82、迷宮 〜正解の通路
通路の先、ここからかなり離れた場所に、大きな街らしきものが『見え』た。あれが、迷宮都市で間違いなさそうだな。
地下の迷宮の中だとは思えないほど、広大な街だ。そして、いろいろな種族がいる。ハーフや獣人の移住場所だもんな。
(うー、目が痛い)
目に魔力を込めすぎたのかもしれない。まだ、『眼』のチカラを上手く使えていないんだよね。
僕は、女神様からもらった魔力1,000回復の魔ポーションを飲んだ。胃薬の味が、さっき食べた食事の余韻を消してしまう。
気づかないうちに、魔力はわりと減っていたみたいだ。回復した感覚を感じる。『眼』の能力は、そんなに魔力を使うのかな。
さらに、もう一本飲んでおいた。やはり、回復する。だけど、もうこれでいっか。胃薬の味の魔ポーションは、緊急時以外は、2本が限界かな。
ため息を吐くと、胃薬の臭いがもれている気がする。何かで、口直しというか臭い直しをしなくっちゃ。
僕は、レジャーシートに残っていた甘すぎるオレンジジュースに、手を伸ばした。甘すぎて、飲み残しておいたのが役に立ったな。
「うーん……ティアちゃん、やめてください……」
僕が、オレンジジュースをつかむと、レジャーシートで眠っている水色の髪の男の子が、寝言を呟いた。
(ティアちゃん? 女神様のこと?)
もしかして、男の子は、女神様の知り合いなのかな。猫耳の少女は、獣人のフリをして、あちこちウロウロしているみたいだ。同じ獣人の男の子と知り合っていても、不思議じゃないかも。
だけど、なぜ、夢に見るほどの……あっ、胃薬の臭いかな。
僕は、ふーっと、男の子に息を吹きかけてみる。
「ティアちゃん、やめてください」
(あちゃ……苦しそう)
僕は、慌ててオレンジジュースを飲んだ。
男の子は獣人だから、嗅覚が鋭いんだ。僕の口からの悪臭……いや、まぁ、うん、魔ポーションの胃薬の臭いに、うなされているみたいだ。
(気をつけよう)
あれ? でも、この臭いは、猫耳の少女の臭いってこと? まぁ、確かにいつも大量に飲んでいたみたいだけど。
もしかすると女神様は、男の子に胃薬味の魔ポーションを、むりやり飲ませたことがあるのかもしれない。
夢に見るほど、臭かったんだろうな。でも、たぶん、女神様は、この子の魔力を回復してあげたかったんだろうけど。
それから、少し時間が過ぎた。
僕がオレンジジュースを飲んで臭くなくなったためか、男の子は、すやすやと眠っている。
(どうしようかな)
目指す迷宮都市までは、かなりの距離がある。たぶん、ほとんどの人は、転移を繰り返してたどり着くんだろうな。
だけど、僕は転移酔いがひどい。生首達を使いたいけど、使わないようにと言われたんだよね。
確かに、生首達は有名だから、使うと素性がバレてしまうんだけど。迷宮に隠れている外来の侵略者が、もし、地上の人族の街に行ってしまうと大変だもんな。
(しかし、どうしようかな)
男の子は、いつ起きるんだろう? 今なら頭をなでなでしてもいいかな。爆睡しているみたいだし。
僕は、そーっと手を近づけると、男の子の耳がピクッと動いた。僕は、スーッと手を引っ込めた。
(鋭いな、あっ、起きた)
男の子は、パチッと目を開けたけど……ちょっと、混乱しているみたいだ。そういえば、すぐに忘れてしまうと言っていたっけ。
「ブルーくん、目が覚めた?」
「えっ? あ、あぅ……すみません。僕、眠ってました?」
「うん、お腹いっぱいになったからじゃない?」
「あー、はい、そうかもしれません。えーっと……」
「僕は、ライトだよ。眠っていて忘れちゃった? あっちの変わった集落で会ったんだよ」
少しぼんやりしていた男の子は、やっと思い出してくれたみたいだ。なんだか、シャイな女の子みたいに顔を手で覆っている。
「すみません。変な夢を見て、こんがらがってしまいました」
(胃薬の臭いのせいかも)
「大丈夫だよ。ブルーくんは、まだ小さいんだし、気にしなくていいよ。5〜6歳かな?」
「えっ……僕は、えーっと、80歳ちょっとくらいです」
「ええっ!?」
男の子は、指折り数えながら、首を傾げている。80歳ちょっとって……獣人ってすごく寿命が長いんだ。
「あっ、僕は、成長が遅い種族なので、双子の妹は大人なんですけど」
そう言いつつ、男の子は、オドオドしている。
「そうなんだ。ちょっとびっくりしたよ。人族なら、お爺ちゃんだもんね」
「はい、僕は、まだまだずっと子供みたいです」
魔族も、種族によっては、とんでもなく長生きするみたいだもんな。獣人って、魔族なのかな?
