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2. 形勢逆転

 

 どれだけ沈黙していただろう。

 全く動かなくなった二人を心配して、家令が近づこうとした時。


「はい、喜んで! 婚約破棄、謹んでお受けいたしまーすっ。では、ご機嫌よう」


 ケントには完璧な貴族の微笑みしか見せないマーガレットが、それはそれは嬉しそうな笑みを見せ席を立った。

 今にもスキップしそうな勢いで椅子から立ち上がり、家令に父親の書斎に向かうと告げる。

 そんなマーガレットの腕をケントが咄嗟に掴む。


「ちょい待てぃ! 待って、ハナ。ハナちゃんっ!」



 思わず出たその名前に、マーガレットはピタッと止まり、ギギギとゆっくり振り返った。その顔は笑顔ではなく真顔だ。


「あん? マーガレットですが、何か?」


 絶対マーガレットが言わない口調で下顎を突き出しながら、マーガレットことハナは掴まれた腕を払った。

 腕を払われたケントは、今度はハナの正面に回り込み、両腕を掴んで叫んだ。


「ハナちゃん、ごめん! 別れるとか嘘だから! あー、なんでもっと早く思い出さなかったんだろ、俺!

 そしてお久しぶり、ハナちゃん。トラックとぶつかった時、痛くなかった? あー、会いたかったー!」


 頭をブンブン振って苦悶の表情を浮かべていたケントは、後半ニッコニコで言う。

 突然の変わりように、話の内容がよく理解できない家令と侍女はケントの情緒を心配した。



 ついさっきまでのケントは、マーガレットに威圧的な態度で婚約破棄を言い渡していたはず。

  それが今では、威厳もへったくれもない態度で頭を下げまくって復縁を願い、そしてまるで再会を喜ぶかのように嬉しそうに笑っている。


 何よりケントに対して一定の礼節を持って対応していたマーガレットが、そんなケントに対してゴミを見るかのように冷たい目を向けている。


「マーガレットがハナちゃんだったなんて! 俺にはハナちゃんしかいないのに! ねぇ、覚えてないの!? ハナちゃんと僕は性格も体の相性も、何もかもバッチリだったのにぃっ!」


 叫ぶケントに、戸惑って見ていた家令と侍女はギョッとする。


「ちょっ! ちょっとケント様! 明日の卒業パーティーの寸劇の練習なら応接室でいたしましょう! ほら、こちらへっ」


 なんてことを言うんだ、今世ではエスコートすらして貰ったこともないのに。

  周りに勘違いされたら、嫁入り前の淑女として大問題だと、マーガレットは頭を掻きむしるケントの腕を掴んで屋敷内の応接室に連れて行く。


 家令に、卒業パーティーの寸劇はサプライズで秘密の練習をしているから、なるべく応接室に近づかないように言いつけた上で、マナーとしてドアを少しだけ開けてケントを向かい側のソファに座らせた。


 ソファに座ったケント改め健斗は、初めて彼女の部屋に来た彼氏のようにソワソワして、応接室をキョロキョロと見渡し、これが今のハナちゃんの実家かぁ、なんてウキウキしている。


 これはきっとアレだ、転生だとか生まれ変わりだとか、そういうものなんだろう。

 ハナが健斗と恋人として暮らしていた世界ではそんなアニメや小説が流行っていて、よく二人で見ていた。


 健斗の認識もそうらしく、案外この状況を正しく理解してすんなりと受け入れているように見える。

 前世では別れを受け入れて貰えないまま終わったとは言え、今世でも近くに健斗がいるのが腹立たしい。


 そして、どれだけ別れたくても別れてくれなかった健斗の分際で、今世ではハナinマーガレットに酷い扱いをしてさっさと婚約破棄しようとした健斗に対して、より一層怒りが湧いてくる。


「やっと別れてくれる気になったのかー、いやー長かったわー。別れるのに来世までかかるとか無いわー」


 マーガレットなら決してしない半目の無表情でハナが言うと、健斗がギョッとする。


「ちょっとハナちゃん! せっかく会えたのに、言っていい事と悪い事があるんだからねっ!」


「いやいや、婚約破棄を言ってきたの健斗でしょうよ。了承したので婚約破棄成立ってことでオケ?」


「いやいやいや、オケじゃ無い! ノーオケ! そもそも僕はハナちゃんとは別れないって、ずっと言ってたじゃん」


 グズグズ涙目になりながら健斗は言う。

 侯爵令息としての自信に溢れた、上から目線の顔しか見たことがなかったハナは、半泣きになり上目遣いでこちらを見てくるケントに、前世の恋人だった健斗が重なって見えた。


 ケントと日本人の健斗では人種の違いもあり、見た目は全くと言っていいほど似ていない。髪と瞳が黒、という共通点しかない。

 しかし一度健斗と認識すると、不思議なもので、もう健斗にしか見えない。

 目の前で情緒ジェットコースターになっている健斗にハナは聞いてみた。


「ねぇ。健斗には今の私はどう見えてるの? マーガレット? ハナ?」


 言われてハッと顔を上げた健斗は、じーっとハナを見つめる。


「そういやハナちゃんだね。さっき、記憶が戻る前はマーガレットだったのに……あれ? マーガレットが思い出せないや」


 健斗は混乱したのか頭を掻きむしる。これも前世での健斗の癖だ。侯爵令息はこんなことしない。


「あ、マーガレットはアッシュブラウンの髪にグレーの瞳だよね。でも、ハナちゃん前世でもアッシュに染めてたし、ツーブロックだったのがロングになっただけだね。瞳の色も、いつもグレーのカラコンだったし一緒。だから違和感がないのか。そうかそうか。ハナちゃんだー」


