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05.小人印の靴屋さん Ⅳ


「居たぞ!! 賞金首だ!!」


 それとほぼ同時に、背後のドアが蹴破られる音と、男の野太い叫び声が聞こえてきた。

 そして続けて聞こえたのは、兄妹たちの悲鳴。


「えーっ? あのひとたち賞金首だったんですかぁ!?」

「きゃあー怖い! 騎士さんたすけてー!!」


 階段の中腹で振り返ってみると、それまで冷静だった兄妹たちが、怯えた様子で騎士たちにしがみついていた。演技をしてまで足止めをしてくれているらしい。そこまでしてくれるなんて、申し訳なくなった。

 相手は騎士団だ。一般市民に危害を加えることはまずないだろう。どうか彼らはこれ以上、何事にも巻き込まれませんように……


「エナ、こっち」


 階段を上がると、廊下の突き当たりでレデヤ君が待っていた。彼の隣にはマゾ男の姿は無く、代わりに開け放たれた大きめの窓があった。既に屋根伝いに逃げたらしい。

 レデヤ君に促され、あたしもそれに続いて窓の外に身を乗り出す。彼に肩を抱かれながら、窓の外に出た。


「うわっ、とっと……」


 屋根に足を下ろしてみると、見た目以上に傾斜があった。危うく転げ落ちそうになってしまったところを、レデヤ君がすんでのところで腰を引いて支えてくれる。


「危ないよ。おれに掴まってて」

「あ、ありがと……ぎゃっ!」


 彼に抱かれた直後、窓から槍が飛んできた。騎士が上がってきたらしい。

 レデヤ君はそれをひらりと躱し、回転ついでに槍を文字通り足蹴にしてから、屋根の棟を伝って逃走を始めた。


 ほどなくして騎士が追ってきたが、彼らも同じく屋根の傾斜に難儀しているようだった。鎧を着ている分、彼らは動きづらいだろう。

 遂には一人が足を滑らせ、他二名を巻き込みながら重力に従ってずるずると落ちていった。幸い地面に落下することはなく、どうにか踏ん張って途中にあったドーマーの上に避難していたが、既にかなり消耗しているようで、あたしたちを追わずその場にぐったりとへたり込んでしまった。終いには後続の仲間から「屋根から追わんでいいだろ!」と怒鳴られてしまい、敵ながら可哀想になってくる。


 だが、今はなりふり構っていられない。早く逃げ切らないと。せめて人目に付かず、可能な限り迷惑にならない場所に……


「あれ……そういえばマゾ男は?」

「あいつはいいだろ、もう。二人で逃げよう」

「……囮にできるし、しばらく一緒に居たほうが良いかもよ?」

「あっちだ」


 適当な理由付けをすると、レデヤ君はあっさりとマゾ男が逃げた先を視線で示した。

 どうやら彼は屋上のある建物へと移ったようだ。レデヤ君はあたしを抱えたまま、軽やかにその屋上へ飛び移る。「このままでも良いんだけど…」と名残惜しそうな彼をなだめて、体を降ろしてもらい、ようやく一息つく。


 屋上には彼が言った通り、マゾ男が居た。彼は身を隠すこともなく、すっかり騒々しくなった目下の町を悠々と眺めていた。

 ……もしかすると、またあの騎士たちと戦おうと算段を立てているのかもしれない。


「……マゾ男、また戦おうとか…思ってたりする……?」


 だとしたら本当に囮にして逃げるけど……と思いながらマゾ男に問いかけると、彼は眼下にいた疲れ切った様子で走り回る騎士たちを親指で指し、「既に虫の息の相手に止めを刺すような下劣な趣味はない」と淡々と返してきた。


 そういえば、マゾ男が先程の襲撃で支部の騎士団たちをほとんど伸してしまっていたな。だから追ってきている騎士たちはあんなに消耗していたのか……と一人で納得する。

 確認はしていないが、白雪騎士団に拘束されていたはずの二人があの時駆け付けられたことを考えると、団長を除いた白雪騎士団団員もある程度は消耗させられているだろう。


 だが、手負いばかりとはいえ、大勢の騎士に門を包囲されては、そう易易とは逃げられない。

 靴屋のご家族の機転で一旦は窮地を脱したものの、屋根伝いに逃げた姿は目撃されているから、この屋上に隠れていることもじきに知れ渡るだろう。それまでに、これからどう逃げるか考えなくては……


