56、聖地リガロ 〜クリスタルを祀る山
そうか、魔族の国では、ワープワームによって素性がバレることがあるんだな。別に隠すつもりもないけど。
生首達は、地底ではワーム神と呼ばれている。こうやって、僕の盾になって神の能力を吸収してきたからかな。
地上では、天使ちゃんと呼ばれている。治癒の息を吐くからだそうだ。僕のイメージする天使とは全く違うんだよね。
見た目はテニスボールくらいの顔に、赤黒い綿のような胴体らしきものがついている。ワープワームは主人に擬態するらしいけど、なぜ首しかないのかな。あー、僕が半分アンデッドだからかも。
「タトルーク老師は、どこにいらっしゃいますか」
僕は、神族のライトと叫んだ巨大な亀達の方を向いた。
「な、なぜ、そんな子供の姿に……あー、変身ポーションで、欺いているのか」
(変身ポーション? 何、それ)
「ライト、老師は、あの白い山の洞穴に居るはずだ」
なぜか、レンフォードさんが焦っている? あぁ、そのポーションって、僕が魔道具『リュック』で、作っていたのかな。
「そうだな、水辺に居た奴らも、山に逃げたみたいだな」
クライン様は、不敵な笑みを浮かべている。ゾンビが笑うからか、亀達は、ヒッと小さな悲鳴をあげた。怖いよね、完璧すぎるゾンビ仮装だもんな。
「話すグール……まさか、魔王カイか」
そう言われて、クライン様は亀達の方に視線を移した。そして、ニヤリと笑っている。何かの術を使ったみたいだ。近くにいた亀達は、泡をふいて、ひっくり返った。
(クライン様は、アンデッドの魔王だと思われたんだ)
その勘違いを楽しんでいる彼は、やはり、子供の頃のクライン様のような、やんちゃな感じだな。ふふっ、ちょっとかわいいかも。
「白い山に行こう。聖地リガロの意味もわかるよ」
クライン様がそう言うと、足元にはもう生首達が待機していた。彼らの足元にもいる。生首達は、賢いんだな。
僕が、生首達のクッションを踏むと、すぐに見える景色が変わった。
「なっ!? わ、ワーム神……ライトか!」
(また、同じこと言われた)
白く見えていた山のふもとの門の前に、僕達は移動した。白いのは雪だと思っていたけど違うみたいだ。全然寒くない。
踏むと、雪のようにキシキシとしまるような音がする。
(何、この白いモノって……アブナイ粉?)
クライン様に尋ねようとすると、彼は、木の葉に乗っている白いモノを集めて袋に入れていた。レンフォードさんも同じことをしている。ジャックさんは、そんな二人を見て笑ってるんだよね。
(やはり、アブナイ粉?)
「ライト! 聖地リガロに何をしに来た! まさか、クリスタルを奪いに来たのではあるまいな」
門番は、人の倍以上ある獣人に見える。頭は亀だけど、身体は、毛むくじゃらなんだよな。
「僕は、タトルーク老師に用があって来ました。女神様の警告を無視して、ハデナに上陸した件なんですけど」
女神様という言葉を出したからか、門番達は、一瞬ひるんだみたいだ。
「ライト、コイツらはまともだ。それに、老師がおかしいことに気づいている」
クライン様は、僕に小声で耳打ちした。
「……くっ。話すグール……まさか、魔王カイか」
(また、同じことを言われた)
すると、クライン様はニヤリと笑うんだよね。うっかりクライン様の名前を呼ばないように、気をつけなきゃ。
「ハデナに上陸したのは、タトルーク老師の意思っすか? それなら、協定違反で、捕まえるっすよ。操られているなら、その元凶はライトさんが殺す。タトルーク老師は厳重注意って感じっすね」
ジャックさんが、そう説明をすると、門番はうなだれている。こんな質問に答えられないよな。
「神族のライトが、大魔王を狙っているという噂は、本当だったんだな。女神イロハカルティアの元へ戻らないのは、タトルーク老師の件で叱責を受けたからだと聞いている」
(門番さん、何を言ってるの?)
「巨亀族として、その点については申し訳ないとは思うが、だからといって、老師を亡きモノにしようとするのは勘弁してもらいたい。老師が居なくなると、聖地リガロは崩壊する。地底で塩が噴き出さなくなれば、おまえが大魔王になったとしても困るだろう?」
(門番さん、何を言ってるんだ?)
