10-3話 霊獣図書館に関する、館長のもっともらしい説明
館長はトヨダ、豊田四郎という、いかにも偽名っぽい名前で、どことなく数年前に亡くなった日本のSF作家の小松左京に似ていた。
「まず、皆さんに霊獣図書館の入館証をお渡しします。物語部のかたにはボランティア要員としてゴールドカード、物語部のサポートメンバーには一般利用者としてシルバーカードです。これは便利ですよ。そうだな、ちょっと私のカードでやってみましょうか。この柱にはりつけて…と、これはたいていの平らなところにははりつくようにできてます。でもって、隅のほうを引っ張ると画面が大きくなるので、下のアイコンの抜け穴モードを押します」
館長は柱に開かれた穴を見て言った。確かにその穴には、図書館のカウンターのようなものが見えた。
「このように、どこからでも図書館に来ることができます。使ったあとはまた、この端に指を当てて、縮小すればただのカードになります」と、穴から出てきた館長は入り口近くに一同を呼んで説明した。
「ただし、ヒトのかたが利用できるのは日没から夜明けまでです。霊獣、神、人工知性体のかたは24時間、365日利用できます。細かい説明と質問は、会議室でやることにしましょう」
全員が入れる会議室は、豪奢ではないが職員専用の会議室のような簡素なものではなく、すわり心地のいい椅子と、資料を並べやすそうな机があった。
「お分かりでしょうが、私たちはヒトと比べると、えらいかたでもそんなに大きくなかったりする場合もあるので、簡単に椅子の幅と高さ、それにテーブルの高さは調節できるようになっています。ここには閣僚の秘書や官僚の下っぱというか使い走りというか、まあ若いキャリアのかたも来ますから、あまり貧相ではない会議室もあるのです」
豆だぬきが持ってきたお茶とお茶菓子(たぬきの形をした東京銘菓の例の奴を模したもの)、それに筆記具を一同は受け取り、3年生の樋浦遊久は心配そうな顔でお茶菓子をじっくり見た。
「大丈夫ですよ、バフンとかそういうことないですから。まず、カードの名前を確認して、裏に直筆で自分の名前をフルネームで書いてください。日本語でなくてもかまいません」
人工知性体でクマのぬいぐるみであるワカクマ(仮)は16ケタの数字を書き、神であり物語部の顧問でもある山田洋司(通称ヤマダ)は、本名を書くと雷が落ちることになっているので、単に「ヤマダ」とだけ書いた。
「それではざっくり説明をします」と、館長は話した。
「ここには現時点で確認できる限りの日本の図書があります。建物は外は3階建てですが、地下は、ええと300何階ぐらいだったかな。日々下の方向に増築しているので、正確には担当者に聞かないとわかりません。ここで働いている職員は約800人、というか800匹ですかね。少ないように思われるかもしれませんが、適当に分身して、8万匹ぐらいで働くこともできます。それにボランティアが数百人、これはヒトのかたに、この館に限りお願いしています。同規模の、というよりこれと同じものが日本全国には28あります。蔵書数は複本などを除いて現時点で約4億点、雑誌およ雑本は約10億点です。実在する書物を、可能な限り模した、まあ言わばバーチャルなものですが、全部手に取ってさわれますよ。あとでじっくりご覧ください」
「その前にひとつ」と、市川醍醐が聞いた。
「あの、海から出た大入道は何だったんですか」
「あれはまあ、演出と実用ですね。霊獣図書館には一度直接来てもらわないと抜け穴カード、いわゆる利用カードが作れないことになっています。夜道を岬の丘まで登るのは大変だし、普通のヒトが指で作る「きつねの窓」では、ヒトは通り抜けられませんからね」
「映像資料とかウェブデータなどもあるんですか」と、年野夜見は質問した。
「公開されたことになっている日本映画は全部、歌とか音声に関しては非売品だったものも含めて全部、デジタルデータで修復して保存してあります。音声・映像は日本では100年も歴史ないし、デジタルなので簡単です。小津安二郎の、ヒトの世界では見ることができない、失われたことになっている映画とかもあります。ヒトの場合は版権切れているものだったら、そのカードを適当な大きさにして、モニターモードにすれば自宅でも見ることができます。ウェブデータに関しては、残念ながら漏れがあるかもしれません」
「そ、そんなすごいものをどうやって入手したんですか?」
「タイムマシン、みたいなものを使って、とでも申しましょうか。失われたことになっている古文書でも、これは実際にバーチャル図書が並んでいるところに行っていただいたほうがいいんですが、このカードを使えば書物として読めます。カードをまた適当な大きさにして、検索モードにすると下がキーボードになるので、たとえば『天皇記』と打つと、この図書館の本棚に並んでるのが見えますね」と、館長はホワイトボードに自分のカードを使って説明した。
「ああ、この時代のは和書を模してるんで箱に入ってるんだな。で、キーボードの上の部分が抜け穴モードになってるんで、ひょいっとつまんめばバーチャル図書が持ってこれます。つまんだとたん即座にバーチャル図書の同じものが同じ場所に置かれます」
「『天皇記』というと、『古事記』『日本書紀』よりも古い、乙巳の変の際に蘇我蝦夷が自害する際に焼かれた幻の歴史書じゃないですか!」と、説明モードになった遊久は言った。
「どうぞ。バーチャル図書は映画と同じく、ヒトの場合は版権が切れているものなら自宅でも読めます。返却は不要で、ヒトの場合は日の出とともに消失します。モニターだけで、電子書籍みたいな感じで読むことも可能です」と、館長は遊久に、少し青白く蛍光している和書みたいなものを渡した。
「うーん…せっかくですが、漢字ばかりで読めませんです…」
「そういうときには、なんでもメガネ」と、館長は未来から来たネコ型ロボットのような声で言って指を鳴らすと、煙と一緒にメガネのようなものを出した。
「おお、これは漢字にふりがなみたいなのがついてて、何となく読めるぞ」と、遊久は感心した。
「メガネのモードは、全部ひらがな・総ルビ・小学校で習わない漢字だけにルビ、の3つがあります。草書でも英文その他外国語テキストでもどんどん読めるはずです。ただ、日本語以外の文字は、翻訳システムが完全ではないので、変な日本語になります」
「すごい科学技術…ほとんど魔法ですね」と、藤堂明音は言って質問した。
「ところで、霊獣というのはそもそも何なんですか」




