86、迷宮 〜ブルーくんの正体は
「これはこれは……女神様の番犬最強のタイガ様が、こんなところで何を……」
高そうな服を着た若い男性は、媚びた笑顔を張り付け、タイガさんに話しかけている。
だけど、タイガさんはチラッと一瞬、視線を移しただけで、すぐに僕の方に視線を戻した。
(ワンコまみれって何だよ?)
「おまえ、一般人相手に、何、剣を抜いとんねん。アホか」
(えっ? 僕が悪いことに?)
「ちょ、タイガさん、いろいろありまして」
「言い訳はいらん。全部見とった。この休憩所には、この星の住人しか出入りできへんように、特殊結界を張ってあるんや。こんな場所で暴れんな」
「なっ!?」
何か、目配せ? 意味がわからない。だけど、全部見てたなら、若い男性が何を命じたか知ってるんだよね?
あ、いや、見てたということは……音は届いていないのかも。ワープワームを使って見ていたなら、音は聞こえない。
「はぁ、こんなにサクランドを集めて、何しとんねん。コイツらは、迷宮の綻びを修復するワンコや。おまえみたいに暇ちゃうで」
(あっ、この人達に言ってるのかな)
「ワンコって……サクランドは、犬というより狼っぽいですよ。人の顔をした個体は変な魔物に見えるけど」
「人の顔をつけた魔物は、さっさと狩ればええ。人間を喰うた証やからな。人面のサクランドは、人族を襲い続けるんや。ここにおるコイツらは、ただのワンコやで」
タイガさんには、狼も犬も、同じように見えているのかもしれない。あまり細かいことを気にしないタイプっぽいもんな。
チラッと、男の子の方を見ると、タイガさんに驚いたのか、治療を終えたサクランドの中に、身をひそめているようだ。
(こわいよね、ガラ悪いもんな)
「あの、タイガ様、この子供は……」
若い男性が、恐る恐る話しかけている。
「あぁ? 地上のもんは、知らんでいい」
「えっ? 地底の……なぜ、魔族の子供をご存知なのですか。特別な子供なのですか」
護衛をチラチラ見ながらも、若い男性はタイガさんに、必死に媚びようとしているかのように、話しかけている。
すると、タイガさんは、チッと舌打ちした。
(まさか、正体をバラさないよね?)
「魔族の護衛をつけとるなら、知ってるんちゃうんか? いま、地底では、大魔王争いでお祭り騒ぎになっとる」
何か、僕に目配せをされたけど、全然わからない。
「いつも地底は、争いが絶えないかと……」
すると魔族らしき護衛が、あっと声をあげた。
「俺が聞いた話では、神族のライト様が、大魔王の座を狙っているとか」
「チッ、何を言っている。神族のライト様は、青の神ダーラと相討ちになって消滅されたではないか。使えない護衛だな」
(この若い男性、サイテーだな)
だけど、いま、ここに僕がいるのはマズイのかな。地底に引きこもっていると思わせておかないと、迷宮に隠れている外来の神々が、地上の他の街に逃げてしまう?
「確かに、そうですが……」
魔族らしき護衛は、一瞬イラついたみたいだけど、若い男性に従っている。
そして、二人の視線は、同時にタイガさんに向いた。
「ふん、地底の噂なんか知らんけどな。コイツは、大魔王争いの最有力やで。何人かの魔王は、コイツの協力者や。近いうちに、大魔王になるんちゃうけ」
「ええっ!? こ、こんな子供が……」
「大魔王メトロギウスは、知恵者です。さすがに、それは……。見たところ、ドラゴン族でもなさそうですし……いや、その前の姿は、わからないが……」
魔族らしき護衛は、僕がアンデッドだとわかっているみたいだ。その前の姿というのは、アンデッドになる前の種族ということかな。
「コイツは、巨亀族にも何かを託されたらしいで。ドラゴン族の領地にも自由に出入りしとる。なんで、こんな場所におるんかは知らんけどな」
(僕の正体を明かす気はないんだ)
巨亀族やドラゴン族と聞いて、若い男性は、顔を青くしている。魔族らしき護衛は、表情を変えない。
「なぜ、そんな……」
僕の方を、まるでバケモノを見るかのようにチラッと見た若い男性は、ソワソワし始めた。この場から、立ち去りたいのかな。
「なんや? おまえ、しょんべんか?」
「えっ? あ、いえ、はい」
(違うだろ?)
なぜか、若い男性は、タイガさんの言葉にホッとしたのか、しょんべんを肯定している。
「漏らす前に、さっさと行ってこいや」
「は、はい、失礼します!」
そう言うと、若い男性は、建物の方へと逃げるように走り去った。まさか、本当にトイレだったのかな。
タイガさんは、護衛の人達に視線を移した。
「おまえら、あのアホ王子を放っておくんか?」
すると、魔族らしき護衛以外は、慌てて若い男性の後を追った。
(いま、王子って言った?)
