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09.神の与えし試練 Ⅲ



 あからさまに困惑するあたしを差し置いて、真珠騎士団の団長は興奮した様子でまくし立てる。


「この方の顔、うっすらと記憶があります……私の乗っていた船が転覆した際、救助されたことがありましたよね? あの時、私を救ってくれたのが彼女です!!」


 そのうっすらとした記憶って、指名手配のポスター見たからなんじゃないの……と思い至るが、今はとても言えなかった。だが今否定しなければ、同じくらい厄介な事態に陥るだろう。


「は!? いやいや絶対それあたしじゃないし! 可能性があるとすれば、どっちかというとこっちの女の子―――」


 その言葉を言い終わる前に、慌ただしくジェスチャーで語りかけてくるシレンさんが視界の隅に入ってきた。顔を真っ赤にして頭と手を左右に振っている。言わないで、という意味なのだろう。


「し、シレンさん!? なんで止めんの!?」

「おお、君も祝福してくれるのですねシレン! 私たちの運命の再会を……!」

「だーかーらー! 違うってー!」


 それでもあたしではないと説明するが、その後も団長は一切話を聞かず、ひとしきり上っ面の愛を連ねてから、部下を引き連れてさっさと家を出ていってしまった。

 部屋には、真っ赤になったシレンさんと、真っ青になったあたし、そして寝込んでいる三名だけが取り残された。


   ◇


 その日の夕刻。

 多少体が動くようになったあたしは、シレンさんの自宅手前の小さな崖に座り込み、冷たい潮風を浴びながら途方に暮れていた。


 ……今置かれている状況、全てが最悪だ。

 船が難破してしまったことは説明するまでもない。それよりも今、あたしたちがこの場所にいるのが問題だ。


 ここは真珠騎士団が常駐している北の町で、残念ながら国外ではない。むしろ奥まった場所へ入ってしまった。その上、これまたあらぬ方向で騎士団長に目を付けられてしまうなんて―――

 この男難体質のせいで、これまでも地方の騎士団の下っ端に目を付けられることは多々あった。だが最近は特に酷い。白雪騎士団のクロなんとか、ナルディストに続き、団長格に目を付けられている。


 不幸中の幸いは、引き上げられる時、凍死しなかったことくらいだ。これが真冬だったら、あたしの転生ライフは海底で終わっていたことだろう。


 シレンさんによると、真珠騎士団のあの思い込みの激しい団長は〝ケセ〟というらしい。団長としては優秀で人も悪くないが、昔から恋多き男らしく、真珠騎士団直下のこの地域では、そちらのほうが有名なのだと。

 そしてあたしの予想通り、彼を助けたのはやはりシレンさんだった。何故そのことを言わないのかと尋ねたが、シレンさんは〝話が長くなるので、そちらは追々〟と記して説明を締め括った。

 シレンさんのことを話せば、一発で誤解は解けるんだけど……どうも、彼女は話したくない……というよりは、話せないように見えた。


 どうしたものかと考えながら、前方に広がる海面を眺める。こんな状況でなければ、もっと穏やかな気持ちでこの綺麗な海景を堪能できただろうに……


「童話パロするなら、フツーは人魚姫側だよねぇ……」


 今の状況……声を失った女性が溺れた男を助けて、でもその男は別の女性に恋をして……まるで人魚姫だ。

 しかも原作通りならばまだしも……この場合、あたしはあのアホ騎士団長に対して好かれるようなことは一切していないので尚更たちが悪い。まるっきり彼の勘違いで、シレンさんのした善行を丸ごと掠め取ってしまったのだ。

 ……それにしても、人魚姫だなんて久々に思い出した。自分自身の記憶は希薄なのに、こういう元の世界のちょっとしたおとぎ話ははっきり覚えているんだな、と不思議な気持ちになる。


 誰に投げかけたわけでもない独り言だったが、それを拾う者が現れた。


「何だ、人魚姫というのは」

「ウワッ! 出たっ!」


 背後から気配もなく現れたのは、マゾ男だった。

 実際の所は分からないが、見た限りでは難破前と変わらず、平然としている。あたしもまだ本調子ではないし、船長とレデヤ君だってまだベッドの上で項垂れているというのに、相変わらずタフなやつだ。


