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ながらくお待たせいたしました。
ヨルと共に屋敷についてから、リシールの顔色は悪い。
笑顔で祖父が待ち受けていたからだ。普段なら戸惑うこともなく抱き着いただろう。
しかし、今それを行うのはとんでもなく人の機微に疎い者か命知らずの者くらいだ。
「おかえり、リシール」
「た、ただいま戻りました」
ガクブルと震えながら帰還の挨拶をする。正直、祖父の顔を見ることができない。――怖すぎて。
今まで見たことのないくらいの笑顔であるカザルス。しかしその背後は暗黒の靄が渦巻き、心なしか冷気が発せられている。
怒っているだけならここまで恐怖に震えることはなかっただろう。しかし笑顔の祖父をほとんど見ることのないリシールにとって祖父の笑顔は恐怖の対象にしかなりえなかった。
「ヨルも、よくリシールを迎えに行ってくれたね」
「もったいなきお言葉です」
ヨルもカザルスにかしこまって返事をする。ちなみに跪くオプション付きだ。
「さて、リシール。後ろの魔獣はいったいどうしたのか簡潔に話しなさい」
「契約しました」
「……」
カザルスに言われたとおりに簡潔に話したリシール。カザルスは笑顔のままだ。ヨルはリシールとカザルスを交互に見ながらおろおろする。リシールの言葉に簡潔だと思いつつもカザルスの冷気が増したのに身を震わせる。
「リシール、言い方を変えよう。なぜ、魔獣と契約するにいたったのか。私は、それを、聞いている」
リシールにかかるプレッシャーが増す。5歳の幼子に向けてはならないほどの圧力だ。
リシールの涙腺が緩み、大きな目が潤み始める。その表情をつい至近距離で見てしまったヨルはあまりの威力に卒倒しかけたが、なんとか理性を総動員してよろめく程度にとどめた。他の使用人達もカザルスの不機嫌に青ざめる者がほとんどでしかないが、古株の使用人たちはリシールの表情に気付いたのであろう。頬がほんのわずかに緩んでいる。
『我の主をいじめるな。カルラの末裔よ』
リシールが本格的に泣きそうになったときに、アズベルがようよう口を開いた。
「聞き捨てならないな。私がかわいい孫をいじめる?そんなことがあるわけないじゃないか」
『ふざけるな!現に主が泣きそうになっているではないか!?』
プルプル震えるリシールの後ろでアズベルは吠える。
「愛らしいではないか。瞳一杯に涙を浮かべ、それでも目をそらさずにいるリシールのなんと可愛らしいことか。思わずいじめたくなるのが人間の性と言うもの」
カザルスはアズベルにたんたんと返す。本来、聖魔獣とは敬うべき存在であるのだが、カザルスは普通に接する。アズベルもまた、言葉では文句を言うものの、実際に危害を与えることはない。
「あの、旦那様……?」
「なんだね、ヨル」
声を出すのもはばかられるような空気の中、ヨルが挙手して声を上げる。
「旦那様は、お嬢様の契約獣と面識があるのですか?その、親しいご様子ですので……」
カザルスの笑顔がだんだんと冷笑に変わっていくため、声が尻すぼみになるヨル。
「私が、この害獣と”親しい”……?」
「ひっ」
短い悲鳴を上げたのはリシールだ。
暗黒の靄が渦巻くだけだった祖父の笑顔が、黒い瘴気をまき散らす不穏な笑顔へと変化しているのだ。心なしか使用人たちの顔色も悪いものになっている。ヨルなど卒倒しかけている。
『カルラの末裔よ、魔力をまき散らすな。我らが親しいかはともかく旧知の仲であることは事実』
「え、アズベルとお爺様は昔なじみなのですか?」
リシールの言葉に、アズベルは鷹揚にうなずいた。
レポート、課題が大量にありますので、次回更新大幅に遅れます……たぶん。
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