94、スチーム星 〜タイムトラベル
デザートを食べ終わると、魔王サラドラさんが、パッと顔をあげた。
(おかわりは、もうないよ?)
「ライト! 青の星系を統べる神ダーラに負けなかったんだから、あんたが何とかしなさいよっ」
(はい?)
「魔王サラドラさん、僕は、相討ちになって消滅したから、こんな子供の状態なんですよね? 無茶振りですよ」
いつものビシッと指差す決めポーズで、そんなことを言われても困る。そもそも、僕には、青の神ダーラの記憶さえ無いんだから。
「あんた達がつるんだら厄介だって、みんな言ってるよ?」
(みんなって誰だよ。ってか、そもそも……)
「あんた達って、誰ですか」
「決まってるじゃない。あんたの子分は、ふたりしかいないでしょっ」
(子分? 配下のことかな)
カースは、確かに配下らしいけど、まだ彼に関する記憶は戻ってないんだよね。顔もわからない。もうひとりは、誰? リュックくんのことを言っているのかな。
だけど、神々にできないことを、僕ができるわけない。それに、以前の僕は、女神様の側近だったみたいだけど、今の僕には、そんな役割を務める力はないんだ。
どう反論しようかと考えていたときに、魔王サラドラさんの頭の上の花が、ピコピコと動いた。彼女は、壊れた人形みたいに、固まっている。
(あの花って、飾りじゃなくて生えてるのかな?)
一度、尋ねてみたいけど、それは僕の記憶が戻ってからにしよう。もしかしたら、以前の僕なら、知っていたかもしれないもんね。
「見つけた! スチームちゃん、言うよ〜」
魔王サラドラさんは、記号だか何だかわからないような呪文みたいな何かを一気にしゃべっている。
「魔王、了解した。厄介な時代にいるようだ。呼びかけにも応えられないわけだな。すぐに、行くかい?」
(今ので、わかったのかな?)
「すぐに行けるっすよ。今の変な記号は、時間軸と、この星の上の位置っすか?」
(経度と緯度みたいなもの?)
「あぁ、そうだよ。魔道具の軸を合わせて、固定しておく。もし向こうの状況で、魔道具から戻れないようなら、救難信号を打ってくれ」
神スチーム様は、ジャックさんに、何かの道具を渡した。
魔王サラドラさんが、自分が見つけたのにぃと、騒いでいるけど、神スチーム様としては、女神様の側近に渡す方がいいという判断だろうな。
(うん、絶対、正しい)
手をぶんぶん振り回して威嚇する赤いワンピースの少女を、すごい目で睨むノームの魔王ノムさん。何も話さなくても、彼が言いたいことは、伝わってくる。
しかし、ノームの魔王のゴーレムに、サラマンドラの魔王が術をかけて、あちこちにばら撒いたことで、遭難者が見つかるなんて、すごいよね。
神スチーム様は、二人の魔王の力を見せつけられて、なんだか、いろいろと反省しているみたいだ。
この星での権力や戦闘力は、すべて神スチーム様に集中しているみたいだもんな。
(だけど、とても理想的な神っぽいけど)
魔王サラドラさんは、小屋をどこかに収納し、バタバタしていらっしゃる。早く行きたいみたいだ。
小屋を収納できるほどの、巨大な魔法袋があるんだな。いや、アイテムボックスかも。女神のうでわも、すんごい量が入っているから、小屋の収納も可能かもしれない。
フッと背中に、魔道具『リュック』が戻ってきた。それを見て、シャインはホッとしたみたいだ。そーっと、リュックに触れている。
リュックくんは姿を見せていなかったけど、たぶん僕の肩に、ずっといたと思う。だけど、僕が背負っていることを、他の人から見える方がいいと考えたのかな。
「よし、タイムトラベルの魔道具に、位置情報を記憶させた。この場所から、大きく移動することになったら、救難信号を送ってくれ」
神スチーム様が魔道具を操作すると、僕達を、何色もの光が包んだ。光は激しく回転し、見える景色が歪む。
(転移は困るんだけどな……)
張り切る赤いワンピースの少女の頭の上の花が、ピコピコと動いている。あっ、何かを吸収しているのかも。
僕の手に、誰かの手が触れた。確かめようとしたところで……僕は意識を手放した。
◇◇◇
(寒い……)
僕は、凍りそうな寒さで、目が覚めた。風が強く吹き抜ける。だけど、右足だけは温かいな。
上体を起こしてみると、僕の右足は、水色のモフモフに包まれている。シャインだ。こんな場所で、狼の姿はマズイんじゃないのかな。
辺りを見回してみても、薄暗くてよくわからない。夜なのかな? だけど、空は、白っぽい。天気が悪いのかもしれない。
一緒に、タイムトラベルしてきたはずの人達の姿がない。バラバラな場所に、着地してしまったのだろうか。
僕は『眼』のチカラを使って、まわりをもう一度、見回してみた。ここは、スチーム星の別の時代なはずだよな。
スチーム星の住人は、とんでもなく巨大だから、すぐに見つかるはずだ。だけど、生き物らしきものの姿はない。
この辺りは、氷に閉ざされているのかな。空が白く見えるのは、空気中の水分が凍っているためかもしれない。
地面は、緑色の草が生えているのに、土は凍っているようだ。こんな場所で寝ていたら、そりゃ寒いよね。普通の人間だったら、余裕で死んでる。
ぐぅうぅ〜
シャインのお腹の悲鳴だ。こんなに寒い場所でも、平気なのかな。
「ぬわぁ? あれ? 父さん、起きた?」
(うん? 起きた?)
