力無き少年
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目に光を失った犬人から、血飛沫が一拍遅れて盛大に吹き出す。
よく見ると犬人の集団には例外なく鋭い傷が走っていて、どうやら彼らは皆一様に鋭い何かに切り裂かれて殺されたようだった。
「―――は?」
噴水のように犬人たちから吹き出す血は、その地獄絵図の中心に立っていたドラゴンに、状況を飲み込めず呆然とする奏多に、大蜥蜴に降り掛かっていき、フィラル大森林を赤黒い血の色に染めていく。
犬人の血を滝のように浴びながら、奏多は血を失った彼らの身体がゆっくりと崩れ落ち、そして即座に物言わぬ骸へと化して世界へと吸収されるまで、その悲劇を誰が起こしたのかすら理解できなかった。
魔物の死体はすぐに消滅する特性を持つ。
故に、この場に残るのは奏多たちと夥しい量の血、そして彼らからドロップした石だけだった。
瞬殺された犬人達の存在はもう何処にも残っておらず、血とドロップだけが彼らの存在を僅かに主張するばかりで。
「だ、誰が……」
殺った?と言いかけるもそれは続かず、掠れた声だけが無意味に世界を震わせる。
奏多とて、この惨劇を誰が生み出したのか、理解できない訳では無いのだ。
犬人達の接近に、奏多と大蜥蜴は気付いてすら居なかった。そうなれば、これをすることが出来たのは―――
「お前が、殺ったのかよ?」
鮮やかなピンク色の鱗を、鋭い鉤爪を、赤黒い血でべたべたに汚したドラゴン。それを奏多は、困惑と、そしてわずかに恐怖の交じった眼差しで見つめる。
しかし、血にまみれたドラゴンはこちらをじっと見つめる奏多の視線に首を傾げるばかりで、自分が今しがた行った行為に何の感慨も抱いていない。
ただ彼らが近付いてきたから殺した、そんな認識なのだろうか、無邪気に首を傾げるその仕草が、逆に一種の残虐性を強調させた。
「ドラゴンってのは、ここまで圧倒的なのか?」
襲いかかってきた犬人はおよそ10匹。それぞれが鋭く磨かれた木の枝を手にしていて、その脅威度は先程の巨大蜘蛛5匹に勝るとも劣らない。
彼らは明らかに不意打ちを狙ってきていて、あと5分襲撃するのが早かったら奏多達は確実に殺されていただろう。
万全の状態の奏多達が交戦してすら無事では済まないような相手を一瞬で屠るその様は、まさしく魔物の王だ。
先程まで、このドラゴンを殺そうとしていたのを思い出して、奏多は自らの滑稽さを思わず嘲笑する。
「遊ばれてたのは、こっちの方ってことかよ……!」
「ぎゃうあ?」
圧倒的な強さと、それに見合わぬ精神性に奏多は戦慄し、同時にこのドラゴンを仲間にすることによる大幅な戦力アップという利点にも気が付いた。
これを倒そうとする事の無謀さといえば、それこそ奏多が100回死んでも届かない程だろう。
逆に言えば、それだけの相手をうまくやれば仲間にする事が可能なのだ。更に、治療まで可能な。
微動だにせず自分を見つめる奏多にドラゴンは首を傾げ、やがてすたすたと歩き出す。
「お前は、何者なんだ……」
この森に、こんな化け物が出てくるなんて奏多は聞いていない。せいぜい、驚異となるのは巨大蜘蛛だけ程度にしか思っていなかったのに。
こんなものが、子ドラゴン。ならば、親はどれだけ圧倒的なのか。
人知を超越した力を持つドラゴンに対し胸に宿る恐怖をなんとか振り払い、奏多はひとまずドラゴンに礼を言う事を優先した。
圧倒的な強さは恐ろしいものの、しかし同時に奏多達を絶望的な状況から救ってくれた恩もあるのだから。
「あの、あ、ありがとう……」
「ぎゃあう!」
奏多の礼の言葉にドラゴンは本当に嬉しそうに鳴くと、その瞳をくりくりと瞬かせる。
その仕草はとても愛らしく、一見したら本当に無邪気で可愛らしい生き物だった。
それが血の匂いを纏っているだけで、ここまで恐ろしく思えてしまうのか。
警戒心は解けないが、それでも恩人……恩ドラゴンであることに変わりはないのだから、この旅には連れて行かなければ行けない。
奏多にとって、それは既に決定事項だった。
(恐らく、あのドラゴンは人間の言葉を理解してる……!)