「タトルーク老師は、操られているわけではない。共存だ。青の神との契約だ。そのおかげで、この地は、一切の襲撃は……あ、いや、神族には敵わないか」
門番達は、何をベラベラと喋っているんだろう? 何も聞いていないことまで……あっ、クライン様の術か。
そう思い当たったところで、彼はニッと笑った。僕の考えていることも、覗かれているんだよね。その上で、門番にこんな術を……。
(悪魔族って、恐ろしい)
「僕は、タトルーク老師を殺しに来たわけじゃないですよ。その共存しているという青の神の言葉は、本当に信用できるのですか」
僕がそう問いかけると、彼らは視線をさまよわせた。そうであればいいと、思いたいだけか。
「とりあえず、通してもらうっすよ。俺達には、青の神の洗脳は、効かないっすからね」
ジャックさんは、スッと門番をかわして山へと入った。
「なるほど、だから、アンデッドだけで来たのか。しかも……」
門番のひとりは、完璧なゾンビ仮装のクライン様をチラッと見た。アンデッドの魔王カイさんの姿は、知られていないみたいだ。話せるグールだからってことで、クライン様は、アンデッドの魔王だと勘違いされている。
「さぁ、ライト、行くよ」
クライン様にそう言われて、僕は頷いた。
門番は、僕達の足止めをする気はなさそうだ。敵わないと思っているのか、もしくはタトルーク老師を元に戻してもらいたいと考えているのかはわからない。
「ライト、両方だよ」
悪戯っ子のように微笑むクライン様は、山に入っていった。レンフォードさんと一緒に、僕も後に続いた。
雪のような白いアヤシイ粉を、クライン様とレンフォードさんは、また集め始めた。木に降り積もっているモノを集めているみたいだ。
「さっきから、何をしてるんですか?」
「うん? 塩泥棒だよ」
クスクスと、クライン様が笑う。
(塩泥棒? しお?)
僕は、木の枝に積もっているアヤシイ白い粉を、指でつまんで舐めてみた。
(うわっ、からい!)
ガツンとくる塩の味。粗塩という感じだけど、雑味はない。
「この山って、塩の雪が降るんですか」
「うん、雪というより、塩のクリスタルから塩が噴き出すんだよ。ここが聖地と呼ばれているのは、その塩のクリスタルを祀る山だからなんだ」
クライン様は、そう説明しながらも、塩集めをしている。
「塩って、海の水から作るんじゃないんですか」
「ライトさん、地底には海はないっす。魔族が出入りできる島ができる前は、地底に住む魔族は、塩はこの山からしか手に入らなかったっす」
「ジャックさん、それって、ハロイ島?」
「あはは、そうっすよ。まだライトさんには、その記憶はないんすよね?」
僕は、コクリと頷いた。
白い山を登っていくと、洞穴がポッカリと口を開けている場所が見えてきた。
(えっ? 何かが出てきた)
その洞穴の近くの地面から、シューッと白い何かが噴き出したんだ。
クライン様が、僕達にバリアを張ってくれた。バリアには、その白い何かがへばりついている。
(真っ白で見えない)
突然、パッとバリアが消えた。すると、クライン様は、ホクホク顔で何かを持っている。今のバリアで、白い何かを集めたみたいだ。レンフォードさんにも、一つ渡している。
「クライン様、今のって塩ですか」
「うん、噴き出したばかりのモノは、貴重なんだ。持って帰ると喜ばれる」
彼が見せてくれたのは、細かな氷のようにも見える。生まれたての塩なのかな。
(塩泥棒していても、巨亀族は出てこないんだな)
僕は、ちょっと違和感を感じた。
「ここまで誰にも会わないって、変じゃないんですか」
「ライト、ここでは、誰も襲ってこないよ。地面の白いモノもすべて塩なんだ。ここで暴れて、塩に血が混ざると困るからね」
「なるほど。じゃあ……」
「あの洞穴内には結界がある。だから、もう待ち構えているよ」
クライン様にそう言われて、『眼』の力を使った。洞穴の中を遠視してみると、確かにたくさんの兵らしき人がいる。
門番とは違って、普通の人間の姿だ。完全に人化できるのは、老人だと言ってたっけ。
「ライト、あの洞穴を、青の神が占領したみたいだ。タトルーク老師が共存という手段に出たのは、塩のクリスタルを守るためかもしれない」
「クライン様、あの洞穴の中に塩のクリスタルがあるのですか?」
「この山すべてが塩のクリスタルだよ。精度の高いクリスタルをくり抜いて、洞穴ができている。それを青の神に知られてしまったのだろう」
もしかして、爆破するとでも言われて、居座られているのかな。だとしたら、人質……いや、モノ質だ。
「ライトさん、一気に行くっすよ」
ジャックさんが、剣を抜いた。




