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18:空中の攻防戦

 竜は巨体など物ともせず宝剣から放たれる剣閃を難無く避け、その鋭い爪でこちらを捉えようとし、躱したかと思えば尻尾で叩き落そうとしてくる。

 見るのと実際に体験するのは大違いだ。


 どんな事柄でもそうなのだとわかっていたが、これほどに差が激しい事柄も無いのではなかろうかと思う。ウーが自己判断し動いてくれていなければ、今頃ジーンは雪山に突き落とされ、跡形も無くなっていただろう。


「くそっ!」

「焦っちゃダメなのよ~」


 竜の突進を避けて舞い上がりながら、ウーが窘めてくる。的確な言葉ではあり、わかってはいるのだが、こうまで攻略の取っ掛かりが無いと急いてしまう。

 その背に乗った魔女が手を掲げれば周囲に鋭利な氷のつぶてが現れ、勢いよく手が振り下ろされるのを合図に、一斉に転回を終えた竜へと降り注いでいく。しかし、わずかに竜の行動を阻害しただけで、これといった損傷は与えられなかった。


「魔女は大丈夫なのか!?」


 彼女の力の源は自分の手にあり、余り力を使いすぎてはまた倒れてしまう。その心配も焦りの原因となっている。


「多少の無理は仕方ないのよ~。倒れてもギーが必ず受け止めるから、ジーンは竜に集中してなのよ~」

「わかってる!」


 サーは少し離れた所で、人里へ被害が及ばない様に控えてくれている。だから攻撃は魔女とジーンが交互に行うしか無く、その拍子がずれれば一気に戦況が決壊しかねない。


「一体、どうすれば……!」


 記憶で見た騎士は事も無げにその斬撃で竜を切り裂いていた。同じ様にしているつもりなのに攻撃が通らないのは、やはり自分の技量のせいなのだろうか。

 自分では竜が倒せない。

 弱音が口を飛び出しそうになる。

 魔女はジーンと一緒に春を取り戻そうと約束してくれた。

 それは『春告げの騎士』が居なくなってしまったから、その代用品として仕方なしにされたものでは無かっただろうか。


 嫌な考えが浮かびあがり、心に染みとなって残っていく。

 翠の竜の姿に、若草色の瞳をした人の姿が重なって見える。お前では勝てないのだと、示されている気がしてくる。


「ジーン!」


 魔女の叫びでハッと気づいた瞬間、強かな衝撃が横から入り、体が宙へ投げ出された。振り抜かれた竜の尻尾は太く、とっさに強張らせた体がビキビキと軋み、悲鳴を上げていて、身動ぎすらできない。


「ジーン!」


 落下するジーンを魔女は掴み、拾ってくれた。


「大丈夫!?」

「……すまない!」


 完全に自分の隙のせいで迷惑をかけてしまい、痛さだけでなく、悔しさで歯を食いしばってしまう。


「避け切れなかったわ、ごめんなのよ~」


 同じく吹き飛ばされていたウーが戻って来て、ジーンはその背に戻る。


「こっちこそ済まない。ウーは大丈夫か?」

「平気だわ~。私、頑丈なのよ~」


 明るい声を出してくれるが横腹は汚れ、白い毛に赤が混じっていた。全く無傷という訳にはいかなかったようで、申し訳なさで眉間に皺が寄ってしまう。


「ジーン、思い出して」

「え?」


 ふいに魔女の手がジーンの前髪をそっと掻き分ける。


「あなたには私の祝福がある。竜の念に飲み込まれないで」

「あ……」


 額に熱さを感じ、同時に体に温もりも戻ってくる。じんわりと広がる暖かさに、強張りが解けていくのがわかる。


「俺は……アイツに引きずられていたのか」


 竜の体から滲み出る恨み辛みは瘴気となって漂っていて、知らず知らず浸食を受けていたらしい。やはり情けない気持ちになってしまう。


「気をしっかり持って。弱い部分から飲み込まれていくわ」

「ああ、わかった」


 左手で頬を叩き、気合を入れ直す。

 反省は後で出来る。今は目の前の事に集中しなければならない。


「そろそろ行くでござる。サーが危ない」


 ジーン達が態勢を立て直す間、サーは控えるのを止め、竜の気を引いてくれていた。彼には彼の役目もあるし、いつまでも任せてはいられない。


「行くぞ、ウー!」

「はいなのよ~!」


 ジーンと魔女は左右に分かれ、竜へと向かっていく。同時にサーは離脱し、また距離を取った。

 こちらが攻めあぐねているのと同じ様に、竜もジーン達を屠りかねていて、ちょこまかと離れては煩わせて来る存在に苛立ち始めている様だった。


 低く唸り、竜は鼻息を荒々しく吐き出していく。翼をはためき、高度を上げ、雲のすぐ下で停止をすると歯を鳴らした。すると空が唸り始め、灰色の雲の合間に閃光が走ったかと思うと、竜の咆哮と共に数多の雷が降り注いだ。