「もしかして、僕、また、転移酔いで倒れたのかな」
「はい、サラドラさんが、ここに置いておく方が、早く父さんが目覚めると言ってました。僕は、父さんが寒くないように……あれ?」
(うん、確かに右足は、温かいよ)
水色の狼は、首を傾げている。そして、キョロキョロしているんだよね。
「シャイン、どうしたの?」
「うーん、地面が凍ってるから、また、何かあったみたいです」
「他のみんなは?」
「えっと、ジャックさんとノームの魔王さんは、地下の調査で、レンさんとサラマンドラの魔王さんは、えーっと……」
(わからないみたいだ。忘れちゃったのかな)
「もうひとりは? 名前は知らないけど、ドラゴン族のマーテルさんの眷属の人」
すると、シャインは、思い出したらしい。パッと笑顔を浮かべた。
「その人が、ケンカを売られたから、サラドラさんとレンさんが助けに行きました」
「えっ? ケンカ?」
「はい、たぶん、この辺が凍ってるのは、そのせいかもしれません」
ちょっと、待って。この星では、魔法は使ってはいけないんだよね? この辺りが、こんなに……。
そうか、緑色の草が生えているのに凍っているのは、魔法だ。僕やシャインが凍らなかったのは、リュックくんがバリアを張ってくれたのかな。
僕の背中には、今も、魔道具『リュック』がある。
「シャイン、僕が起きたらどこに行けって言ってた?」
「えーっと……」
(忘れちゃったか)
シュッ!
シャインを狙って、弓矢が飛んできた。魔物だと思われたのかもしれない。
「シャイン、人の姿になれる?」
「狼でいなさいって、サラドラさんが言ってました」
「だけど、魔物と勘違いされたかも」
「人の姿だと、強い魔法が使えないから」
「魔法は、使っちゃダメなんじゃないの?」
シュッ!
再び、弓矢が飛んできた。
(あれ? おかしいな)
この星の武器は、銃じゃないのかな。弓矢なんて……。
「おぉっ? 凍っていないということは、新たに落ちてきたか」
魔導士のようなローブを着た男性と、軽装の男女が数名、突然現れた。
ゲージサーチをしてみると、体力1本、魔力3本だ。イロハカルティア星なら、みんなゲージは1本ずつだけど、この星の住人はわからない。
だけど、明らかに魔力系……青の星系の住人っぽいよな。
「言葉がわからないのかもしれないわね。犬を連れた子供じゃない。こんなのを捕まえても、神狩りの役に立たないわよ」
(神狩り?)
「そうだな。その犬も子犬らしい。魔力もない肉を食っても意味がない」
(食う?)
シュッ!
また、弓矢だ。しかも、火矢? なぜか、氷が燃え始めた。なぜ、氷が燃えるんだよ?
僕が混乱していると、彼らはスッと姿を消した。どこかへ転移したのかな。
だけど、彼らが移動したときには、火は消えていた。地面は、氷が溶けた後のような、びしゃびしゃな状態だ。
「シャイン、この星は、どうなってるんだろ?」
そう問いかけても、当然、水色の狼は首を傾げるばかりだ。だよね、わからないよな。
「父さん、この星は、太陽が青いです」
「えっ? 黄の星系だよ? 夜は太陽が沈むから……」
「ジャックさんが、父さんに言うようにって」
(青い太陽が昇るってこと?)
「他に、何か伝言はある?」
「はい、今は、父さんが来る前の時代だそうです」
「うん? それって、何年前なのかな」
(あー、難しいことを尋ねたかな)
シャインは、前足をあげていたけど、わからなくなったらしい。指折り数えられないもんね。
「あっ! あった!」
突然、水色の狼は、走り始めた。僕は、慌てて後を追いかけた。
(何があったんだよ?)




