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#70、シースプリンター号




「ア、アディーナッ!」


「…コロちゃん、なんですか?」


ウズウズが抑えきれないといった様子のコロちゃんが、私に上目遣いで声を掛けてきた。

可愛いけど、嫌な予感しかしない。


「ほら、あの看板にも安全で快適な旅を保証しますって書いてあるし、一度だけでもクルーズしてみない?」


「いや、一度だけと言われても、その一度で罠に掛かってしまったらどうするんですか。」


今回、皆のストッパーであるコロちゃんが暴走気味になってしまい、いつもと立場が逆転してしまって何だかやりづらい。

普段はしっかり者なのに、一度タガがはずれてしまうと、人はこんなにもポンコツになってしまうものなのか。




「…そうよね、敵の罠の可能性、高いものね。ごめん、ちょっとはしゃぎ過ぎてた。

アタシがこんなんじゃ、駄目だものね。」


「あ、いや、その…。」


少し冷静になった所為か、残念そうに落ち込んでしまうコロちゃん。

ムムム、これはこれでやりづらい!


「ですから、一旦入念に船の内部を調べてみて、それで問題無かったら…」


「ギッシシシ、堅い事言わずに、ママが乗りたいって言ってるんだから乗るぞホラ!」


「えッ!?ちょっとッ!」


私もコロちゃんもシャツキフさんもポチノスケ君も、ポネラちゃんのグラットンワーム×4を体に巻きつけられ、勢い良くジャンプしたポネラちゃんと一緒に船に飛び乗ってしまった。

そのまま、甲板で雑に放り投げられるように解放された。(コロちゃんだけは丁寧に。)


「いたた…、もう強引ですねぇ。」


「いつまでもまごまごしてたって仕方ないだろ。

ほら、虎穴に入らずんば浩二を得ずって言うだろ?ギシシ。」


「虎子ですよ、虎子。誰ですか浩二って。」


まあ、こうなってしまったら仕方ない。

この船に罠が仕掛けられてるのは十中八九間違いないので、慎重に調査を進めるとしよう。





「よーし、みんな出番だ。」


ポネラちゃんの服の中から、小型の虫が大量に出てきた。

ゴキブリやら蝿やら蜘蛛やら、多種多様な虫達が一斉に女の子の服の中から出てくるのは、やっぱり軽いショッキング映像だ。


「えひィッ!?」


虫が苦手なコロちゃんは、突然出てきた虫軍団に驚いて、変な悲鳴を上げながら飛び退いた。


「ポネラちゃん、もしかして…」


「そう、この子らにお願いして、人海戦術でこの船を隅から隅まで徹底的に調べて貰う。

この方が効率的だろう?ギッシシシ。」


成る程、確かにこれなら人間じゃ調べられないような箇所もカバー出来るし、とてつもなく便利だ。

何より、私達が楽出来る。


「ギシシシシ、シーザーのクソ野郎がどんなに根性捻じ曲がった罠仕掛けてても、ウチのお友達の手に掛かれば全部無駄に終わるんだよ。ギッシシシ!」


嬉しそうにほくそ笑んでいるポネラちゃん。

性格の悪さならお互い良い勝負なんじゃないかと思うけど、本人に言ったらブチ切れられそうなのでやめとく。



それから、待つ事数分。



「よし、ありがとう分かった。」


全ての虫が任務を終え、ポネラちゃんに報告しながら服の中へと戻った。

いや、報告というか、ポネラちゃんが虫の方に耳をそばだてるような仕草をして、「うん、うん…」と相槌を打ってるだけなんだけど。

もしかしてこの子、虫と会話出来てるのかな?


「ギシシシ、どうやら怪しいものは一切見つからなかったらしいぞ。

正真正銘、普通のクルーズ船みたいだ。」


ポネラちゃんが怪訝そうな表情で私達に教えてくれる。

怪しいものが何も見当たらない。

その事実が、何よりも怪しいものだ。


「これは、臭いますね。」


「ちなみに、操縦室のボタン一つ押せば、自動クルーズが開始されるらしい。」


「自動クルーズッ!」


コロちゃんの目が再び輝き出す。


「…コロちゃん、そんなにクルーズしたいんですか?」


「えッ!?あ、いや、まあ…その…」


[でしたら、ワタクシがご案内します。]


「へ?」


突如流れた、男声なのか女声なのかも分からない、非常に機械的な電子音声。

それと同時に、乗船口とクルーズ船を繋いでいたタラップが自動的に収納され、船はひとりでに出航してしまった。


「ちょっと、なんなのコレ!?」


「まさか、これが罠なんでしょうか?」


[罠などでは、ありません。現在皆さまが乗船されています、このシースプリンター号は、グラットン帝国の最新鋭の技術によって作られた、AI搭載型の完全自動クルーズ船です。

