61、聖地リガロ 〜クラインの交渉術
「あの噂は、事実なのか? 神族のくせに、大魔王の座を狙うと申すか?」
人化して二人に分かれた老人……タトルーク老師は、クライン様の言葉に、目を丸くして驚いている。
(いや、そういうフリをするだけなんだけど)
クライン様は、ニヤリと笑って頷いている。タトルーク老師には、作戦のことを話す気はないんだ。
「それは、クラインが地底を治めるということか。同族内での下剋上ではないか」
「ライトが大魔王になるんですよ。アンデッドがね」
「そのようなことを魔王カイが認めるはずは……あ、あれは、そういうことか。なぜか魔王カイがウロウロしておるようじゃが……」
タトルーク老師二人は、顔を見合わせている。何かに納得したかのような表情で、互いに頷き合っているんだよな。
「魔王カイが、精鋭の配下を連れて、侵略者狩りをしておるようじゃな。おまえに魔王の座を奪われたことで、神の力を得ようと集めているということか」
(えっ? なぜ、そうなるの?)
クライン様は、ニヤニヤしているだけだ。否定しないということは、肯定しているように見える。
「そしてライトは、地底の富を求めて、この地へ来たか。青の神に入り込まれたワシらを脅しに……」
「まんまと、してやられたわい。女神の側近を助っ人に連れてくることで、青の神ダーラの直臣であっても、たやすく始末できるということじゃな」
ジャックさんの方をチラッと見て、タトルーク老師は、何かを企んでいるかのような表情を浮かべている。
(嫌な予感がする)
「彼は、女神様とケンカして城に戻れないみたいですよ。それを俺が見つけて、ライトに合流させたんですよ」
「なっ? ふん、それで二人で共謀して、地底を乗っ取る気なのじゃな」
「何を言ってるんですか? タトルーク老師、ライトが大魔王の座を狙うのは、乗っ取りではない。正当な権力争いですよ」
老人二人は、ふーっと、同時にため息をついた。
「これだから、悪魔族は嫌いじゃ」
「それで、どうします? ライトの支援をしますか? それとも、巨亀族の名誉を地に落としますか? まさか、核となるクリスタルを溶かされていたなんて、びっくりですよね」
クライン様は、大げさに身振り手振りを混ぜながら、話している。ちょっと挑発しているようにも見えるけど、大丈夫なのかな。
「何をさせる気だと、先程、尋ねたであろう? 支援とは、具体的には、何じゃ?」
「簡単なことですよ。ライトが行きにくい場所にいる地底の勢力争いに加わりそうな侵略者を、老師がサクッと倒してくれたらいいんです」
すると、タトルーク老師の一人は、僕の方を見た。そして、なんだか意味深に笑っている。
「ライトが行きにくい場所というのは、旧帝国跡地のことか。魔人信者が、妙な集落を作っておるようじゃが」
(魔人信者? 何それ)
「さぁ? 俺はそのあたりのことは知りませんね。タトルーク老師が昔、暴れて壊した国のことですよ。地底から直接行ける道が、いくつも残っていますよね」
クライン様は、ニヤニヤと挑発するような視線を二人に向けている。二人は、異なる表情をした。双頭の巨亀の姿だと同じ個体なのに、人の姿だと別の性格なのかな。
一人は不敵に笑い、もう一人は思案顔だ。
「こちらから、侵略者を攻撃することは、女神の意思に反するのではないか? ワシらが狩りに行くと、逆にワシらを地上への侵略者として裁く気じゃろ」
思案顔だった老師が、そう言った。確かに、クライン様の提案は、罠にも思える。
(この老師は、冷静だな)
「クラインが言いたいことは、ワシはわかったぞ。ライトの命令だということにすれば、どれだけ暴れても構わないということじゃ。塩のクリスタルを所有するには、今のワシらには力が足りない。だから、青の神の力を奪って来いということだな」
不敵に笑っていた老師は、物騒なことを考えていたんだ。僕のせいにして、やりたい放題しようってことだ。
(こっちの老師は、戦闘狂かも)
「二人とも、極端ですね。地底では、ライトを支援する魔王が、大魔王を狙う侵略者を狩っている。逆に、ライトが侵略者を配下にしたという噂を聞いて、ライトの力を削ぐために侵略者を狩る者もいますよ」
(作戦のことを話す気になったのかな?)
