#10、好きなものの名前
◆◆
「…アタシが賞金稼ぎぃ!?」
コロちゃんが賞金稼ぎギルドに足を踏み入れる少し前、駅から出たコロちゃんはアディーナの提案に驚きを隠せなかった。
「いえ、あくまでも表向きは、です。
魔害獣を討伐するのは私がやります。」
「あ、そうなの?」
「賞金稼ぎギルドに登録するにはまず、受付で機械に指紋を読み取らせないといけません。
それがギルド固有のデータベースに保存され、以降の依頼受注の際の手続き等を指紋認証で簡略化出来るんですが、そのシステムのお陰で私がいくら変装しようが一発でバレます。
ただ、例外的にクローンの人達には適用されません。」
「え、何それ差別?」
「そうじゃなくて、全員指紋が一緒だからです。」
「そうだったの!?知らなかった。」
コロちゃんが軽く驚きながら、自分の指を確認する。
「…でも、よく考えたら当たり前よね…。」
「だからその代わり、兵番での登録になります。」
「兵番、ねぇ。
でもそれじゃ、アタシの正体バレちゃうんじゃない?」
駅で見つけた手配書には、コロちゃんの兵番である562021号という数字も公表されている。
そのまま登録すれば、身バレするのは確実だろう。
「大丈夫、ちゃんと対策を考えてあります。
兵番が書かれてる腕、見せて貰っていいですか?」
「うん、いいけど。……はい。」
コロちゃんは服の袖をまくり、二の腕に表示された562021の数字を露わにする。
これは全てのクローン兵が、生まれた際に個体識別の為に刻印される数字であり、特別な事情でもない限り消す事は出来ない。
さながら指紋の代わりであり、クローン兵達は自分の兵番を大事に思っている。
「これを…えいッ!」
アディーナは、ポケットから取り出したペンでコロちゃんの兵番を書き換えた。
「ちょ、何してんのよッ!」
当然コロちゃんは怒るが、すぐにアディーナの意図を察して、怒りを鎮める。
「成る程、これで兵番を変えて、別人になりきれって事ね。」
「その通りです。
今の私達にはひとまず纏まったお金が必要ですから、コロちゃんの変装スキルを頼るしかないんです。期待してますよ。」
「まあ、それ位は上手くやってみせるわ。
ところで、討伐する魔害獣はどの位の強さが妥当なの?」
「そうですねぇ。害悪指数420のアルパカザリガニも既に楽勝でしたから、1000以内なら問題無く倒せると思います。」
◆◆
〝害悪指数870KC、バンシー〟
ガイラの街外れの無人の館に出没する、アンデット型魔害獣。
依頼主は、館の所有者である商人、ゴメス・ビクトレ。
依頼受注時に、ギルドから月夜の聖水を支給。
掲示板に貼られた依頼書の一つである。
コロちゃんはこの依頼書を手に取り、依頼内容を確認する。
「害悪指数が870、かぁ。
アルパカザリガニの倍以上ある…。」
他の賞金稼ぎ達が次々と依頼書を取っていく中、コロちゃんがようやく手に出来た高額賞金で手頃な物が、この依頼書である。
アディーナが対応出来る範囲だとは思うが、コロちゃんが依頼書を見ていると、ふと気になる箇所に目が留まる。
「870KC…?
…何このKCって。こんな単位今まであったっけ?」
コロちゃんは妙に腑に落ちない感じがしたので、依頼受注の為に受付に行くついでに、受付のお姉さんに聞いてみた。
「あぁ、それはですね、本日から正式に採用される事になった、害悪指数の単位になります。
結構ニュースになったりしてますけど、新聞やテレビ、チェックし忘れちゃいましたぁ?」
ちょっとチャラい雰囲気の受付のお姉さんが、笑顔で教えてくれた。
「…そうだったんだ。」
「それも、一般の人達からの公募って形で、沢山の案の中から厳正な審査の結果、このKCってのが最優秀賞で選ばれたんです。
正確には、KCと書いて〝コロチャン〟と呼びますね!」
「ふ〜ん。
……………は?
