」
「たぶん効くと思う」
「なぜ助ける」
「さあ」
「見ず知らずの男だぞ」
「死にそうだったから」
侍は黙る。
理解できない理由だった。
ユウキは消毒液をかける。
「ぐっ……!」
「あ、ごめん!」
「気にするな」
「すごい傷だね」
「焼かれた」
「事故?」
沈黙。
侍の目が暗くなる。
「違う」
それ以上は語らなかった。
遠くから車の音。
橋の上をトラックが通る。
ゴオオオオッ。
侍は反射的に立ち上がる。
「何だあれは!」
「トラック」
「鉄の牛か!?」
「車だよ」
侍は呆然とする。
ユウキはスマホを取り出す。
画面が光る。
「妖術!」
「違う違う!」
「光る板だぞ!」
「スマホ!」
「すまほ……?」
侍はその言葉を反芻する。
「神の道具ではないか……」
侍は周囲を見渡す。 車。電線。コンクリートの橋。
「……ここはどこだ」
低い声だった。
ユウキは少し間を置く。 「ここは……町」
「町?」
侍はもう一度周囲を見る。
「江戸からは遠いのか」
ユウキは一瞬言葉に詰まる。
「え、江戸って……」
侍は答えない。ただ真っ直ぐ見ている。
ユウキは視線を逸らしながら続けた。 「それってさ……昔の東京のこと?」
侍の目がわずかに動く。
「東京……?」
ユウキはさらに混乱する。
「いや、待って……江戸って江戸だよな……?」 小さく独り言のように言ってから、頭を振る。
「え、でも……」
侍は静かに言う。 「ここは江戸ではないのか」
ユウキは口を開きかけて、止める。 数秒考えてから、ゆっくり言った。
「いや……違うと思う」
「違う?」
ユウキはスマホを握りしめる。 画面を見て、また侍を見る。
「ここは……たぶん東京。っていうか、日本の東京」
侍はその言葉を反芻するように黙る。
ユウキは続ける。 「江戸っていうのは……昔の名前。今はもうそう呼ばれてない」
侍の目がわずかに細くなる。
「……今は何年だ」
ユウキは少し躊躇する。
「えっと……二〇二〇年代」
「にせん……?」
侍の声がわずかに揺れる。
ユウキは慌てて付け足す。 「いや、ちょっと待って、俺も正直よく分かんないけどさ……たぶん、かなり未来」
言いながら自分でも信じきれていない顔をする。
侍は空を見上げる。 電線と灰色の雲。
しばらく沈黙が続く。
ユウキが小さく言う。 「……いや、嘘みたいだけどさ」
侍はゆっくりと視線を落とす。
「未来……か」
その言葉は、驚きよりも重かった。
ユウキはまだ混乱したまま、小さくうなずく。 「たぶん……そういうことになる」
侍は少し間を置いて、静かに言った。
「……なるほどな」
ユウキはおにぎりを渡す。
侍は警戒しながら受け取る。
「罠かもしれぬ」
「そんなわけないじゃん」
一口。
止まる。
「まずい?」
「……うまい」
次の瞬間、侍は一気に食べ始める。
「はやっ!」
「米だ」
「おにぎりだから」
「米をこのように持ち歩くとは……」
「普通だけど」
「この時代は……豊かなのだな」
日が沈む。
橋の下が暗くなる。
沈黙の中で、侍が言った。
「お前はなぜ独りだ」
ユウキは視線を逸らす。
「別に」
「嘘だな」
「……」
「顔に傷がある」
「転んだだけ」
「また嘘だ」
それ以上、侍は聞かなかった。
ただ、察していた。
夜。
侍は地面に座る。
ユウキは包帯と消毒液を置く。
「これ、とりあえず使って」
「これは何だ」
「怪我してるんでしょ。巻くやつ」
「巻く?」
「出血止めるの」
侍は自分で巻き始める。
戦場の動作だった。
「戦場では己で手当てする」
「いやここ戦場じゃないから」
聞いていない。
「これ毎日持ってくるから、ちゃんと替えてよ」
「毎日?」
「うん」
「過剰だ」
「普通だって」
「なら週一でよい」
「少なっ!!」
やがて侍は問う。
「お前はなぜ独りだ」
ユウキは答えない。
侍はそれ以上聞かない。
ただ隣にいる。
それだけだった。
ユウキが帰ろうとする。
「待て」
「なに?」
「名を聞いておらぬ」
「ユウキ」
「ユウキか」
「そっちは?」
侍は少し考えた。
「……もう忘れた」
「え?」
「呼びたいように呼べ」
「変な人」
「よく言われる」
その夜。
ユウキは初めて少しだけ笑った。
侍はそれを見た。
そして気づく。
この少年もまた、自分と同じだ。
──そして
橋の上から、笑い声が響く。
いじめっ子たちの声。
侍の目が細くなる。
手が、ゆっくりと刀に触れた。
(侍の心の声)
「……あれが」




