74、旧ホップ村 〜新たなポーション
魔道具『リュック』から、小瓶を地面に出していると、なぜかみんなが集まってきた。
「コーヒー牛乳は、できておるか?」
猫耳の少女は、そればかりだな。ティア様……女神イロハカルティア様がコーヒー牛乳と呼ぶのは、カルーアミルク風味の魔ポーションのことだ。
(気持ちはわかる)
魔力を回復するために、女神様が飲んでいるのは、胃薬味の1,000回復の魔ポーションだ。僕でさえ、全回復するまでの量を飲む根性はない。
女神様は、僕の何千倍とか何万倍の魔力値だよね。固定値回復の魔ポーションとしては、あれでも飲みやすい物らしいけど、無理すぎる罰ゲームだ。
一方で、カルーアミルク風味の魔ポーションは、魔力100回復または10%回復だ。回復量の多い方が適用される。
普通の人族なら、魔力値はだいたい100くらいだから、全回復の魔ポーションということになる。
魔族のほとんどは、10%回復かな。僕も10%回復が適用されることになるんだ。
次々と、地面に小瓶を出していくと、猫耳の少女は、まるで神経衰弱をしているかのように集中している。
触ってはいけないと思っているのか、顔の向きを変えながらも、小瓶に近い場所を陣取っているんだよね。
(変な動物に見えてきた……)
「ふむ、やはり、そこまでなのじゃな」
意味不明な呟きが聞こえたけど、僕は無視して小瓶を地面に出す作業を続けた。
(どれだけあるんだよ)
巾着袋には入りきらないほどの量の小瓶に、僕の周りがうめ尽くされていく。どんどん出していると、もう動ける場所がなくなってきた。
(か、囲まれた?)
「あはは、ライト、何をやってるんだよ。ポーションに囲まれて、身動きできなくなってるじゃないか」
クライン様は、少年のように楽しそうに笑っている。
「なぜか、小瓶に囲まれてしまいました」
「ふふっ、ライトってば、年相応の顔だな」
レンフォードさんも、笑ってる。優しい笑顔だ。
無意識の行動って、目線が低いせいか、5〜6歳児がやりそうな失敗をする。大量の小瓶をまたぐには、足の長さが足りないんだよね。
「しかし、かなりの量っすねー。1,000本以上はありそうっす。しかも……」
ジャックさんは、小瓶の輪の外をウロウロとまわる猫耳の少女の姿に、苦笑いだ。
(獲物を狙う変な動物みたいなんだよね)
そんなことを考えていても、女神様は知らんぷりだ。いつもなら、ぎゃーぎゃー反論してくるのにな。
「ライト、これをどうするのじゃ」
(そんなこと言われても知らない)
「リュックくんが出せって言ったから……」
「ふむ、そうか」
猫耳の少女は、手に持っていた透明な袋を放り投げた。ホップの入った袋は、ふわふわと僕の元に届いた。
巾着袋の倍以上ある大きな袋だけど、リュックに近づけるとスーッとそのまま吸い込まれた。
(どうなってるんだろ?)
「とりあえず、妾が……」
「ティアちゃん、これは、俺が預かるっす。クマさん印の魔法袋を持ってるっす」
そう言うとすぐに、ジャックさんは、地面に出した小瓶を魔法袋に収納したらしい。大量の小瓶が一瞬で、パッと消えたんだ。
(すごいな、クマさん印の魔法袋って)
「チッ! ライト、まだ入っておるじゃろ。すべて出すのじゃ」
「えっ? あー、でも……」
(僕も、持っておきたい)
「何を言っておるのじゃ。魔道具は、作るものじゃ。保管庫ではないぞ。魔道具の中からさっさと出さねば、作るスピードが落ちるのじゃ。リュックに負担がかかるのじゃ!」
「そ、そうなんですか」
「リュックは、全部出せと言ったのじゃろ? 邪魔なんじゃ」
(邪魔なのかな?)