今、なんて?」
「コロチャンと呼びますね!」
「……ちなみに、応募者の名前は?」
「えっとぉ、ちょっと待って下さい。
ペンネーム、A・Yさんという方ですねぇ。」
受付のお姉さんが、傍らに置かれた新聞に目を通しながら、笑顔でそう答えた。
「……A・Y…。
アディーナ・ユア……。」
コロちゃんは、ポツリと呟く。
その表情は、恐ろしいまでの真顔だった。
「どうしたんですかぁ?何か怖いですよ。」
「いえ、大丈夫。
それより、この依頼を受諾するので、手続きを。」
「分かりましたぁ。
ではまず、お名前をお伺いします!」
「コロ……あ、いえ、コリーヌで。」
コロちゃんが受付のカウンターに置いた右手は、その下にある依頼書を今にも握り潰しそうな程に震えていた。
◆◆
私は、コロちゃんとの待ち合わせ場所に指定した、賞金稼ぎギルド近くの公園のベンチに座り、戻るのを待っていた。
子供達が無邪気に遊んでいるのを横目に、大きな欠伸を何度か連発していたら、コロちゃんがこっちに歩いて来るのが見えた。
依頼書を手に持ってるのが見えたので、無事に済んだようでほっと胸を撫で下ろす。
「コロちゃん、お帰りなさい。
何事も無かったみたいですね、良かっ…」
パァン!
…と、小気味良い音と共に、筒状に丸めた依頼書で頭を引っ叩かれた。何で?
「…コロちゃん、理由無き暴力は、文明人としては如何なものかと思いますよ。」
「うっさいお馬鹿!アンタが応募したっていうコレ、一体何のつもりなのよッ!」
コロちゃんが私に突き出してきたのは、討伐対象の魔害獣の手配書。
その魔害獣の害悪指数に続く文字を、指差していた。
「これって…!」
「そうよ!アンタが応募したんでしょこれ!
何が〝870コロチャン〟よッ!何なの!?
これからアタシ、世界中の賞金稼ぎに常に名前呼ばれなきゃならないの?意味不明なんだけど!」
「あぁ、これ当選してたんですか!」
そういえば、害悪指数の単位を公募してるキャンペーンなんてあったなぁ。
もう半年以上前だったから、忘れてた。
「そうよ!どうしてくれるの!」
「でもこれ、コロちゃんが勧めたから、この名前で応募したんですよ。」
「……は?何言ってんの?」
コロちゃんは目を見開いて頭上に疑問符を浮かべているけど、これは紛れもない事実なのだ。
コロちゃん本人は忘れているみたいだけど。
「以前、私が応募する単位を何にするか悩んでたら、コロちゃんが言ったじゃないですか。
『アンタが好きなものの名前にしたら。』って。
だから、日頃からお世話になってる、コロちゃんの名前で応募したんですよ。」
それを聞いたコロちゃんの顔が、途端に真っ赤になった。
怒りじゃなくて、照れによる真っ赤だ、これ。チョロい子だ。
「あ〜もうッ!
……そういう事なら、アタシにも少しは非があるのかもしれないけど…。
でも、こんなモロにアタシの名前で応募する事ないじゃない…。」
「そこは、すみません。
でもこれ、最優秀賞の賞品として、ギルド内の全施設を一年間9割引で利用出来ますよ。」
「え?」
コロちゃんの顔色が変わった。
ピュアな乙女の顔から、守銭奴の顔になった。
「ギルド内のカフェ、マッサージ、ジム、温泉、どれも全部9割引ですよ。」
「ウソッ!?」
「…許してくれます?」
「許す!」
あっさり許してくれた。
やっぱり、世の中金なのかな…。
◆◆
「全く、あの悪霊には困ったもんだよ!
あの高額で買い取った館をリニューアルして、ホテルにする計画を立ててたんだよ、私は!
なのに、取り憑いてた悪霊が、あんなにタチの悪い輩だったなんてねぇ。実際想像以上で!」
私とコロちゃんは、バンシー討伐の依頼主である商人、ゴメス氏の元へ訪れていた。
ゴメスさんという初老の男性は、かなりのブクブク体型でひっきりなしにハンカチで顔の汗を拭き、もう片方の手で忙しなくスケジュール帳を確認しているような人だった。
何というか、年齢の割に落ち着きの無い人だ。
ただ忙しいだけなのかもしれないけど。
「それで、魔害獣と化した悪霊の討伐を我々に依頼した、と。」
「うん、そう。
今まで何人も討伐に行ったけど、全員尻尾を巻いて逃げ帰って来たんだ。
君らは、大丈夫なんだろうね?」
ゴメスさんが、訝しげな目つきで私達を品定めするように見つめる。
全身を舐め回すように見てくる。何か嫌だ。
「安心して下さい、ゴメスさん。私はこう見えて〝達人〟です。
実力には自信がありますので。」
「達人!?それは本当かね!だったら期待出来るかもな。頼んだよ!」
達人という単語を耳にした瞬間に、ゴメスさんは打って変わって上機嫌になった。
「バンシーの奴は館の二階にある、とある部屋に近付くと姿を現すのだ。
館の地図を渡しておくから、参考にしておくれ。」
そう言ってゴメスさんは、ポケットからしわくちゃの折り畳まれた地図を取り出した。
若干ギトッとしてて嫌だったけど、直接文句を言う訳にもいかず我慢した。
「それじゃあ、頼んだからね!君らは私にとって、最後の希望なんだ。うんうん!」
「…はぁ、そうですか。」
◆◆
その日の夜。
私達は、件の魔害獣が現れるという、郊外の館までやってきた。
周囲に他の人工物は少なく、夜風が草木を撫でる音が響き渡る程度には、緑が多い。
まだ門の前だというのに、館は異様な威圧感を漂わせている。
「…うぅ、とっとと行ってさっさと終わらせるわよ、こんな仕事!」
「さっさと終わらせるのは同意しますけど、コロちゃん。
……怖いんなら無理してついて来なければいいのに。」
「いや、怖くないし!むしろアンタが怖がるんじゃないかと思って、ついて来てあげたんだし!」
「何で強がるんですか…。」
コロちゃんは身体全体を小刻みに震わせながら、感じている恐怖を全身で分かりやすく表現している。
「ていうか、何でわざわざ夜に来るのよ!