短い間になりますが、どうか素敵な海の旅をお楽しみ下さい。]


クルーズ船のデッキに設置された小型モニターに、中性的で柔和な表情の人物のバストアップ映像が表示されて、私達の視線が釘付けになる。

AIって、確か人工知能とかいう凄い技術で、最近になってランカーシス技研が開発に成功したって、ニュースでやってたっけ。

そんな超技術が搭載されてるなんてこの船、タダ者ではない。


「す、凄い凄い凄いッ!AIなんて初めて見たわよ!凄い!未来感凄いッ!」


コロちゃん、興奮し過ぎて語彙力が壊滅的な状態になってる。


「ハァ…、まあ、動いてしまったものは仕方ないです。向こうの誘いに乗ってやろうじゃありませんか。」


このクルーズ船は、確実にシーザーさんからの招待状だ。

だけど、こうなってしまったらもう、後は流れに任せるしかないだろう。


こうして、何とも不安でいっぱいなクルーズ船の旅が始まったのである。











「おおーーッ!!凄い凄い何この子達ッ!?ていうかイルカ!」


「ムフフフ、可愛いねー♪イルカ可愛いねー♪」


[皆さまがご覧になっておりますのは、この海域ではポピュラーなダスクイルカという種類のイルカです。

腹部に黒い斑点があるのが特徴で、人懐っこい性格からかよく人前に姿を現します。]


私達の乗っているシースプリンター号とかいうクルーズ船の横を、並走するようにダスクイルカの群れが泳いでいる。

その様子を見ていると、コロちゃんやシャツキフさんが興奮している気持ちもまあ分かる。

あと案内してくれているAIもなかなかどうして博識で、色々とタメになる豆知識を教えてくれたりする。

それに、イルカ可愛い。


うん、このクルーズ普通に楽しい。


「ギッシシシ、ここはもう既にシーザーの奴のテリトリーだぞ。どいつもこいつも油断し過ぎじゃないか?」


「う〜ん、でもいざという時にはちゃんとしてくれる筈なので、大丈夫なんじゃないですか?」


「ホントかよぉ?ギシシ。」


今のところ、普通に敵を警戒しているのは私とポネラちゃんと、ポチノスケ君くらいだ。

シャツキフさんは、突然敵に襲われてもすぐに対応出来る実力がある。

一番はしゃいでるコロちゃんも、流石にその辺のオンオフは効くだろう。


「まあ、なんだかんだで上手くやってくれる人達ですからね。何とかなりますよ。」


「ギッシシ、まあ、ウチ一人でも十分だから、お前達がいくら遊んでようと問題ないけどね。」


「またそうやって強がる。」


「強がりじゃないから!」


ポネラちゃんは年相応なあっかんべーをして高笑いしながら立ち去った。

私は引き続き、周囲への警戒を続けた。



[前方に見えるのが、かの有名なエンパイアブリッジです。

エンパイアブリッジの独創的なデザインは、今ワタクシの目の前におられます、シャツキフ・ラピルーク氏によって監修されています。

またこちらは、世界一長い橋としても有名であり、大陸間を……]


とは言え、今のところは何の問題もなく、ごくごく普通に観光させて貰っている。

眼前に広がる綺麗な海を眺めながら、時折垂れ流されるAIの蘊蓄うんちくを聞いては、成る程と感心をしている。


「シースプリンター号は物知りなのね。」


[お褒めに預かり光栄です。]


「スプちゃんは偉いねー♪」


[ありがとうございます。

ところでシャツキフ様、不躾なお願いで恐縮なのですが、貴女のサインを頂いて船内に飾らせて頂いても大丈夫でしょうか?]


「お安い御用だよー♪」


「ワンワン!」


[ポチノスケ様、船内でのマーキングはご遠慮下さい。]


なんか、三人とも既にAIと打ち解けているようだ。

私には、どう接すればいいのかわからないので、遠目からその様子を見守っている。

そもそも、アレ自体が敵の罠かもしれないのだ。

十二分に警戒しておくに越した事はない。


しかしあのAI、他の皆は物珍しさに夢中になっているみたいだけど、どうも私には違和感しか感じない。

何だろうか、はっきりと言葉で表すのは難しいんだけど、全体的にこう、不自然な香りがプンプンするのだ。











◆◆



[非常に名残惜しいですが、以上で今回の旅は終了とさせていただきます。

皆様、最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。]


