笑わせないでっ
田植えに来ています。
ピンチです。
後ろからは『さなえ』が迫って来ています。
このままでは敷かれてしまいます。
早く
田んぼから脱出しなければ…っ
「ほらー、っはは、お父さん来てるよー?」
「わかっ、わかってる!これでも、急いでる!」
「だからお母さんが行ってあげるって言ったのにー」
「ふっ…ふふ…っ…だって、娘が行きたかった!」
「敷くぞ〜」
「待って!待ってー!!」
娘は
田んぼから上がれなくなって
もがいています。
父が
「それ拾っておいて〜」
と、そのまま進んで行ってしまったからです。
田植え機から
何故かポトリと落ちてしまったパーツ。
苗を植えているところなので
バックはしたくないのでしょう。
父が田植え機でUターンして帰ってくる前に回収して
田んぼの外に出なければ行けません。
仕方がない。
喜んで入りましょう。
実は、
娘は久しぶりに
田んぼに突入したかったんです。
もう素足では入れませんが、
今日は長靴も履いています。
幼少期の楽しかったあの感覚を
もう一度味わえるチャンスです。
心配する母を他所に
ズブズブと突き進んで行きました。
ムニュムニュ沈む泥の感じが楽しいです。
「よ〜し。回収〜」
5メートルほどきましたね。
パーツをゲットしたので
後は戻るだけです。
この時点で娘は、
泥に足を取られて若干疲れていましたね。
早く進みたくても
なかなか抜けない長靴。
後ろから迫ってくる田植え機の音。
前方では爆笑する母。
後方で田植え機に座っている父。
今の娘には
振り返る余裕がないので見えませんが
ニヤニヤしている事でしょう。
こんな筈ではなかった。
昔はもっとズンズン田んぼの中を進めた筈なのに!
足が、ちっとも、抜けません!
田んぼの中でもがいている娘を見かねて、
「こーやって足を抜くの!」
陸の母から
足の動かし方のアドバイスが飛んできます。
(ぶぅうううぅうううぅうううんんん…ぅぅぅぅぅ…)
真後ろでは
父が田植え機のスピードを緩めてくれたようです。
でも、
「早く〜!」
と、急かして来ます。
ちょっと待ってください。
これでも一生懸命なんです。
娘だって陸に帰りたいんです。
「ふ…ふふ。なんで長靴抜けないの〜?!」
田んぼの中で
一輪挿しのようになった自分を
妄想してしまい
笑いが漏れ始めてしまいました。
「あなたはねー、もう大人だから!子どもみたいに軽くないのー!重いのよ!」
「あっはは、それはそう!待って、今これ以上笑ったら、力抜けて歩けなくなる!」
「早く〜」
「ふ…あはは。待って…頑張るから…ははは」
格闘の末
なんとか
陸へ戻ることが出来ました。
疲れた。
「もうここからはお母さんが入るからねー」
「はい。お願いします」
疲れたけど、
楽しかったです。
『ちゃっちゃっちゃっちゃっ』
『ちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃちゃっ』
苗がリズムよく植っていきます。
「もうーお父さんまたスピードあげてー。機械が壊れるー」
母は、毎年機械が壊れないか心配しています。
父の田植え機を動かすスピードが早すぎるんだとか。
確かに早いかもしれない。
そんな父の乗っている田植え機。
名前は『さなえ』です。
田植え機をチラリと見た時
ひらがなで『さなえ』とペイントされていました。
思わず、二度見した娘です。
今年の田植えも
『さなえ』が大活躍しています。
そして母は
長靴ではなく
田靴で田んぼに入っています。
娘はまた長靴で来てしまい
一歩、田んぼに踏み込んだだけで
足首あたりにあいていた小さな穴から
田んぼの水が大量に入って来て
長靴の中が濡れました。
まさか穴が空いていたなんて…
足首あたりにあいた小さな穴…
あんな小さな穴なのに
こんなに大量の田んぼの水が入ってくるなんて…
娘は、気分が急降下しています。
田靴で…来ればよかった。
結局、
この日は田んぼに入れずに終わりました。
自分の重みは
田んぼの中で嫌というほど感じましたけど、
やっぱり
また入りたいです。




