83、迷宮 〜迷宮に棲む魔物サクランド
僕達が迎撃しようと構えていると、数体の魔物は、僕達の横をすり抜けていった。
(あれ? さっきの人を狙ってる?)
僕が首を傾げていると、男の子も、僕を真似るように首を傾げていた。魔物なのに、人の顔の区別ができるのかな。
(あっ、ニオイか)
あの人は、たくさんの魔道具を持っているみたいだ。ギャーギャー叫びながらも、何とか防御できてる。でも、この通路に魔物がいるのって、大丈夫なのかな。
魔物は、魔道具にやられるとわかったのか、攻撃をやめたみたいだ。だけど、戻ってこない。なぜか、先へと進んで行ってしまった。
「ライト……くん、あの魔物は、迷宮都市に向かったのでしょうか」
男の子は、首を傾げ、きょとんとしている。僕も、魔物の行動の意味なんて、わからない。
「どうかな? でも、迷宮都市って、かなり遠いよね。帰り道を間違えたのかもしれない」
僕がそう言うと、男の子は大きく頷いた。
「僕も、どっちから来たか忘れてしまいます」
「あはは、迷宮内って、方向感覚が狂わされるんだよね」
男の子は、なぜか目を見開いている。難しい言葉だったかな? 頭をフルフルと振ると、男の子は、ふわりと笑った。
「ライトくんは、優しいです。学校だと、みんな僕をバカにするんです」
(獣人だから、いじめられてるのかな)
「そうかな? でも、僕も、今、迷い子なんだよね」
「えっ? 迷い子? あっ、転移魔法陣の装置で、離れてしまったのですか」
「うん、そうなんだ。ここには、3人で来たんだけどね。はぐれてしまったら、迷宮都市で会うことになってるんだ」
すると、男の子は、なぜか嬉しそうな表情を浮かべた。
「じゃあ、迷宮都市まで、一緒に行けますね、よかった」
男の子は、下を向いて、なんだかモジモジしている。
(手を繋ぎたいのかな)
「うん、そうだね。ブルーくんが一緒だと心強いよ。さぁ、行こっか」
僕が手を出すと、男の子は嬉しそうに、僕の手を握った。やっぱり、手を繋ぎたかったみたいだな。
しばらく歩いていくと、迷宮内なのに、通路はとても広くなってきた。さっきまでは、人が5〜6人くらいしか横に並べない幅だったけど、その何倍にもなっている。
男の子は、鼻をヒクヒクさせ始めた。
(何か、臭うのかな)
僕は、『眼』にチカラを込め、通路の先を『見て』みた。休憩所のような小屋が、何軒か建ち並んでいるのが見える。チラホラと人の姿もあるようだ。
「ブルーくん、この先に、休憩所みたいなのがあるよ」
「はい! 美味しそうです」
(うん? 美味しそう?)
まさか、人を食べたりしないよね?
男の子は、ベルトに付けた小さな布袋を確認しているみたいだ。硬貨の音がする。買い物をするつもりなのかな。
そういえば、僕は、お金をあまり持っていない。魔法袋には、ポーションは詰まっているんだけどな。
「何を売っているの?」
「宿屋があるから、ごはん屋があります」
(あー、食べるんだ)
魔法袋の中に、3日分のごはんが入っていると言っていたのに、ごはん屋に行くつもりかな。困ったな。
「ブルーくん、僕、お金をあまり持ってないから……」
ハデナのミッションでもらった分しかない。麻袋は、そのまま魔法袋に放り込んである。
貴重品は、うでわのアイテムボックスに入れるべきだけど、人前で、あのアイテムボックスは、使わない方がいいと思うんだ。神族だとバレるし、女神様の番犬の持つ特殊なうでわみたいだから。
僕には、まだお金の価値というか、物価がよくわからない。足りるのだろうか。
「ライトくんの分も、あります」
(また、このセリフ)
「えーっと、でも、さっきもパンをもらったのに……」
「気にしなくて大丈夫です。僕の方が、ライトくんより年上だから」
(いや、僕の方が、年上だよね)
でも、死んで生まれ変わったから、年下だとも言える。どうしようかな。まぁ、変な説明をするわけにもいかないよね。
「ブルーくん、ありがとう。足りなかったら、お願いします」
「大丈夫です。ライトくんの分も、あります」
(ニッコニコだな〜)
おごってくれるつもりみたいだ。男の子は、なんだか、いきいきとした表情をしている。素直に、ご馳走になる方が良さそうだな。
「ありがとう、助かるよ。僕は、まだ、お金の価値がイマイチわからないんだ」
「僕も、あまり計算は得意じゃないから、大丈夫です」
(優しい子だな)
僕が傷つかないように、言葉を探してくれている。いい友達になれそうな気がする。