また、変な動物みたいに左右に揺れる猫耳の少女……。まぁ、リュックくんも、出せと言ってたもんな。
僕は、再び、小瓶を地面に出し始める。
今度は、囲まれないように気をつけて出していった。猫耳の少女は、やはり小瓶を見てウロウロしている。
(あれ? 違う種類がある)
さっきは、ほとんどが、モヒート風味の体力10%回復のポーションだった。10本ちょっとは、カルーアミルク風味の魔ポーションが混ざっていたけど。
違うラベルの物が、二つもある。
僕は、取り出す手を止め、ラベルを確認した。
『 F 10 』
【火無効付きポーション。体力を1,000回復する。火および炎属性の攻撃を完全無効化する。 (注) 火無効の効果は約1日で消える】
あっ、これは、カシスオレンジ風味のポーションだ。ハデナの果物を使っているんだよね。
火山で活動する警備隊の人達が愛用しているんだっけ。丸一日、火無効なのが、とても使いやすいらしい。冒険者にも、よく売れていたと思う。
そして、もうひとつが……。
『 C 10 』
【クリアポーション。体力を1,000回復する。 (注)クリア効果は、弱い毒、弱い細菌、弱い呪いをすべて消す。中程度のものには改善が期待できる程度。強程度のものには効果はない】
これは、パナシェ風味のポーションだ。ビールをベースにしたカクテル風味なんだけど、この世界ではビールのことをエールという。だから、フルーツエール味だと言われているんだ。
弱い毒や弱い呪いを消すから、僕のポーションの中で、一番多く売れているんだっけ。呪いを消すポーションは、これしか存在しないからだよね。
このポーションができたことで、疫病が発生しても、集落を焼き払うことはなくなったんだ。クリアポーションで、たいていの疫病は治るからな。
(いろいろと思い出してきた)
ポーションに触れると、いろいろな記憶が戻ってくる。だけど、すぐにスーッと遠い記憶のように薄れていってしまうんだけど。
僕は、立ち上がってみた。
(あー、やっぱりな)
記憶のカケラは現れないから、僕の背は伸びていない。目線は変わっていないんだ。
それに気づいているのか、猫耳の少女は眉間にシワを寄せている。なぜ記憶のカケラが現れないのか、女神様にもわからないみたいだ。
(もう、別にいいんだけど)
取り出し作業を再開すると、ジッと見ていたデイジーさんが、僕に話しかけるキッカケを探していることに気づいた。
僕が彼女の方を見ると、デイジーさんは、戸惑ったような表情を浮かべた。
(リュックくんとの何かがある方がいいよね)
リュックくんから何かを言われたわけじゃないけど、嘘も方便っていうもんな。
「デイジーさん、これをどうぞ」
僕は、地面に出した小瓶の中から、三種類を選び、彼女の方へと置いた。
体力10%回復のモヒート風味のポーション、火無効つき体力1,000回復のカシスオレンジ風味のポーション、そして、体力1,000回復のパナシェ風味のクリアポーションだ。
ポーション屋として行商していたときも、この三種類をメインに販売していたんだよな。
「えっ? ライトさん、どうして?」
「リュックくんが、デイジーさんに渡せって言ってます」
僕がそう言うと、デイジーさんは、ふわっと笑った。だけど、すぐに寂しそうな表情に戻る。
(直接、話をしたいのかな)
だけど、リュックくんは、姿を見せる気はなさそうなんだよね。理由はよくわからないけど。
「ありがとう。こんなにたくさん?」
「はい、よく使う三種類です。10本ずつくらいだけど……」
「うれしいわ、ありがとう」
デイジーさんは、小瓶をひとつずつ、丁寧に魔法袋に収納している。リュックくんが作ったポーションだもんな。お守り代わりになればいいけど。
小瓶をすべて出し終えたときには、地面はすごいことになっていた。何千本かな。
「ライト、これを入れておくのじゃ」
猫耳の少女は、透明な巨大な袋をポンポンと放り投げてくる。また、摘んできたらしきホップ……だけじゃない。
「薬草ですか?」
「うむ、イーシアで、摘んでおいたのじゃ」
「えっ? ティア様が摘んでくれたんですか! ありがとうございます!」
「う、うむ? 気にするでないのじゃ、うん」
(あれ? 目が泳いでる。嘘か)
「ライト、たぶん、摘んだのはアトラさんだよ。ティアちゃんは、預かっていただけだと思うよ」
クライン様がそう言うと、猫耳の少女は、明後日の方向を向いている。しらじらしい知らんぷりだ。
そうか、アトラ様が摘んでくれたんだ。
(そういえば、僕の奥さんなんだよな)
生首達の記憶映像は見たけど、イマイチまだ実感がない。僕がまだ、こんな姿だからかもしれないけど。
大量の薬草やホップの袋は、リュックにスーッと入っていく。でも、リュックの中には何もない。入れるとすぐにどこかへ消えていくんだ。
(魔道具って不思議すぎる)
それに、この巾着袋がリュックくんなんだよね? 銀髪のモデルみたいなイケメンの姿だったけど、そんな雰囲気はない、ただの布袋だ。
「このポーションは、どうするのじゃ?」
ジャックさんを睨みつつ、猫耳の少女は僕に問いかけた。
『ババァに、渡してやってもいいぜ』
リュックくんの声が聞こえた瞬間、猫耳の少女は、パァッと明るい笑顔を浮かべた。




