37話 人間とは愚かなものである
その日は土砂降りで、雨が本堂を容赦なく打ちつけていた。
「ずっとこんな天気...さすがに気が滅入るな」
寺の住職である男は扉の隙間から外の様子を伺っていた。時間をおいて何回も確認したが、一向に弱まる気配がない。
そんな時、一人の女が歩いているのを見かけた。女は菅笠を被り、白い浴衣の裾は雨で濡れていた。
「すみません。いきなりで申し訳ないのですが、今晩ここに泊めてはくれませんか?」
「え、えっ」
男はすぐに答えられなかった。女が白い髪をしていて美しかったこともそうだが、いつの間にか男の目の前に移動していたことに驚いていたからだ。
「...いいですよ。予備の着物があるので準備してきますね。それまで囲炉裏の火で暖まっててください」
「ありがとうごさいます」
男は女を招き入れ、寺の裏手に回った。
男はあれほど美しい女性を見たことがなかった。そのせいなのか、自分の中にある『何か』が疼いているのを感じた。
「いや、今の俺は住職だ。お釈迦さまがそんなことを許してくれるわけがない」
男は邪な考えを捨て、女がいる本堂へ戻った。
女は目の前の大きな仏像を無言で眺めていた。
「......」
「持ってきましたよ」
「ありがとうございます。奥の部屋を借りてもいいですか?」
「どうぞ。少し散らかっていますが」
男はロウソクを用意して女に持たせた。
「……覗かないでくださいね?」
「そんなことしませんよ」
女が着替えに入ってから数分、男が部屋の前を通ると自分の目を疑った。
女の人影に、獣の耳が生えていた。
「何だ…?」
女に『覗かないで』とは言われたものの、男は自分の好奇心を抑えられなかった。そしてついに部屋の襖を開けてしまった。
部屋の中には誰もいなかった。
「ど、どうなって」
「所詮、人間は人間じゃな」
男の背後に女が、いや、女の姿をした狐が立っていた。
「ば、化け狐……」
ここ最近、人を惑わす狐の噂が広まっていた。けれど男は聞き流していた。
「お主はこれからどうなると思う?」
「………っ」
「遠慮せずに、我慢せずに我と遊ぶか?」
「誰がお前なんかとっ!」
「人間の人生は短い。短すぎる。じゃから印象に残ることをするべきのじゃよ」
すると女は仏像を睨みつけた。
ゴッ♭
その瞬間、仏像は粉々に砕け散ってしまった。
「こういう『余計なもの』があるからいけないのじゃ。人間は呑み食いして異性同士で愛し合えばいい。我慢なぞするものではない」
男は驚愕した。まさか女が睨みつけるだけで仏像が砕け散るなんて思ってもいなかった。あの目で見られたら、いずれ自分もああなってしまうと感じた。
「さて、我の正体を知ってしまった以上、もう戻れないのぅ?」
女は自分の唇を舐めた。目つきはまさに捕食者そのものだった。
その日の夜から、男は狂ってしまった。
この話、ここで終わってなかったらアッチの方向に行っていたかもしれない。それはご勘弁願いたい。
「さ〜て、明日もあるし寝よっ」
ホテルのベッドは丁度いい硬さで寝やすかった。十分もかからずに眠ったと思う。
それはそれとして、椎名もたさん、本当におめでとうございます。これからもリピートし続けますよ。




