12-5話 時代小説とSFとミステリーと現代アクション
江戸深川の天狗横町、ひょっとこ長屋のだるま職人・大五郎は、朝は屑屋、昼を過ぎると瓦版売り、夜には流しのうどん売りをしながら、夜なべで年の瀬までに注文の品をきっちり揃える、たいそう腕の立つ何でも屋だが、それは表の顔。彼の長屋の畳をめくった下、地下数十尺にはタイムパトロールの秘密基地があり、歴史改変の企みを阻止する裏の顔があった。直心影流の免許皆伝の腕を持つ剣の達人・関谷久左衛門は旗本の名門ではあったが次男坊の気安さで、伴も連れずお寺参りと称して大五郎の住まいにしょっちゅう顔を出すが、これもまた裏では江戸騒乱の趣があると将軍直々の命を受けて動く暗黒奉行八人衆のひとりという顔を持ち、その日は夜明けまで仕事だった。夜中に人知れず大名屋敷の蔵に忍び込み、金ではなく貴重な古文書を一晩だけ盗んでは返し、その礼と称して木の葉を一枚置いていた怪盗・木の葉小僧の正体が、未来から来た狐狸の類ということで、久左衛門は合点がいった。そのようなものは放っておいても害はない、問題なのはこの瓦版とその筆者、と、大五郎は声をひそめた。同じ狐狸、化物の類でも、こうまで未来予知が広まると歴史が変わってしまう、との話に、久左衛門はうなずいた。と、何やら戸口でただならぬ音。
「矢文とはまた古風だな。『於沙摩羅御待致候』…何のことだかさっぱりわからぬ」と、久左衛門は言った。
大五郎は思い出した。
*
天使の街は遙か南だが、今ここに天使がいた、と、一晩中待っていた秘書のワカコが机の上でうたた寝しているのを見て、僕は思った。僕は私立探偵で、日本人の血を継いでつけられた名前は冥界を意味するヨミ、そして地獄めぐりは日の出とともに終わった。左の腕と脇腹には何発か鉛の弾を食らったが、満月の夜の荒仕事なので、僕を仕留めるには銀の銃弾が必要だったろう。港湾の密輸団とそれを利用していた組織は壊滅し、ボスは以後別のルートを探すか、あるいはさらに上部組織の構成員によって殺されるだろう。僕はお宝の翡翠のマリア像を、抱えていた左脇から右手に持ち替えて、そっと僕の机の上に置いて紙パックのコーヒーを入れようとしたが、ワカコはすでに僕が事務所に入ってきたときから気がついていたらしく、それなら私が、と言って、僕の顔を見て少し驚いた。とりあえず、血のしたたるようなレアの分厚いステーキと24時間程度の休憩を体は求めているが、まずはカフェイン注入だ。トレンチコートも帽子も取らないまま、つい先ほど届いた朝刊に僕は目を通しはじめた。新聞のトップ記事は昨日の夕方に起きた貨物船の火事で、ネットのあちこち、動画を含めてざっと見てみても、くわしい情報は載っておらず、僕のところへ警察関係者が事情聴取に来ることもないだろう。僕は全ての作業を、兎のマスクと使い捨ての手袋を使っておこなった。しかし新聞の1面下、広告欄にはこんな奇妙なものが載っていた。
「サマラの町で会おう」
僕、ヨミ・トシノは思い出した。