 健斗は立ち直ったのか嬉しそうに笑い、ハナの手を握ろうと自分の手を伸ばしてくるが、ハナはその手を叩き落とした。


「健斗と最後の別れ話をしてたらトラックにぶつかった……健斗、私のこと殺そうとして車道に押した?」


 突然出た物騒な言葉に、健斗はフルフルと何度も首を横に振る。


「ま、そんな大胆なことしないか。とにかく前に、いや前世に言った通り、フリーターのくせに仕事は続かない、私のアパートに転がり込んで来たのにお金も碌に入れない、挙句バイト代が入ったらパチンコに突っ込む……そんな人とは将来が考えられません。別れて下さい別れろ」


「ハナちゃん、語尾が強いよ。はい、僕はハナちゃんが大好きなので別れません。幸せにします幸せにして下さい結婚しましょう!」


 一気に言い返してきた健人に、ハナは話にならんとソファにドカッともたれて足を組む。

  ご令嬢のお行儀は、と健斗が小声で窘めるのを睨みつける。


「ねぇ、健斗さ。アン・ホワイトと結婚したいんじゃないの?」


 健斗はハッと目を見開く。


「アン……いたねぇ、そんな子! あのね、ケントは……侯爵令息の方ね。ケントの記憶にも、アンのこと好きって気持ちが無いんだよね、不思議と。僕はアンなんかどうでもいいんだからね、ハナちゃんしか要らない!」


「じゃあ何で、結婚目前で婚約破棄なのよ」


  言われて健斗は考え込む。


「うーん……あ、アンに言われたんだ。卒業パーティにはパートナーとして出たいから、マーガレットと婚約破棄してって。全くなんて女だよっ」


 健斗がぷんぷん怒りながら言う。いや、お前が怒るなよ、と突っ込みつつもハナは考える。


「それって、そんなに好きじゃないアンでもパートナーにしたいほど、マーガレットが嫌いだったってことでしょう?」


「僕はぜーんぜんハナちゃんの方がいい、僕はね。ケントは根っからの貴族だから、本来好き嫌いで婚約者を代えるなんてしないと思うんだ。実際、クラウン伯爵家とホワイト伯爵家なんて月とスッポンほど違うしね。マーガレットを捨ててまでアンと一緒になる旨みは無いよ」


 ようやく少し貴族らしいことを言った健斗は、でもね、と続ける。


「ハナちゃん……マーガレットもいけないんだよ。元々プライドの高いケントより成績や評判がいいのは仕方ないけどさ。だからって悪口言ったり、傷んだお菓子を差し入れたり、大事なレポートを破って捨てたりは、ちょっとやり過ぎ……」


 少し引きながら言った健斗の話を、ハナが慌てて遮る。


「ちょーっと! は? 一体いつ私が、マーガレットが悪口言ったり傷んだお菓子渡したり、レポート破ったりしたのよ!」


「えっ? えっ? マーガレットじゃないの? マーガレットがしたってケント怒ってた記憶があるよ」


 健斗がびっくりして言うが、ハナには本当に全く身に覚えが無いしマーガレットとしてもそんな記憶は無い。


「確かにハナちゃんなら、文句があったら絶対直接言うだろうし、そもそもマーガレットはそんなことする人じゃないもんね」


「それ、ケントは誰から聞いたのよ?」


「……アン。アンだよ! そっか、そうだったのか! どうしよう、これアンの策略だよ!」


 健斗にしては珍しく正解に辿り着いたようだ。


「あのクソおっぱいめが……大体、アンって男子学生の前と女子学生の前じゃ態度が違うからね。

 それにケントに纏わりつく前にも2つのカップルの婚約壊してるから。昔っから人のことライバル視してたから、やっとターゲットがこっちに来たのか、そうか」


「そんな子だったの?! ケントすっかり利用されてんじゃん。バカだなー」


 人ごとのように呑気に言っている健斗を見ていると、ふと前世の記憶とこの出来事がリンクする。


「......アンか。まるで健斗に纏わりついてた白田杏奈みたいだね」



 白田杏奈。私の口から出たその名前に、健斗の顔が一気に青くなり、ガタガタ震え出した。


「白田杏奈?! ハナちゃん、アンって白田杏奈なの?!」


 健斗は本日一番のリアクションを見せる。顔が面白いと思う一方で、笑い事ではないとハナは思い出す。

 健斗にとって白田杏奈は、前世でトラウマ級の恐怖を与えたストーカーなのだ。


「知らない。でもやり口似てない? おっぱい大きいし」


 怖いから隣に行っていいかと聞く健斗を無視して、ハナは前世での白田杏奈を思い出す。


 

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