第9話 洋装店の主人の魔法
完全っにっ! てんばっている俺っ!!! アーサー・フィン・アルラス!!!
ちょっとぉおおお、こんな時によぉおおお。どぉおおしてっ!!! 乙女ゲーム攻略キャラスキルが発動しねぇええだぁあああ。待ってくれ待ってくれ、グレタの涙がもう地面に落ちるじゃねぇええかよっ!!!
俺は心の中で焦りに焦りまくった。だが、ようやく動いた俺の体は、
「グレタ、ほら」
と、言いながら、上着から出したハンカチをそっとグレタの手を取って、優しくフワリと置くように渡す。すると、グレタは……、
「うわぁぁぁんっ!!!」
見事に泣き出してしまった。大声で泣き出すものだから、きっと驚いた俺の繊細な体は乙女ゲーム仕様に則って動かず、口も動かない。オロオロとするばかりだった。
「アーサー様のばかぁあああ」
え゛……。俺、馬鹿なの? ねえ、お馬鹿さんなの?
「ばかばかばかぁあああ」
泣き止まないグレタ、お馬鹿さんの俺は……、否、そんな悠長な冗談をかましている場合ではない!
「グレタ?」
名前を呼ぶのが精一杯の俺だった。そこへ、
「アーサー様、お連れのお嬢様、お部屋のご用が出来まっ……、ヒィィィィ」
「あ゛」
さっきのお針子さんである。グレタを見て、何気ないことでちょっと驚いた時のようなキャァと可愛らしい悲鳴ではなく、ヒィィィィと、どこか頭のてっぺんを抜けるような声を上げる。
「あの!」
俺はお針子さんに何を言おうとしたのか、声を上げたのだが、刹那、
パン!
と、右頬に平手打ちを喰らったのである。そして、
「アーサー様! 女の子を泣かせてはなりません。良いですか? あなたはナイトです。姫を守るのは当たり前のことです。分かりましたか?」
呆気に取られる俺だが、
「すまない、その通りだ」
気が付くと謝っていた。それから、
「教えてくれ、グレタの涙を止めてやりたい」
お針子さんに向かってそう言っていた。
騒ぎを聞きつけたのか、店の中からまた誰か出て来てしまった。
「どうなさいましたか? アーサー様」
それはこの店の主人で、
「俺は」
「ええ」
「俺は女の子を泣かせてしまった」
「そちらのお嬢様ですか?」
「そうだ」
「では、アーサー様は、どうなさりたいのですか?」
「泣かせたグレタを笑顔にしたい」
「さようですか」
「ああ」
俺は言葉が続かない。
「アーサー様、私、グレタ様とお話しをしてもよろしいですか?」
「ああ、グレタが構わないなら」
「では、失礼いたします。
グレタ様、私は、この店の主人でございます。アーサー様から、グレタ様を笑顔にしたいと承りましたが、如何いたしましょうか? 当店はお嬢様方に魔法を掛けることが出来ます。それは美しくなる魔法です。どうでしょう? グレタ様、魔法をお試しになりませんか?」
店の主人は言い終わると、優しくグレタに微笑んだ。
そして、グレタはコクリと頷いた。店の主人はお針子さんに、
「御二階のパウダールームで、グレタ様をとびきり素敵なレディに仕上げて下さい。ああ、メイクは薄めにね」
「はい、オーナー」
そう言うと、お針子さんはグレタの背中を擦りながら歩くことを促す。俺は、
「あの! 水色のドレスが似合うように仕上げてくれ」
と、思わず叫んでいた。
お針子さんは、半分くらい振り向くと頷いてくれた。
「さて、私たちも店に入りましょう。アーサー様、御二階にご案内いたします」
「ああ、その、彼女のドレスを!」
店の主人の言葉に返事もせずに俺は告げると、
「では、アーサー様、御二階のいつもの部屋へ足をお運び下さいますか? 私はグレタ様にお似合いのドレスを見繕い、持って上がります」
「ああ、ああ、そうしてくれ」
「承知いたしました」
「あ、その……」
「どうか、なさいましたか?」
「ありがとう」
俺は店の主人に礼を言っていた。
そして俺は、店の二階へと上がるのである。