それは、ここまでドラゴンとコミュニケーションを取ってきた奏多が一番実感することが出来た。
故にもしここで奏多たちが約束を破りドラゴンを置いていけば、このドラゴンが自分達に牙を向くことだって有り得るのだ。
「ま、まあ、丁度可愛いペット枠が欲しかった所だしな……」
そう震える声で呟き、なんとか笑顔を作ろうと四苦八苦しているとーーー
「ぎゃうあ?」
突如ドラゴンが奏多の方へと向き直り、そして静かに鳴いた。
いかないの?と、そう言っているように感じた奏多は立ちあがり、犬人たちのドロップアイテムを回収すると、一瞬で怪我が治って機嫌が良さそうな大蜥蜴の背に跨る。
(つーか、子ドラゴンはどうやって進むんだ?)
そう思って奏多がドラゴンを見やると、ドラゴンはやけにじとっとした目で奏多を見つめ返す。
「ぎゃう……」
「ああそうか、俺も乗せろってことかい!」
絶対普通に走った方が速いと思う。
そんな本音を抑え、まあそこで渋っていても仕方がないだろうと奏多はとりあえずドラゴンを抱えると大蜥蜴の背に乗せる。
しっかりと乗ったのを確認すると、彼は大蜥蜴の脇腹を蹴り出発の合図、そして先程犬人達からドロップしたアイテムを確認する。
ドロップアイテムは8個。襲いかかってきた犬人は10匹だった為、2匹はドロップしていない事になる。
これはこの旅中に分かったことなのだが、どうやら奏多以外が魔物を倒しても、必ずドロップアイテムが出るとは限らないらしい。
その8個の石の内7つは無色透明の石で、とても軽い上に7つの石が全て両手に乗りきる程小さく、土に落としてしまえば探すのはかなり大変と言えるものだ。
これは【魔石】と呼ばれるもので、魔物を倒した際にドロップする極めて一般的なアイテムらしい。
魔力を通しやすい(奏多にはよく理解出来ていないが)らしく、魔術が篭った武具や魔術陣というものの素材に使われるという。
またその大きさと性能は魔物の強さによって変わり、大人のドラゴンの魔石はおよそ2m程にもなるのだとか。
まあつまるところ、今の奏多達には使い道がないと言うことだ。
現状ドロップアイテムを入れている袋の中のおよそ八割がこれに占められており、巨大蜘蛛の魔石などはそれなりに大きいため収納には困っているのが現状であったが、街についた際に売りさばく為仕方なく保有している。
そんな使い道の無い魔石とは違い、たった一つだけドロップした黄褐色の石は比較的使い道が確立されていることもあり、奏多としては嬉しい限りであった。
その石の名は【大地石】といい、土属性の魔術を操ることが出来る魔物からドロップするものだ。
こういった属性を宿したドロップアイテムは基本的に出現する確率は低く、奏多のコレクションの中にもほとんど無い。
それでも【誘魔石】よりは確率がほんの僅かに高いらしいものの、レベルをあげるより街へと辿り着くことが優先の奏多達にとってはこちらの方が有難いことは確かだった。
この石の効果は、「石が宿す属性の魔術を一度だけ使用出来る」というものだ。それこそ、魔術適正が欠片もなくても発動することができる。
黄褐色の硬そうな見た目によらずこの石は非常に脆く、掌で握り潰すことにより任意の土魔術を発動することが出来るようになるのだ。
「魔術が使えない俺でも発動できるんだから、ドロップアイテムってのは本当に便利なもんだな……」
既に以前一度だけドロップした【豪炎石】と呼ばれる火魔術の石でこの効果は試しており、奏多はこの石をかなり使えるものだと判断していた。
発動できる魔術の強さはドロップした魔物の強さに依存し、また本職の魔術師が放つ魔術には遠く及ばないものの、魔術が使えない奏多でも使えるというのはこれ以上ないメリットとなる。
土魔術は防御技が多く存在する為、魔物を魔術で足止めしてそのままスルー等という事も可能なはずだ。
この石があれば、街へ着くのもかなり短縮できる。
「よし、なんとか今日中に街に着くぞ!!」
数ある不安を打ち消すように、大声で叫ぶ奏多に大蜥蜴は猛スピードで走り出し、ドラゴンは大蜥蜴の上から見る景色を楽しそうに眺めていた。
絶望だらけの異世界で、ほんの少しだけ、極僅かだが、確かな希望が生まれた。
ドラゴンによる絶望的な状況からの打開、そしてレアなアイテムの入手。
この時の奏多は少しだけ明かりが見えた現状に安堵し、そして油断していた。
ーーーそんな奏多を、しかしここまで苦難を課してきた神が許すはずがない。
時に世界は、何者かの悪意を感じる程に残酷だ。
時刻は既に夕方。日が沈みかけ、夕焼けがフィラル大森林をオレンジ色に染め上げている。
あと数十分もすれば世界は夜に変わり、今日も街に着けなかったと落胆しながらも、奏多達は平凡に眠りについたのだろう。
最近は比較的夜遅くまで走り続けていたし、なおかつ今日は色んなことが起きすぎたからだ。
