73、旧ホップ村 〜ホップの畑
スケルトンは、猫耳の少女に丁寧に頭を下げた。
「ふむ、魔王カイ、できるのじゃな。それなら、地面に埋まっている者達を、ニクレア池へ誘うのじゃ」
『かしこまりました』
(あ、自分でしゃべった)
魔王カイさんは、さっきまでは僕を通じて話していたのに、返事はできるらしい。と言っても、スケルトンの姿だから、念話なんだよね。
スケルトンは、ふわりと空中に浮かぶと、青白い光を放った。なんだか、とんでもない拘束力を感じる。
「あっ、ライトを押さえてあげて」
クライン様が叫ぶと、近くにいたジャックさんとレンフォードさんが、僕の両手を繋いでくれた。
(うわぁあ〜、浮かぶ……)
僕は、青白く光るスケルトンに、吸い寄せられるような感覚に、冷や汗が出てくる。あらがい難い拘束の光だ。
「うひゃー、くっさぁい」
土の中から、すぽすぽと何かが抜けていく。畑から根菜を引き抜くかのような光景だ。
地面の中にいたゾンビが臭いんだな。死霊は何の臭いもない。だけど、黒いドロドロしたゾンビは、強烈な臭いを放っている。
ミューさんは、鼻がいいのか、臭い臭いと大騒ぎだ。あー、違うかも。怖いのかもしれない。それを、臭いと言ってごまかしているような気がする。
土の中から、すぽすぽと抜け出たアンデッド達は、しばらく空中に浮かび、そして、まるで流れ星のように、一直線に去っていった。
(魔王カイさんって、恐ろしい)
僕が半分アンデッドだからかな。ジャックさんとレンフォードさんが、僕の手を捕まえてくれてなかったら、僕も流れ星になっていた気がする。
スケルトンが放つ青白い光が消えると、引っ張られるような感覚はなくなった。
「ふむ。ニクレア池に放り込んだのじゃな。腐った死体は、何かに生まれ変わるじゃろう」
スケルトンは、コクコクと頷き、猫耳の少女にひざまずいている。ここまでの女神信者は、初めて見たかもしれない。
でも、女神様は、居心地が悪そうなんだよね。こんな風に扱われると、わがまま放題できないからかな。
(あっ、ジト目だ……)
「クライン、石山の中に入るのじゃ。悪魔族が入らねば、あの文句たれに、侵略したとか言われるからの」
(文句たれ? 文句を言う人?)
「あはは、ティアちゃん、もう完全に、悪魔族の移住は終わったから、大丈夫ですよ。石山は攻撃を受けやすいから、100年以上前に、平地にホップ村を移したんですからね」
「じゃが、一部の年寄りは、まだ、この場所にこだわっておるじゃろ?」
女神様は、地底の種族の内情に詳しいのかな。そもそも、なぜ地底に来たんだろう?
僕の方をチラッと見たのに、スルーする。しらじらしい知らんぷりだ。石山に何か用事があるみたいだな。
クライン様に案内され、僕達は、石山の洞穴へと入っていった。
(わぁ、天井が高い)
外からは低い山に見えたけど、中に入ると、すっごく広い洞穴だ。巨亀族の洞穴よりも、何倍も広い。
そして少し歩いていくと、いろいろな住居が並び始めた。石造りの建物が多いけど、木造もある。大きさもいろいろだな。
(あっ、何か、ここ……)
僕は、一軒の小屋の前で立ち止まった。なぜか、懐かしい感じがするんだ。
「ライト、ここは、ルーシーが幼少期に住んでいた家だよ」
「ルーシー様? あっ、許婚のルーシー様」
「あはは、今は、奥さんだけどね」
「あ、そうですよね」
僕が魔族の国に来て、この場所で、いろいろな決意をしたんだっけ。具体的には思い出せないけど、僕がクライン様の配下になろうと決めたのも、この石山だったと思う。
「記憶のカケラは、現れぬようじゃな」
猫耳の少女は、少し不安げな表情をしている。別に、もう記憶のカケラのことは、気にしなくていいのに。
「ティアちゃん、記憶のカケラの出現条件は、いくつかのパターンがあるみたいですよ。場所と人が、鍵になっているみたいだけど、今、ここには住人は居ないから」
「ふむ。さすがに、住人を強制的に集めるわけには、いかぬからの。じゃが、どこに畑があったのじゃ? ないではないか」
(何の畑?)