「ビリビリするのよ~!」


 慌てながらも的確に隙間を縫って、ウーは雷を避けていく。獲物を捉えられなかった光は地面に落ち、雪を散らせて白い煙を捲き上げた。


「どうにかして、隙を作れれば……!」


 竜の攻撃を躱しながらも必死で頭を動かし、突破口を探る。

 幸い、気を取り直したジーンの攻撃は多少なりとも竜に通じるようになり、小さな牽制を繰り返す。その間に竜の動きに注目していると、こちらの攻撃が全て背面や背中で受けられている事に気付き、更に注意して見れば、腹部を庇う様な動きをしている事もあった。どんな生物にも弱い部分というものは存在し、竜にとってはそこがそうなのだろう。そして、おおよその生物が弱点とする場所は他にもある。


「ウー! 魔女に伝えてくれないか!?」

「はいなのよ~!」


 ジーンは竜の尻尾から出された衝撃波を切り裂きながら、手早く作戦を伝えていく。それはすぐにウーが思念で伝達し、了承の旨が返ってくる。


「良し。じゃあ行くぞ、ウー! 上へ!」

「お任せあれ~!」


 風を纏い突進してきた竜を避け、一旦下へと動いたウーは大きく転回し、一気に空を駆け昇っていく。同じく転回してきた竜が後を追いかけて来て、二体は雲を目指して一直線状に並んだ。


「ギリギリまで、引き付けてくれ!」


 ジーンは段々と距離が縮まるのを見ながら、剣を体の前に掲げる。


「食べられちゃうのよぉ~!」


 竜がこちらを射程に捉え、その鼻先が目前に迫り、大きく口を開こうとした瞬間、剣から眩い閃光が発せられる。


「ぐぎゃっ!」


 至近距離の強い光を防げなかった竜は視界を眩ませ、体を仰け反らせる。そこにすかさず魔女の氷のつぶてが降り注ぎ、顎や脇腹を打ち付けて態勢を崩させていく。


「はぁあああああ!」


 旋回し、竜へと向き直ったウーの背で、ジーンはもう一度剣に力を溜める。そして両の手で握りしめ、大きく振り抜いた。


「ぎぎゃああああ!」


 剣から放たれた衝撃波は露わになった竜の腹にぶつかり、そのまま巨体が山の斜面へと叩きつけられる。轟音とともに白い粉塵が巻き起こり、滑り落ちてくる雪と煙が竜の体を包み込んで隠した。


「やったか!?」


 確かな手ごたえを感じて、ジーンは気分を高揚させながら白い煙の先を見やる。


「ジーン!」


 隣へ来た魔女も喜色を浮かべており、健闘を讃えてくれるような笑顔を見せてくれる。


「ジーン、あなた——」


 魔女が口を開きかけた瞬間、ジーンはぞわりと総毛立った。

 白い煙の中から飛び出してきた竜は一目散に魔女へと向かい、獲物を噛み砕く強暴な(あぎと)で彼女を捉えようとしていた。


「アイネス!」


 永遠にも似た刹那、魔女の華奢な体が砕かれる光景が脳裏に過ぎる。それを現実のものとしたくなくて、必死で手を伸ばすが二人の距離が縮まる事は無く、大きく開かれた口腔に慄く魔女の顔が隠れていく。

 しかし、その口が閉じられる事は無かった。


「……え?」


 身を竦ませ、目をきつく閉じていた魔女は、恐る恐る瞼を開ける。

 錆び付いたぜんまい仕掛けの様に、竜はぎくしゃくとぎこちない動きでゆっくりと体を下がらせていき、剥き出しだった牙が隠されていった。


「ア……ネ……ス……」


 荒々しい咆哮ばかり発していた竜の口から言葉が漏れる。


「アイ……ネス……」

「——あなたなの……?」


 信じられないといった面持ちで、魔女は竜を見詰める。

 竜の纏う雰囲気は一変しており、滾り、溢れ出ていた怒りが薄れ、柔らかなものへと変じていた。


「まだ、残っていたのね……」


 完全に飲み込まれたと思っていた『春告げの騎士』の意識が竜を押しのけ出てきている。奇跡のような出来事にジーンは光明を見出し、魔女の側へと急いで寄る。


「これなら、助け出せるんじゃないのか!?」

「駄目だよ……」


 しかし、静かにはっきりと騎士は否定する。


「そんな事をしたら……いつまで経っても、竜は居なくならない……。春を、狙い続けてしまう……」

「だが、あなたは生きている!」


 意識が残っているのだから、まだ生きているのだ。竜に飲み込まれても、竜の中でまだ抗っている。だからこそ、竜もすぐには復活しなかったのだろう。侮り、呪い、蝕み、飲み込んだ相手が楔となって、行動を妨げたのだ。


「僕は……僕の代わりは、もう……いる……」


 竜の瞳が、『春告げの騎士』のように柔らかな瞳が、魔女へと向く。


「彼なら……大丈夫だろう……? ねぇ、アイネス……。お願いだよ……」


 魔女と竜は見つめ合う。


「僕を殺して……」


 残酷な懇願が静かに響いた。

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