暫くすると、店の主人が、アフタヌーンドレスを数着と、後ろに控えた者が靴を抱えて持って来た。
そのドレスはどれも上品で、巨乳を……、否、胸元をふんわりと包むものが多く、昼の茶会に相応しいものばかりだった。俺は、
「どれも彼女に似合いそうだ」
と言った。
「ええそうですね」
「ああ、そうだ。彼女が着けていたエメラルドのブローチに合うドレスを進めてはくれないか。それから、髪飾りとアクセサリーは、春の花のイメージで少し色取りを添えて飾ってくれ。それに靴も合わせてやって欲しい」
「かしこまりました」
「あー、それから支払いはプライベートで頼む」
「かしこまりました。では、アーサー様、10分程、お待ち下さいませ」
「ああ」
俺は、グレタに洋装店の主人の魔法が掛かるようにと祈りながら待った。
待つこと10分。
本当に10分程で、パウダールームから出て来るグレタ。
「あの、アーサー様、如何ですか?」
グレタは、ドレスのスカートを軽く摘まむと膝を曲げ礼をする。
「あ、ああ。きれいだ」
俺はそんな陳腐な言葉しか出ずに、
「フフッ」
と笑うグレタは、まるで春の女神のようだ。ベイビーブルーのドレスは生地はジョウゼットにシフォンの組み合わせでフワリと柔らかいイメージだ、胸元のボウタイにあのエメラルドのブローチが付けられて蕩けそうなドレスを引き締めている。
髪と靴には造花の飾りがあしらってあり、彼女が動く度、春を運んで来るようだ。
「アーサー様、グレタ様は如何ですかな?」
「ああ、きれいだ」
俺は不覚にも同じ言葉を連発した。すると、
「さっきから同じ事を仰っておりますわ」
グレタはほんのりと頬を染めて言った。俺は、戸惑い、先程からグレタがチラチラと見ている視線の先を追った。
「グレタ、それは?」
「え?」
「さっきから君が見ている物だよ」
「ああ、ポプリですわ。良い香りがしますの」
「そうか、それをアンジェリールのプレゼントにしてもいいか?」
「ええ、ええ。喜ばれますわ、きっと」
グレタはコロコロと品良く笑う。俺は、
「そこにあるポプリなんだか、グレタが気に入った物を包んでやってくれ、それともう一つプレゼント用に包んで欲しい」
「かしこまりました」
グレタは戸惑うが、俺が視線を合せたときに頷くと、素直に好きなポプリを選んでくれた。
「グレタ」
「アーサー様、なんですの?」
「その、魔法が掛かって良かったな」
「ええ、ありがとうございます」
あああぁああ。なんだ、この微笑みはぁあ。素直で可愛いグレタは反則だろう?
「それから、君の、その、ドレスなどは、寮に届けて貰ってもいいかな?」
「あ、では、バッグを持って参りますわ」
「まてぃいいいい」
俺は思わず、グレタを制した。
「バッグの中身だけにしてくれ」
「アーサー様?」
「中身だけにしてくっくれれれ、れ? いぃいい」
「わ、わかりましたわ」
グレタは狐につままれたような顔をして、パウダールームに戻って行った。
「すまない、バッグも用意してくれ。今から茶会なんだ」
「かしこまりました」
パウダールームから出て来たグレタに主人がバッグを渡す。すると、俺の意を汲んだのかバッグを受け取り、中身を詰めた。それを確認した俺は、
「グレタ、行こうか」
と言った。グレタは、
「はい」
と返事をする。茶化したくなった俺は、
「ヒールのある靴が辛いなら、抱いて行こうか?」
と言ってやった。すると、
「結構ですわ!」
いつものプライドの高いグレタに戻っていた。俺は、なんだかニヤけてしまい、
「世話になった。ありがとう」
と言って店を二人で後にした。
少し早足で歩きながら、俺は心の中で……。
ちくしょうぉおおおお、絶対ぃぃい、俺の3ヶ月分くらいの小遣いがぶっ飛んだぞぉおおおお。こんくちょうおぉおおおおおおおお。と嘆くももの、グレタが笑って良かったと思った。へへっ……。




