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久しぶりの電車で、何をして過ごしていいか分からなくなっていた。
ただ足が動きを覚えていて
同じ車両に乗り、同じつり革に捕まった。
見覚えのある顔が停車駅で乗ってくる。
「今日空いてんな。なんかあったか?」
「…あぇ?どういう意味?」
返事がちょっと攻撃的だったかもしれない。
「え…?
今日会社員少ないからって意味だけど………………お前なんかあったか?」
「…。」
「顔に書いてあんぞ。フラれたって。」
「…。」
「は?マジか?」
「…。」
(なんで分かんだよ…。)
時々コイツは神かなんかの類いかって思う。
「…前もフラれたって言ってなかったけ?」
「…。」
「…まぁ、あれだ。
お前寂しがりの所あるからさ。
なんか群れても満たされてない感じ?
だからすぐ好きになっちゃうんだよな。
ある意味それもすごいと思うぞ、俺からしたら。」
ぬめっと池田の顔を睨む。
「おぅっと。怒んなよ…。
素直って言うかさ、信じやすいって言うか…
惚れやすかっただけって言うか…いや、違うな…。」
(何が言いたいんだコイツは…。)
「俺もベタな慰めは出来ねーから、そこら辺分かってくれよ。な。」
少し乗客が降りて、ガラッと空いた座席に2人で並んで座れる。
ドカッと席に着き、宙を見ながら、
ポツリポツリと事の経緯を池田に話した。
何も言わずに池田も宙を見ながら、
興味があるのか無いのか、相槌もせずに
ただ流れるBGMように俺の話を聞いていた。
ひとしきり話きったあと、
池田が沈黙を破る。
「彼女がなんで消えたのかよく分かんないよな。お前のせいなのか?
お前はお前で、悪いことしたかも知れないって感じてるみたいだけど…。」
「…。」
「こうゆー時、お前は悪くねぇって言ってやるべきかも知れないけど、
それもどうだかわかんねぇ。
正直焦りすぎてた感じは否めないし…。
でも客観的に考えて、彼女が居なくなった理由に至る手掛かりが少な過ぎる。
手っ取り早く彼女に聞くしかないんじゃねーの。」
興味が無いように話す。
それが池田の優しさだと感じて染みた。
「…アカウント名わかんだろ。」
「ああ…。」
「そしたら探すしかないだろ。」
「どうやって?」
「だいたい似たり寄ったりだろ。
SNSのアカウント名なんて。」
エルヴィン・シュレーディンガーはオーストリアの物理学者である。
彼女のハンドルネームの「エルヴィン」はそこから拝借してたといつかの話の中で聞いた記憶がある。
その時は洒落たネーミングだと思ってウィキペディア位チラッと見たが
それ以上に何か思うことは無かった。
代表的な思考実験として
シュレーディンガーの猫がある。
簡単に言うと
フタ付きの箱の中に
「猫」と
「1時間以内に50%の確率で崩壊する放射性原子」と
「原子の崩壊を検出すると青酸ガスを出す装置」
を入れた場合、
1時間後に箱を開けた時の猫が
生きている状態と死んでいる状態が1:1で重なり合った状態
つまり
「生きていると同時に死んでもいる猫が存在することになる」
という事を理論の問題点として考えるたとえ話だ。
生きている状態と死んでいる状態が重なり合うということは、現実ではあり得ない
しかし定説ではその可能性はゼロではなく、多世界解釈としての可能性が残るのである。
生きている猫と死んでいる猫
それが相互に影響しあって存在している。
フタを開けるまでは
その思考を観測者の中に委ねられているのである。
そしてフタを開けて観測することでその思考は収束するのである。
今思うと…
自分も仮想世界というブラックボックスの中で
シュレーディンガーの猫のように
ゆらゆらと本当の自分と虚構の自分が
重なり合った状態でいたのかも知れない。
SNS各種を検索しまくり、同じ名前のアカウントが何件か存在した。
そしてそれらの投稿を読み漁り、
あるアカウントが彼女では無いかと特定することができた。
今まで話した内容と重なる投稿がいくつも見られた。
投稿場所は意外にも学校の近所だった。