ひ、昼間に来た方が、明るくていいでしょ!」
コロちゃんが、必死にそう訴える。
私もその方が良いと思うけど、そう出来ない理由が一つ存在する。
「生憎ですが、それは無理なんです。」
「何で!?」
「これがあるからです。」
私は、懐から透明な液体の入った小瓶を取り出す。
「あ、これって…。」
「コロちゃんがギルドから貰って来た、〝月夜の聖水〟です。
ちゃんと説明書読まなかったんですか?」
「…あ、うん。ごめん。」
月夜の聖水。
賞金稼ぎギルドでは今回のように、稀にアンデット型魔害獣の討伐依頼が発生する。
アンデット型は基本的に、殆どの種が物理攻撃を受け付けない為、非常に厄介な魔害獣と認識されている。
「その為、ギルドではアンデット型を討伐する際に、この聖水を支給する決まりになってるんです。」
「で、その効能は?」
「えっとですね、服用した人は一時的に聖なるオーラを身に纏い、アンデット型魔害獣に対して物理攻撃が有効になります。
効果を得られるのは夜間のみなので、時間帯には注意して下さい。」
説明書には、そう書いてあった。
「成る程ね。だから夜に来たって訳ね。」
「まあ、そうですね。
私も出来る事なら、昼間の方が良かったですよ。夜だと視界も悪いですし。」
当然の事ながら周囲は真っ暗なので、私達は手持ちのランタンを持参している。
「取り敢えず、行ってみましょう。
ゴメスさんに貰った地図を見て、思いついた事があるんです。」
「?」
私は意を決して、館の扉を開け中へと侵入した。
「……ぅ、うぅぅ…」
エントランスに入るなり、亡霊らしき声が聞こえる。
と思ったら、恐怖を必死に押し殺すコロちゃんの呻き声だった。
私の服の裾を思い切り引っ掴み、離れる気配がまるでない。動きづらい。
「…暗い、暗い、暗いぃぃ…」
「コロちゃん、怖いです。あと動きづらいです。」
「あ、ごめん…」
コロちゃんは一旦手を離すけど、数秒後にはまた掴んでくる。
最早、無意識に掴んでいるのだろうか?
「…ねぇアディーナ。」
「はい?」
「さっき言ってた、思いついた事って何なの?」
「ああ、そうですね、説明しときます。
コロちゃんにとっては朗報かもしれませんが、まずはこの館の明かりを取り戻します。」
「えぇ!?どうやって!」
私は、地図を取り出して分かりやすく解説する。
「この館の地下に、館全体の電気エネルギーを統括している、エネルギープラントがある筈です。
そこのスイッチを入れて稼働させれば、館の明かりは復旧する筈です。」
「でも、そんな悠長な事してたら、復旧させる前に暗闇の中から奇襲されない?」
「それは多分大丈夫でしょう。
例の魔害獣は、二階の廊下にしか出ないとの事です。」
つまり、最初に地下へ行って館の電気を復旧させ、状況を整えてから二階へ上がる。
といった寸法である。
実は、夜になるまで時間があったので、色々と下調べは済ませておいた。
以前に討伐に向かった賞金稼ぎから話を聞いたり、ギルド内の情報を調べる事で、バンシーへの対策は既にバッチリなのだ。
⚪︎コロちゃんのメモ帳
月夜の聖水
アンデット型魔害獣討伐の際に、必携となるアイテムね。
何だか神秘的な名前をしてるけど、実際にはランカーシス技研で作られたバリバリの化学物質よ。
夜間のみ効果を発揮して、服用者の波長をアンデットに近くするんだとかなんとか、難しい事はよく分からないけど、人体には無害らしいわ。