猫耳の少女は、クライン様をペシペシと殴るんだよな。クライン様は何もしていない。女神様の魔法で、がれきの山が復元されたんだから。
(あっ、でもクライン様の記憶を使ったんだっけ)
だから、責めているような態度なのかな。クライン様も、首をひねっている。随分と長い間、ここには来ていなかったみたいだもんな。
デイジーさんとミューさんは、不思議そうにキョロキョロしながら、ついてくる。
彼女達からすれば、魔族の村だもんな。建物も不思議な形に見えるのかもしれない。
「ティアちゃん、何の畑を探してるんすか? ホップなら、外に、野生のホップが生い茂ってるじゃないすか」
ジャックさんが、そう言うと、猫耳の少女はキッと彼を睨んだ。
(うん? 本当にケンカしてるのかな)
一応、女神様とケンカしたからということで、ジャックさんは、僕のところに来たんだよね。
「ライトは、野生のホップではなく、石山で栽培しているホップを使っておったのじゃ。味が変わるではないか」
(僕が、ホップを使っていた?)
僕がそう考えると、猫耳の少女は、しまったという表情で、口に手を当てている。もう記憶のカケラは、どうでもいいんだけど!
(なんだか、イライラする)
「ライトは、チビだから反抗期病が治らないのじゃ!」
(反抗期って病気なの?)
「ティアちゃん、ホップ畑なら、ほとんどが下の畑だよ。ここは居住地だから、ホップは少ししか植えてなかったと思う」
「のわっ!? クライン! 下の階は、ただの土だけになっておるのじゃ。ホップがないのじゃ!」
猫耳の少女は、もしかして、そのために魔族の国に来たのかな。あー、しらじらしい知らんぷり。図星なんだ。
僕が使うホップを、僕の記憶が戻る前に、再生しておこうとしたのかな。
「ティアちゃん、ホップなら、平地のホップ村で栽培してるよ? 石山ほどの量はないから、地上への出荷はしないみたいだけど」
「クライン、それなら、この下の階に、農業ができるやつを連れてくるのじゃ。おっ! あれは、ホップじゃな」
猫耳の少女は、駆け出した。
住居のエリアが終わり、畑が広がっている。この階は、普通に畑には、いろいろなモノが育っているみたいだ。自給自足をしていたのかな。
人のいない村って、なんだか寂しいけど、これから、戻ってくるかもしれないよね。
「ライト! リュックはどうしたのじゃ」
その言葉に、デイジーさんがビクッと反応した。そして、不安そうな表情を浮かべている。
「リュックくんは、どこかで眠ってます」
「ふむ、叩き起こすのじゃ。せっかくのホップじゃ!」
ホップとリュックくんに何の関係があるのかな。あっ、ポーションの材料にホップを使うの?
(いや、ホップといえば、ビールでしょ)
気にせず、ホップを摘む猫耳の少女。なんだか、嫌な予感がする。集めてやったから、何かを寄越せとか言いそう……。
(リュックくん!)
そう呼ぶと、僕の背中に、魔道具『リュック』が戻ってきた。
(デイジーさんは、安心したかな)
チラッと、デイジーさんの姿を見ると、なぜかショックを受けたような顔だ。
「なんじゃ? リュックは、まだ初期のままなのか」
「えっと、初期?」
(いつもの巾着袋だけど?)
すると、女神様は、また、しまったという顔をしている。
「リュッくんは、黒い小さなカバンだったよ。ライトさんの左肩に、肩ベルトみたいにしてくっついてた」
デイジーさんが暗い表情で教えてくれた。
「デイジーさん、たぶん、僕の魔力が低いから、リュックくんはこの姿なんですよ」
「ほんとに?」
「はい、リュックくんは、初期化してないし、デイジーさんの話もしてくれますよ」
「そう、それならいいわ」
ホッとしたのか、気の強そうな笑みが戻ってきた。やはり、こうして見ると、なんだか似てるよね。
同じような赤いサンタ服を着ているからかもしれないけど、女神様とデイジーさんって、ふとした雰囲気が似ている。
『ライト、ちっこいババァがうるさいから、出しとけ』
(うん? リュックくん、何?)
『他の種類を出しておいたぜ。ポーションを全部取り出して、代わりにホップを入れとけ』
(わかった……お、重っ)
急にリュックが重くなり、僕は、後ろ向きにひっくり返った。
そのまま地面に座り込み、僕は、巾着袋を開いた。
(うわっ、どっちゃり入ってる)
僕が、小瓶を地面に出し始めると、猫耳の少女が近寄って来た。手には、大量のホップを入れた透明な袋を持っている。
「コーヒー牛乳は、あるか?」
(カルーアミルク風味の魔ポーションのことだよね?)
「わかりません。リュックくんが、とりあえず全部出して、ホップを入れとけって言ってます」
「おぉ〜、そうか、そうか。クリアポーションが、ちと品薄なのじゃ。作る気になったのじゃな!」
(今までに見せたことのない、キラキラ笑顔だな)