 さっきの独り言に関しては適当にはぐらかしても良かったのだが、なぜだか誰かと話をしたくてたまらない気持ちになってきたので、マゾ男に人魚姫の粗筋を説明することにした。

 この海景、そして前の世界のことを思い出して、少し感傷的になってしまったのかもしれない。


「人魚姫っていうのは……あたしが元いた国に古くから伝わる……いや、厳密には他所の国のおとぎ話なんだけど―――」


 ひとまず前の世界の詳細は誤魔化しておいて、あたしは人魚姫の物語を語り始めた。


 ―――ある海に、人魚と呼ばれる種族の姫君がいた。

 人魚姫はある時、船に乗ってやってきた人間の王子に一目惚れをするが、船が難破してしまい、王子は溺れてしまう。

 すぐに人魚姫は海中から王子を救い出し、浜辺へ打ち上げた。程なくして彼は人間の女性に救助されていき、人魚姫は安堵して海へ帰っていった。


 帰ってからも王子のことが忘れられなかった人魚姫は、海の魔女に自身の声帯と、人魚の足ともいえる尾鰭を差し出し、代わりに人間の足を貰った。

 だがその足は、歩くたびに激痛が走る足だった。人魚姫は陸へ上がったは良いものの、浜辺で倒れてしまう。

 それを救ったのは、なんとあの王子だった。


 人間としての家を持っていなかった人魚姫は、めでたく王子と暮らすことになる。

 だが王子は、人魚姫が陸へ上げた後に彼の救護をしていた人間の女性に恋をしており、最終的にはその女性と一緒になってしまった。


 悲嘆に暮れていた人魚姫のもとに、姉妹たちから魔法のナイフが差し出される。これで王子を刺し、その返り血を浴びることで、人魚に戻れると言うのだ。だが人魚姫はそれを拒み、海に身を投げ、泡となって消えていく―――


 細部は省略したが、この内容で合っている筈だ。

 そしてそれを聞き終えたマゾ男の開口一番の感想は、これだった。


「そんな話は聞いたことがない」

「そんな感想があるか」


 長々と説明された後、その内容に一切触れないのには驚いたが、この男なら言いかねない、言うだろう、という謎の納得もあった。


「あんたね、全知全能の神サマじゃないんだから……自分の知らない話なんて、普通そこらじゅうにあるでしょ」

「ふむ……まあ、若者の間での話なのかもな」


 昔のおとぎ話を若者の話だと片付けるとは……あんた何歳だと突っ込みたくなったが、これ以上は付き合いきれないので諦めた。


「……愛か……」


 だが話自体は意外にも刺さっていたらしく、マゾ男が感慨深そうに独り言ちる。


「人は……自分の声や体の一部を賭すほど、愛に突き動かされることがあるのか?」

「そりゃあ……」


 ある、と断言したかったが、あたしには、恋愛的な意味で誰かを愛した記憶は……少なくとも、今は思い出せなかった。でも否定はしたくなかったので「まあ、あるんじゃない」と答えておく。

 それにしても……


「あんたもレデヤ君も、人魚姫みたいな慎ましさを覚えてほしいわ。勝手に恋人だの……こ、子供つくるだの……」

「今は逃亡中だからな。子供は落ち着いた後だ」

「そうじゃないっての!」


 やっぱり、まだヤル気満々らしい。

 強い子供を作るだとか何とか……世界最強の親子喧嘩でもしたいのかこいつは。


 だけど、マゾ男よりも今は騎士団だ。あの様子だと、明日にでもケセはまたやってくるだろう。シレンさんが話したくない以上、別の対策を考えなければならない。

 ……多分、指名手配犯だとぶっちゃけても、あの男は折れない気がする。

 あたしとレデヤ君が完全に回復するまでは、この町を出ることはできない。船長は置いていっても問題ない。むしろ、あたしたちに着いてくる方が危ないだろうし……


 思った以上に問題は山積みだ。さて、どうしたものか……

 水平線に沈んでゆく夕陽を前に、再び途方に暮れるのだった。




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