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現れたのはクルールだった。どうやら一部始終を聞いていたらしい。
「君が回復術を覚えればいい」
「私が?」
「そうだ。お前さんは医療に携わっているだろう。だから回復術を覚える才能があると思うぞ」
ウェンディは目を丸くした。医療技術をひたすら鍛えてきた彼女は、回復術のような魔法を一切習得していない。もっとも、覚える気がなかったわけではない。むしろ、回復術を覚えれば医療の幅がさらに広がることは理解していた。
「でも、すぐに覚えられるものなの?」
「その若さで医療の現場に立つほどの腕だ。1日もあれば基礎は教えられるさ。それに、お前さんはもうこの2人を救えるだけの力を持っている。あとはやる気次第だ」
クルールの言葉にウェンディはしばらく考えた後、頷いた。
「分かったわ。彼らだけ危険な場所へ行かせるわけにはいかないものね。その回復術を覚えて、私も同行するわ」
彼女の決意を聞き、セトが静かに話をまとめる。
「話はまとまったようだな。では、明日出発だ。本音を言えば君たちに無理をさせたくはないが、作戦の成功を祈る」
「はい!」
こうして、明日、鶴小島への潜入作戦が決行されることとなった。ウェンディはクルールと共に回復術の特訓を受ける。一方、ジュンはルイーザとともにリハビリを行い、自分の力を取り戻すために励んだ。
作戦開始前の夜、ルイーザはジュンを連れて、街で一番眺めの良い場所にやって来た。そこは街全体を見渡せる丘の上にあり、ルイーザの家が建っていた。
「ここが私の家よ」
ジュンは初めてルイーザの家に足を踏み入れた。中は必要最低限の家具だけが揃えられた、シンプルな住まいだった。
リハビリの疲れを癒すように、2人はそこでしばし休憩を取った。ルイーザはすっかり回復し、短剣や弓を自由に扱えるようになっていた。だが、ジュンの方はまだ完全には恐怖を克服できていない。ルイーザのように、何かきっかけがあれば良いのだが…。
「まあ、焦っても仕方ないか」
ジュンは自分に言い聞かせるように呟いた。焦りは失敗を呼ぶ。それを最も理解しているのはジュン自身だった。過去に幾度となく焦りから失敗を重ねた経験があるからこそ、今度こそ冷静さを保つことを決意していた。
「明日は頑張ろうね、ジュン」
「もちろんだ。必ず成功させよう」
「でも…武器については大丈夫?もし失敗したら…」
「大丈夫さ。最悪、クルールみたいに素手で戦えばいいだろ?ポジティブにいこうぜ」
「ふふ、そうね。ネガティブになったところで状況は変わらないものね。成功することだけを考えるわ」
「そうだよ。頼りにしてるよ、相棒」
「ええ、任せて」
2人はお互いを信じ合い、明日の決戦に挑むことを固く誓った。この戦いは、2人にとって乗り越えなければならない大きな壁だ。その壁を越えた先に何が待つのかは、まだ誰にも分からない。そして、ついに翌日がやって来た――。