ただただ普通に、ただただ平凡に、大蜥蜴と、そこにドラゴンも加わって、穏やかに眠りにつける。
そんな、普通の世界を望んでいただけなのに。
「クソ、クソが……ッ!!」
ただ、それだけだったはずなのに。
近くの大木へと思い切り吹き飛ばされたドラゴンは、未だ戦線復帰できそうになかった。
大蜥蜴と奏多では手出しをすることなど出来ず、ただドラゴンが復帰するまで命懸けで時間稼ぎをするしか勝ち筋はない。
1歩でも間違えれば即死の時間稼ぎに、酷く神経が削られるがそれを根性で無視。
今ここで奏多が全て諦めて手を止めてしまったら、唯一の勝利の希望であるドラゴンが死んでしまう。
「それだけは、絶対にダメだ……!!」
奏多へと振るわれた鋭い爪を紙一重で避ける。
以前の彼なら死んでいただろうその攻撃は、レベルアップと極限の緊張状態による集中力の増加によりなんとか避ける事に成功したものの、全てを避けきれると言う訳では無い。
既に彼はドラゴンの攻撃で無数の裂傷が体に刻まれていて、その多過ぎる傷はこの闘いの激しさを物語っている。
僅かでも、コンマ1秒でも反応が遅れたら死ぬような極限の綱渡りを、もう何度も何度も行ってきた。
あの化け物と出会ってから、もう何分経っただろうか。
そう考えて、奏多はすぐに自嘲する。
そんな事、今はどうでもいい。闘いに全てを注ぎ込むしか、この綱渡りを無事終えることのできる道は無いのだから。
何より、一撃でもまともに当たれば致命傷という超ハードモードにしては随分ダメージを抑えたことだろう。
既に奏多は己の鉄剣を鞘へと戻し、完全に避けることに専念していた。
この化け物の、固く、それでいて光沢のある漆黒の鱗を剣で貫けるとは到底思えないし、下手に攻撃を剣で受けても弾かれ、逆に隙を晒すだけだ。
なによりーー
「剣が折れるなんて、想定外だろ……!!」
鞘に収まった剣は半ばからばきりと折れ、既に使い物にならなかった。それでも切れ味はあるだろうが、折れた剣であの化け物に一矢報いることなどできるはずもない。
圧倒的な防御力に、子ドラゴンを吹き飛ばす攻撃力。こんな化け物、奏多と大蜥蜴では歯が立たない。
立ち向かおうとしても犬死するだけ。
故に、奏多はただ避けることだけしかできないのだ。
「……ッ!」
再び振るわれた化け物の大爪。
それが奏多に喰らいつく直前に上体を無理矢理逸らして避ける。
一息つく暇も無く続けざまに振るわれたもう片方の爪撃をそのまま倒れ込むようにして何とか躱す。
地面を無様に転がり、土の味が口内に染み込む不快感を意図的に無視して立ち上がる。
そうまでして、奏多が時間稼ぎをする意義とはーーー
「早く、復帰してくれ、ドラゴン……!」
化け物に思い切り吹き飛ばされたドラゴンは、これまでとは比べ物にならないほど大きな白い光に包まれたまま動かない。
先程の攻撃でボロボロになったのであろう自身の身体を治療しているのだ。
今の所、まともにあの化け物へと攻撃が通るのはドラゴンだけで、奏多達はドラゴンが回復するまでの時間稼ぎをしているだけに過ぎない。
「なんとか、こいつから時間を稼ぐ……ッ!」
再び決意を固め、続けざまに振るわれる攻撃を避けるべく集中する。
既に夕日は沈んでいて、生まれ出た闇は漆黒の鱗を持つあの化け物を匿ってしまう。
さらに難易度が上がったが、それでも。
「やるしかないだろ、舞香ぁ……!」
ずっと忘れられない、違う世界にいてさえも奏多の背中を押してくれる愛しい妹の名を呼び身体を奮わせる。
燃えるように、張り裂けるように身体が熱かった。脳は極限の緊張と恐怖で既に真っ白に染まっている。
しかし、それで良い。それで良かった。
思考なんて無駄な物は削ぎ落として、それでようやくこの化け物を前に舞う事が出来る域へと手をかける。
この化け物を。己の前に相対している「竜」を。
なんとしてでも、倒さなければならない。
6メートルはあるだろうその巨体は、まるで絶望の体現のように凶悪で。
ーーー奏多の、命懸けの闘いが、始まる。
闇竜 B+級 Lv17
筋力 212
防御 234
素早さ189
体力 331
神紋性能 A
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通常スキル
爪術Lv:9 咆哮Lv:6 野生の勘Lv:8 息吹Lv:8
飛翔Lv:1 闇魔術Lv:7 契約Lv:3 言語理解Lv:6
地響きLv:6
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所有精霊
契約精霊 8613位
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称号スキル
〈魔物の王〉 〈賢き者〉〈卑怯者〉
〈統べる者〉 〈到達点〉
10時に次話投稿します
鉄の剣がチートになるまであと少し……!