僕達は、休憩所のような場所に、たどり着いた。
大きな看板が出ている。
『これより南に店はありません』
(確かに、なかったよな)
店どころか、行き止まりだもんね。外来の侵略者が隠れ集落を作っている。それを知らせる看板はないんだよな。
「ライトくん、こっちです」
男の子は、屋台のようなワゴンの前に移動していた。肉を焼く匂いが漂ってきた。
僕が近寄ると、男の子は満面の笑みを僕に向ける。尻尾があれば、めちゃくちゃ振ってそうだね。
「いい匂いだね」
「焼き串を注文しました。まだかな〜」
「ブルーくん、めちゃくちゃワクワクしてるね」
「はい! 楽しみです〜」
焼き串が焼き上がり、僕達は、それを受け取った。だけど、男の子は、ニコニコそわそわしているけど、食べようとはしない。
「ブルーくん、食べないの?」
「あ、僕、熱いのは無理だから……」
「じゃあ、魔法で冷やす? ブルーくん、魔法が得意みたいだけど」
すると、男の子は首を横に振っている。
「僕が冷やそうとすると、焼き串が凍ってしまうんです」
(あー、魔力が強すぎるんだ)
男の子は、なんだか、『待て』をさせられている子犬のような目で、手に持つ串をジッと見ている。
「じゃあ、僕が冷やそうか?」
そう提案すると、男の子はキラッキラな笑顔で、コクコクと頷いている。
(ふふっ、かわいい)
僕は、風魔法と氷魔法を掛け合わせた、弱い魔法を使った。男の子が持つ串に、弱い冷風が絡まる。
(あっ、冷えすぎたかも)
「ごめん、ブルーくん。冷たくなったかも」
「大丈夫です。僕には、ちょうどいいです。父さんも、これくらいに冷やしてくれるから……」
(あ、しまった)
男の子は、一瞬、表情を曇らせた。でも、鼻をヒクヒクさせ、すぐに笑顔が戻った。
(焦った……)
「じゃあ、食べよう。いただきます」
「うん、いただきます!」
男の子は、両手に持つ焼き串を、一瞬で食べてしまった。すっごい食いしん坊だよね。
僕は、1本だけもらったけど、かなりのボリュームがある。なんだか、焼き鳥みたいな味だ。もちろん醤油はないから、塩味なんだけど、とても美味しい。
僕が食べている間に、男の子は、再び焼き串を3本買ってきている。さっきと同じように、冷やしてあげると、ニッコニコの笑顔を浮かべた。
「ありがとう、ライトくんの分は……」
「僕は、これ1本で、お腹いっぱいだよ」
そう答えると、男の子は、また、一瞬で食べている。すごい食欲だよね。
「いま、ごはん屋は、やってないみたいです」
男の子は、また買ってきてるよ。それを冷やしてあげると、幸せそうにパクパクと食べて、やっと、眠そうな顔になった。
(また、寝ちゃうかな?)
うとうとし始めた男の子の横で、僕は休憩所を見回した。
この場所には、転移魔法陣が繋がっているのか、パラパラと人が転移してくる。待ち合わせをしているような人もいる。
ジャックさんとレンフォードさんは、もう迷宮都市に着いただろうか。今頃、心配されてるかな。
そういえば、さっきの魔物はどこに行ったんだろう? この場所は、特に荒らされた様子はない。方向を間違えたことに気づき、引き返していたらいいけど……。
(まさか、迷宮都市に向かわせたのかな)
さっき、『眼』のチカラを使って『見た』ときは、迷宮のあちこちに、魔物が湧いていた。迷宮都市は、きっと、防御バリアを張っているよね。
突然、ブワンとバリアが発動したような音がした。休憩所にいた人達は、ザワザワし始めている。
(何? さっきの魔物が戻ってきた?)
「た、大変だ! この先の通路は通れなくなったぞ!」
(あー、うん、集落があるもんね)
今更、それに気づいたのだろうか。あの外来の侵略者の隠れ集落は、最近できたのかな。
「まさか、さっきのサクランドを誰かが殺したのか?」
「あぁ、そうみたいだ。2〜3日、ここに泊まりだな」
(さっきのサクランド? 魔物の名前?)
僕がキョロキョロしていると、近くを通った男性が僕に気づいて、立ち止まってくれた。
「坊や、迷宮都市に向かっているのか?」
「はい、あの、サクランドって何ですか?」
「この迷宮に棲む魔物だよ。殺すと仲間が集まってくるんだ。数体程度なら、たいしたことない魔物だが、大量に集まってくると、魔族でも太刀打ちできないぞ」
「えっ……」
「なぜか最近、この通路に、よく現れるんだ。サクランドの生息地は、ここから随分と離れているんだがな」