「へぇ、そっか。じゃあ、そろそろ出発する? この通路って、すごく長そうだけど」
「はい、母さんが、3日分のごはんを詰めてくれたので、それくらいかかるかもしれません」
「確かに、転移装置を踏んで、あちこちに飛ばされたらそうなるかも」
「えっと、ライト……くん。この通路には、転移魔法陣は現れないです。この通路に転移してくる人は多いけど、正解の通路から、ハズレの通路へは飛ばされないんです」
「そうなの? 警戒していて損したよ」
僕がそう言うと、男の子は笑った。よかった、やっと笑顔が見れたよ。すぐにオドオドするから、笑ってくれるとホッとする。
「この通路は、迷宮都市への強制移住に使われていたそうです。だから、迷宮都市にしかたどり着かないので、僕は道がわからなくなるから、ここを通ることにしたんです」
「へぇ、そうなんだ。ブルーくんって、やっぱり物知りだね。あっ、僕の話し方は、これで大丈夫? ブルーくんが80代なら、敬語の方がいいかな?」
そう尋ねると、なぜか、男の子は泣きそうな顔をしている。なんだか捨てられた子犬みたいだ。敬語を使われるのが嫌なのかな。
彼からの返事はない。
「ま、いっか。僕達、見た目は、同じ歳くらいだもんね」
「はい!」
(そういえば、男の子はずっと敬語だよな)
「じゃあ、いこっか」
僕がスッと手を出すと、男の子は、ふにゃりと笑った。
慌ててレジャーシートの布を魔法袋に収納すると、僕の手を握った。小さな手だよな。僕もだけど。
手を繋いで歩いていると、男の子は上機嫌だった。さっきは、僕の服を掴んでオドオドしていたのとは、随分と雰囲気が違う。
(ニッコニコだな〜)
ごはんを食べて、少し眠ったからかもしれないな。いや、さっきは、彼の父親の話をしてしまったからかも。
少し歩いていくと、この通路に転移してきた人と遭遇した。彼は、辺りを警戒するようにキョロキョロと見回している。
「おい、そこの子供! 手を繋いでいると危険だぞ!」
突然、叫ぶ声に、男の子はビクッとしている。僕の手を握る力が強くなった。
「大丈夫ですよ。この通路には、転移魔法陣の装置はありません」
「は? この通路は、当たりか」
「はい、まだ遠いですけど、この通路の先に迷宮都市があります」
僕がそう答えると、その人は、何かの道具を取り出した。
「そうか、ありがとよ。やっと、これが使える。じゃあな」
その人は、魔道具を操作して、消えてしまった。転移の魔道具なのかな。
すると、男の子は、アッと声をあげた。
「うん? ブルーくん、どうしたの?」
「今の人、あっちに行きました」
男の子は、後ろを指差している。外来の侵略者が隠れている集落の方だ。でも、きっと今頃は、この通路との間に、結界を張っているはずだよね。
「たぶん、結界が張ってあるから、大丈夫だよ」
「はい、でも……」
男の子は、言いにくそうに下を向いた。
僕は、集落の方を『見て』みた。すると、さっきの人が、通路を塞ぐ壁を叩いている。
(嫌な予感がする)
何かを察知したのか、さっきの人は再び魔道具を操作して、その場から消えた。
「おい! クソガキ、はめやがったな! 転移の魔道具が誤作動するってことは、この通路もハズレじゃないか」
その人は、目の前に戻ってきた。
「後方には、結界があります。その先に、小さな集落がありました。迷宮都市は、逆ですよ」
僕がそう説明すると、その人は、チッと舌打ちをした。
「近い街への転移の魔道具を、ひとつ無駄にしてしまったじゃないか! 弁償しろよ」
(子供に何を言ってんだ?)
男の子は、この人の怒鳴り声で、泣きそうになっている。
ピクッと男の子の耳が、動いた。急に警戒するような視線を後方に向けている。
僕も、『見て』みると、あの集落にいた魔物が、こっちに向かってくる。この人が壁を叩いたからかな。何かを壊したのかもしれない。
「あの、壁の向こうにいた魔物が、こっちに向かってきています。何かしたんですか」
「は? 別に大したことはしていない。迷宮都市の壁かと思ったから、爆破して入ろうとしただけだ。だが、爆発しなかった。俺は……ヒッ!」
彼は、僕達を突き飛ばし、迷宮都市がある方へと向かって、駆け出した。というか、僕達を盾にして、魔物から逃げようとしているんだ。
(最低だな、この人)