「正面突破はどうだ」


 あたしが今後の脱出経路を思案していることに気付いたらしく、マゾ男がそんな風に案とも呼べないような案を提起してきた。

 あたしはこの短期間で、彼に呆れることにも慣れ始めていた。確かにあれだけ疲弊し切っていれば、あたしたちでも倒せるだろうけど……問題はその後だ。


「あ、あんたね……どうにか逃げられたとしても、人の足じゃ最終的に馬に追い付かれるに決まってんでしょ」

「誰が人の足で逃げると言った?」


 マゾ男の視線の先には、騎馬を用意している騎士団の姿があった。そしてその言葉の意味するところをすぐに理解し、あたしはまた呆れ返る。

 こいつ―――騎士団の騎馬(バイク)を盗んで逃げようと言っているのだ。


「公務執行妨害、器物損壊、あとシンプル暴行に、その上に馬の窃盗…!? そこまでやったらもうガチの犯罪者じゃん……!」

「そんなことを言っていられる場合か?」


 マゾ男の鋭い視線があたしを捉える。

 いや……なんか偉そうに言ってるけど、あの場を必要以上に引っ掻き回したのマゾ男じゃん! 命の危機を救ってもらった手前、やっぱりそんなことは言えないけど……


 他の町の騎士団ならばともかく、今ここで捕まれば、あのクロなんとか騎士団長の元に逆戻りだ。

 あの様子だと、あいつは業務を放棄してでもあたしを殺そうとしてくるだろう。それなら、罪を重ねてでも、せめて他の町まで逃げるべき……なのだろう。


「……あぁもう! 分かったよバカ!」


 そう叫んだ瞬間、体が浮く。

 あたしは、今度はマゾ男に抱えられ―――そのまま屋上から飛び降りた。


「うっわ、ああああぁぁあああぁぁぁあぁぁぁぁ!!!!!!!」


 迫りくる地面に、思わず叫ぶ。二階の屋上程度の高さだったが、怖いもんは怖い。


 思わず目を瞑ると、一秒も経たない内に大きな揺れが体を襲った。着地したのだろう。少しだけ目眩を感じただけで、あたしはもちろん無傷だった。


 着地したマゾ男も当然のように無傷で、そのまま騎馬を用意していた騎士たちの元へ駆け出と、彼らを蹴散らし、あっという間に騎馬を強奪した。

 おまけに逃走用の二台だけを残し、他の騎馬を素手で破壊する。もうこの時には、また罪を重ねてしまったという苦悩より、もうどうにでもなれという諦めの気持ちのほうが強くなっていた。


「エナ!!」


 遅れて降りてきたレデヤ君が、倒された騎士の間を縫ってあたしたちに駆け寄る。

 途中からしか見ていなかったが、どうやら窓を伝って降りてきたらしい。彼もそれなりに人間離れした運動神経を持っているが、流石にマゾ男のように屋上からそのまま飛び降りて着地するのは難しかったようだ。


 レデヤ君はマゾ男の胸の中で縮こまるあたしを見て、彼に掴みかかる勢いで怒鳴った。


「お前っ……! エナが怪我したらどうするんだ!!」

「と、とりあえず逃げよ!!」


 彼の後に続いて、背後から他の騎士たちが迫っていた。倒された周囲の騎士も、息も絶え絶えながらゆっくりと起き上がろうとしている。

 マゾ男はあたしを抱えたまま騎馬に乗り、レデヤ君も何か言いたげではあったけど、そのまま一人で乗車し、あたしたちは盗んだ二台の騎馬で走り出した。


 まだ人の少ない大通りを駆け、門へと一直線に向かう。


「そこの騎馬! 止まれ!!」


 門は開かれたままだったが、やはり騎士たちが包囲していた。こちらに毅然と槍を構えていたが、一切減速せず―――むしろ加速しながら全速力で突っ込んでくる騎馬に怯み、直前で左右に散ってしまった。


 そうしてあたし達は、ひとまず都市ヴィルデックを出ることに成功した。

 この門を二度と潜ることは無いだろう。今度こそは……


「……それで、次に向かう先は決めているのか?」

「ああ。えーと、次はね……」


 彼らに靴を買ってもらっている間に、次に向かう先自体は考えてあった。

 進路は南―――カステリアの町へ。


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