「タイガさんが出て来られたということは、迷宮に、やはり問題が発生したのですね」
魔族らしき護衛は、僕の方をチラチラと見ながら、タイガさんに、そう尋ねた。
「おまえは、あっちに行かんでええんか?」
「俺は、迷宮都市からこの場所までの案内ミッションですから。それに、子供を簡単に殺せという人族に、これ以上、付き合うつもりもありません」
「ふん、ドラゴン族はプライドが高すぎるんや。おまえ、マーテルの子やな?」
「いえ、眷属です。俺は、魔王のウロコから作り出された個体ですから」
(ええっ? マーテルさんのウロコ?)
「なんや、分身かいな。まぁ、ええわ。マーテルもマリーも、協力しとるで。おまえも、コイツに従え」
「あ、あの……この坊やは……」
「ドラゴン族なら、見てわかるやろ。ライトや、おまえ、さっきも言うとったやないけ」
魔族らしき護衛は、目を見開いた。
「ええっ!?」
(あれ? なぜか背後から……)
振り返ると、男の子が目にいっぱい涙を溜めている。もしかして、怖がらせてしまったのかな。
「ブルーくん、大丈夫? あの……」
僕が言葉を探していると、男の子は、ガシッと僕にしがみついてきた。けっこう、力が強い。そしてなんだか、ワナワナと震えている?
「……うっ、うっ、うわぁあん」
(ありゃ、号泣だよ)
なぜ、こんなに泣いているんだろう? 訳がわからない。怖がらせたわけでもなかったみたいだ。
「ブルーって何や? おまえら、戦隊ヒーローごっこしとったんか」
タイガさんが意味不明なことを言っている。
「いえ、あの、彼が名前を言えないって言ってたので、あだ名をつけたんですよ」
「うっわぁぁあ〜ん!」
ひときわ、泣き声が激しくなってきた。僕が、男の子の背中をポンポンと叩くと、声は小さくなってくる。
(一体、どうしたんだろう?)
「はぁ? おまえなー。自分の息子の顔も忘れとるんか。そら、あかんやろ。まぁ、100年前の記憶も全然戻ってへんみたいやけど」
「えっ! まさか、シャインくん?」
「……ひっく……父さん。ライトくんは、やっぱり父さんだったぁ。ひっく、ひっく」
(あちゃ……)
僕は、男の子の……シャインくんの頭を撫でた。そうか、この子が僕の息子なんだ。
それなのに、僕は、息子についての記憶もない。この子の涙は、自分が忘れられている悲しさの涙なのかな。
だけど、彼は父親は死んだと言っていた。そうか、僕が生まれ変わったことを知らなかったのかもしれない。
たぶん、僕の記憶が消えてしまっていることを知ると、ショックを受けるから、だよね。
「ライト、他の二人は、もう迷宮都市に着いとるで」
まだまだ、シャインくんは、僕にしがみついて泣いている。タイガさんは、そんな彼に優しい目を向けていた。
「あ、はい。僕だけ転移装置が作動しなくて……」
「あー、おまえは覚醒するために、氷の魔石を取り込んだからやな。魔石の花を持ってると、あの装置は作動せーへんで。魔石を取り込んどったら、装置も壊すんちゃうか」
(えっ? 覚醒? 魔石?)
僕の知らないことを、当たり前のように話すタイガさん……。まぁ、僕がこんな5〜6歳の姿でも、普通に気にせず話す人だからな。
「じゃあ、急ぐ方がいいですね」
「いや、ここに来させる方が早いやろ」
タイガさんは、斜め上を向いて固まっている。念話をしているのだろうか。
シャインくんは、泣き疲れたのか、うとうとし始めた。僕は、そっと頭を撫でる。
(お、重い!)
突然、とんでもない重さを感じて、シャインくんを見ると、彼は、水色の大きな狼に姿を変えていた。
(これが、本来の姿なんだ)
僕に抱きついて、スピスピと寝息を立てている。なんだか、毛皮のクッションに包まれているような気分だ。
「なんや、おまえ。ほんま、甘いのぅ。こんな場所で、ワンコにならんように、キッチリしつけとけや」
「いや、そう言われても……」
「おい! シャイン! 大量のワンコを退かしたれ。また、誰かに攻撃されるで」
タイガさんが怒鳴ったけど、シャインくんには聞こえていないみたいだ。父親が生まれ変わったとわかって、安心したんだろう。
タイガさんは、ため息をついて、サクランドの方へと歩いて行った。