「ふん、魔王達は、ライトに味方するフリをして、自分達が神の力を得たいだけじゃ。クラインは、まだまだ甘いのぅ」
「皆、キッカケを欲しがっていたからな。クラインは、ライトを利用して、そのキッカケを作ろうとしたのじゃ。討つべき獲物がウロウロしておるのに、女神が非戦だなんだと甘いことを言っておるからのぅ」
二人の老師が、クライン様や女神様を甘いと言う……僕は、イラっとした。だけど、クライン様は平気な顔をしている。彼らはいつも、こんなことを言っているのかな。
「タトルーク老師、ライトを支援するということは、ライトが望まないことはしないということですよ。外からの侵略者の排除以上のことは、ライトが命じるわけがない」
クライン様は強い口調で、二人に言った。すると、二人の老師は、似た顔でニヤッと笑った。
「領地を奪うなということじゃな。旧帝都跡のような寒い寂れた場所はいらんわ。ハロイ諸島の方が圧倒的に環境がよいからの」
「じゃが、隠れている侵略者の数はそれなりじゃろう。有能な神の力を得て、ワシらが大魔王を狙うかもしれんぞ? ワハハ」
「まぁ、魔王カイさんの方が、早く旧帝都跡にたどり着くかもしれませんけどねー」
クライン様がそう言うと、二人の老人は姿を消した。そして、少し離れた場所に巨大な亀が現れた。
次々と、巨亀が集まってくる。
(配下をここに集めてる?)
「ライト、俺達は、次の場所へ行こう」
「はい、あの……」
クライン様は、手招きをしている。ジャックさんとレンフォードさんも、クライン様の方へと近寄っていく。
「巨亀族の道を借りることにしよう」
「クライン様、僕達も、旧帝都跡ってところに行くんですか?」
「いや、違うよ。あっちの大陸には、侵略者は少ない。アマゾネス国があるからね。俺達は、王都に行こう」
(アマゾネス国? 強い国なのかな)
なんだか、ジャックさんが慌てている。また、僕の記憶のカケラに関することなのかな。
「クラインさん、王都リンゴーシュはダメっすよ。順番が飛びすぎっす」
「大丈夫じゃないの? カースさんの術でしょ」
クライン様がそう言うと、ジャックさんは難しい顔をしている。意外に心配性なんだよね、ジャックさんって。
「巨亀族の道を使うということは、巨亀族の配下になったと思われないかな」
レンフォードさんも、不安そうだ。
「いいじゃん、それで。とりあえず、服は変えようか」
クライン様は、ふわっと魔法の光に包まれた。出会ったときの服に戻っている。ゾンビのような化粧もきれいに消えている。
ジャックさんとレンフォードさんは、羽織っていたゾンビ服を脱ぎ、どこかに収納したようだ。
(ハロウィンは終了だね)
「タトルーク老師、道を借りますよ」
クライン様がそう叫んだときには、この場所には、大量の巨亀が集まっていた。一斉に睨まれて、ちょっと怖い。
「どこへの道を使うのじゃ。ワープワームを使えば良いじゃろう?」
(嫌そうだな)
「王都リンゴーシュへの道ですよ。普通のワープワームは、入れないでしょ」
(普通の?)
「巨亀族の使者だと思われるぞ?」
「ふふっ、それは面白い。巨亀族のフリをして、王都の腐った連中を殺して来ようかな」
クライン様がそう言うと、双頭の首が一つ、こちらに近寄ってきた。うわぁ、めちゃくちゃ伸びるんだ。
「戦乱になるぞ。愚かな……」
そう言うと、口から何かを吐き出した。クライン様が、それを嬉しそうに受け取っている。
(何だろう? 黒っぽい変な玉?)
「それで良かろう。必ず、対価をワシらに届けに来るのだぞ」
「はい? 迷惑料としてもらっておきますよ。とんでもなく大量の魔ポーションを使ったんですよねー」
クライン様は、空に浮かぶキラキラとした塩のクリスタルを指差している。脅迫しているんだよね、これって。
「これだから、悪魔族は嫌いだ。さっさと行け」
空に向かう階段が現れた。
クライン様は、ニコニコと笑い、僕の手を引いて階段を数段上った。ジャックさんとレンフォードさんも階段を上り始めると、ふわっと浮上する感覚を感じた。
階段が、勝手に上へと上がっていくんだ。
そして、扉が現れた。