シースプリンター号でのクルーズの旅は、つつがなく終わりを迎えた。

これから、最初の船乗り場へと戻るところだ。




おかしい、何も起こらないなんていくら何でも不自然過ぎる。

いや、不自然と言えば…



「い、嫌よそんなの!せっかく親友になったシースプリンター号と、もうお別れなんて!」


「私も、帰るの嫌だなー♪この船から見える景色をずっと作品にしてたい気分だよー♪」


「ワンワンワンワン!ワオーン!」


「ギッシシシ、ウチも虫さん達も、寂しくて胸が張り裂けそうだよ。うぅ…!」


私以外の全員が、AIのモニターの前で別れを惜しむ言葉を、多少オーバー気味に訴えている。

クルーズに興味の無さそうだったあのポネラちゃんでさえ、後半辺りからAIの虜にされていた。

その光景にやはり、強烈な違和感を感じるけど、その違和感の正体が霞がかかったかのように分からない。



「ギシシ、こうなったらアンコールだ!皆でアンコールすればもう一周いけるかもだぞ!」


「そ、そうよね!ポネラの言う通りよね!」


「アッンコール♪アッンコール♪」


「アンコール!アンコール!」


「ワンワーン!ワンワーン!」


皆のアンコール合唱が始まった。

相変わらず遠目にその様子をボンヤリと見守っている私。

皆を止めるべきか、否か。

いや、どう考えても止めるべきなんだろうけど、どうにも気が乗らないというか、心と体が何故かその気になってくれない。


やがて、アンコール合唱を受けたAIが、気になる一言を発した。




[そうですね、皆様の熱意と愛は、機械知性であるこのワタクシにも充分に伝わりました。

では、皆様を特別な場所へとご案内致しましょう。]


「やったー!想いが通じたー!」


「うん、これで最高の作品が出来そうだよー♪」


「ギッシシシ、虫さん達も大喜びだ!」


おかしい、絶対におかしい。

でもどこがおかしいのか、具体的によく分からない。



「で!で!どんなスポットに案内してくれるの!?」


[フフフ、それは皆様が求めている、素敵な世界です。]


「やったー♪」


「すごーい!」


「ギッシッシッシー!」


「み、皆さん、おかしいですよ!どう考えても怪しいですって!」


私がそう叫ぶと、三人とポチノスケ君がグルリとこちらを向いて、不気味な笑顔を浮かべていた。

みんな、目が据わっている。明らかに正気ではない!って言うか怖い!


「何言ってるのアディーナ。アンタだって素敵な世界に行けたら嬉しいでしょう?」


「そうだよー♪そうすればきっと、今まで以上に素晴らしい芸術作品を作れる気がするよー♪」


「ギシシシシ、あっちの世界にはウチの家族と、まだ見ぬ虫さん達が待ってるんだ…!」


「…ワンワンワ〜ン!」


「う、うぐゥ〜!」


どどど、どうしようこの状況!

仲間である筈のみんなから、ジリジリと迫られている!

どうしてこんな事にッ!?


[皆様、どうやらアディーナ様はワタクシの提案する観光プランが不服のご様子です。

どうか、皆様で〝説得〟してあげて下さい。お願いします。]


「「はーい!」」


三人が、声を揃えて返事をする。

仕方がない、かくなる上は…ッ!


「皆さん、少し失礼しますッ!」


私は割り箸を抜刀し、正気を失ったみんなの首筋に、連続で軽く峰打ちを入れていく。

この程度の攻撃、本来の彼女達の実力なら当てるのは難しいだろうけど、今みたいにダメダメにフラついてる状態なら、容易に怯ませる事が出来る。

みんなが無表情のまま尻餅を突くのを見届けてから、私は真っ直ぐにAIのモニターへと突っ走る!



[やめなさい!そのような無意味かつ無駄な暴力行為を安易に振るうのは、現代文明人としてあるまじき愚かな行為です!

それもワタクシのような高度知能を持ち合わせた人工知能に対し…!]


「問答無用ッ!」


私は、割り箸による渾身の一閃を、仲間達を誑かしたAIモニターに叩き込んだ!





[おおおおオオオオオ゛゛〜〜ヴヴヴゥゥああ゛ああァァァッッッ!!??」


どうやら、ビンゴだったみたいだ。

AIの断末魔は機械的な音声から、生物的な悲鳴へと変質していく。




「ッ!?まさか、これってッ!?」


⚪︎コロちゃんのメモ帳



混沌ノ黒砂拳士(カオスナックラー)



害悪指数11000KC。

混沌ノ白砂騎士(カオスナイト)同様、大量の砂を圧縮した塊に魔害ガスを浴びせて生み出された、サンドリオン特製の魔害獣ね。

とてつもない戦闘力を持った拳術の達人だけど、水に濡れると無力化しちゃうのはサンドアートの宿命なのね。

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